量産型ダンベル

『決まったああああああ!!! 『聖騎士』身動き取れず、投了です!! 勝ったのは『白銀』だああああああ!!!!!!』


 拡声された実況の声が響くと、大きな歓声が闘技場を包み込む。


 興奮した観客たちが何を言っているのかはごちゃごちゃでよくわからないけど、とりあえず賞賛されていることは一応わかる。


 なんとなく、俺は握り拳を頭上に掲げて見せた。


『わああああああああああああ!!!!!!』


 今日一番の歓声。

 声が大きすぎて耳が壊れるかと思ったぞ。


「どうかな、良い気分じゃないですか?」


「まぁ、悪くはないな」


 ユーディの言葉に苦笑して返す。

 悪くはない。

 悪くはないけど、やっぱり俺はこれっきりでいいかな。


「ユーディ、お前なんで投了したんだ? 俺が神器の力を使い続けるのは難しいって、お前なら気づいてただろ」


「そうですね。あの力の代償が魔力だというのは勘づいていました。闘技場のルールとしてドレイク殿が私を殺すことはできない以上、あのままそちらの魔力が切れるまで待てば私の勝ち……ですが、それで勝っても意味がない」


 ユーディは、まっすぐな視線で俺を見る。


「あれだけ戦えば、ドレイク殿も気づいていたでしょう。私の神器がどういった力を持つのか」


「ああ」


「相手を殺しかねないような過剰な攻撃が許されない闘技場での試合では、私の神器は無類の強さを誇る。完全に私が有利な戦いでした。それでも私が負けたのは、ひとえにこの身の未熟ゆえ。あの状況に追い込まれた時点で、勝敗は決まりです」


「そうか。余計なことを聞いたな」


 今日の戦いを振り返り、己の未熟を恥じるユーディの真摯な姿に、俺は聞かなくていいことを聞いてしまったと少し後悔した。


「まぁ、実際のところはドレイク殿の魔力がいつ切れるのかまったく予想が付かなかったのもありますが」


「あの状態なら、数時間ってところだな」


「なら、降参して正解でしたね。それだけ長引けば観客を退屈させてしまいますし。まったく、本当に末恐ろしい新入りです」


 ユーディは苦笑して俺に手を差し出した。


「楽しい戦いでした。これから先ともに戦う仲間として、改めて。よろしく頼みます、殿」


 差し出された手を握り返す。


「ああ。よろしくな、ユーディ」


 わあっと本日何度目かもわからない盛り上がりを見せる観客の歓声を背に、俺とユーディの試合は幕を閉じたのであった。




 闘技場での試合から数日。

 俺たちはまだ学園には帰らず王都に滞在していた。


 すぐに学園に戻らない理由は、王都に住む魔道具師であるミストに魔道具作成の依頼をしたからだ。

 作ってもらうのは『魔力負荷』と『重量付加』の魔道具。


 俺とメリーネが普段から使っているトレーニング用の魔道具だが、これの強度を下げて使いやすくした量産型のものを100個ずつ発注した。

 数が数なので、完成まで待つことになったのだ。


「師匠、先生になるんだ」


「ああ。学園の生徒たちの全体的な底上げをしたくてな」


「それで師匠が強くなるために使った魔道具を量産して、みんなに配るのです?」


「すでに効果は立証されてるし、強くなるための近道だからな。……まぁ、耐えられる人がどれだけいるかはわからないが」


 王都にいる間はできるだけ毎日やるようにしているイブへの魔法指南。

 その休憩中、俺たちは軽い雑談をしていた。


 話題は俺が学園に戻った後のこと。

 いろいろと考えていたのだが、俺はロータスから与えられた学園の教師としての立場を使うことにしたのだ。


 迫る人類と魔族の最終決戦。

 それに備えてジークたちを鍛えてやるのは決定事項だが、ついでに他の学生で見込みのあるやつを強化しようかという計画である。


 魔族を倒すにも、非戦闘員の民衆を守るにも戦力はいくらあってもいいからな。


「むう、ずるいです。私ももっと、師匠に魔法を教えてもらいたいのに」


 イブが拗ねるように言う。


「私も、その魔道具欲しいです」


「イブに使わせるのはなあ」


 たしかにあれを使えば普通に鍛えるよりも、かなり時間を短縮して成長できる。

 しかし、成長は成長でも苦痛を伴う成長だ。

 イブのような小さな子どもに渡すにはためらわれる。


 こいつの才能は俺以上だし、魔法の才能に限ってはジークすら超える人類最高のものがある。

 だから魔力負荷の魔道具を使わずとも、時間さえあればいずれ七竜伯クラスの強さにはたどり着くだろうし。


「師匠の役に立ちたいの! それで結婚もするです!」


 まっすぐに俺を見るイブ。

 別にこいつのことを魔族との戦いでの戦力にしようなんて考えてなくて、ただ自衛手段を得てくれればと魔法を教えているだけだ。

 だから役に立ってもらう必要はない。


 …………結婚云々は触れないでおこう。


「まぁ、せっかくのやる気を無視するのもよくないか。俺は保護者じゃなくて師匠だしな」


「! じゃ、じゃあ!」


 俺は『影収納』からミストに作ってもらった量産型の魔力負荷魔道具の試作品を取り出した。

 強度は弱から強の3段階。

 俺の愛用している6段階の物や、ジークたちにあげた4段階の物と比べると効果はかなり低い。

 でもその分、発生する痛みも抑えられるので使いやすいはずだ。


 取り出した魔道具をイブに渡し、くれぐれもと念押しする。


「イブ、最初は弱にしろ。これ本当に痛いから」


「うん、わかったです!」


 イブは魔道具を腕に付け、おそるおそると起動させる。


「!? い、痛いです〜〜っ!」


「大丈夫か? ダメそうならすぐに切れよ」


「だ、大丈夫じゃないけど、頑張るの!」


 イブは目元にじわりと涙を浮かべるが、それでも魔道具の効果を切ることはなくじっとして耐える。


「うぅ〜、ちょっと慣れてきたです……」


 しばらく経って痛みに慣れたらしいイブは、ふうっと息を吐いて体の緊張を解いた。


「師匠! 痛いけど、これならなんとかいけそうです!」


「そうか。すごいな」


「えへへ」


 1段階目の弱とはいえイブが耐えられるとはな。

 まだ子どもなのに。

 だけど魔力負荷の魔道具を使えるというのであれば、イブの成長ペースはさらに上がる。


 良いことではあるかな。


「師匠は、この魔道具を1番上の強で使ってるの?」


「いや、俺のはイブに渡したやつとは違って6段階あってな。その6段階目で使ってる」


「す、すごいの! 1段階目でもこんなに痛いのに、師匠は6段階目を使ってるなんてすごいです!」


「最近はもう慣れたから余裕だ。6段階目を使いながらでもぐっすり快眠できる」


 俺の言葉を聞いたイブが目を丸くする。


「師匠、寝るときもこの魔道具使ってるの?」


「そうだ。寝てるときはさすがに魔力圧縮を並行してできないから非効率的だが、魔力圧縮をせずとも効果はあるからな」


「魔力圧縮? し、師匠……もしかしてこの魔道具を使いながら魔力圧縮を……?」


「ああ」


 頷いて答えると彼女は呆然として呟いた。


「師匠、やっぱすごすぎるの……」


「イブもそのうちできるようになるぞ」


「そ、そうかなあ?」


 イブは、半信半疑な様子で首をかしげた。

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