『白銀』と『聖騎士』

「レヴィさま、すっごい人ですよっ!」


 王都にある大闘技場。

 その出場者控え室の中でメリーネがはしゃいでいた。


「そりゃあ、七竜伯同士の試合だしな」


 控え室から闘技場の舞台へは扉などで区切られておらず、そこから覗けば観客席がぐるりと見回せた。

 コロッセオのようなすり鉢型の観客席には、これでもかと人がひしめきあっている。


 しかも、陛下も観戦に来ているらしい。

 突発的な催しなのに御前試合になってしまったのだ。


 国王なのにフットワークが軽すぎる。


「いやあ、これほど観客が多いのは久しぶりですよ」


 俺の控え室で待機するスタッフの男が、呆気に取られた様子で言った。


「さすがは七竜伯ですよね」


「普段はどんな感じなんだ?」


「まぁ、席の4分の1が埋まれば良い方かと。その辺は出場者にもよりますが、急遽決まった試合でありながらこの人気ぶりは本当にすごい」


「直前にパレードがあった影響もありそうですよね」


「それはもう。チケットは我が先にの争奪戦で一瞬で売り切れてしまいました」


「迷惑をかけるな」


「いえいえ! 我々としてはありがたい限りですよ!」


 ここに来る前に俺とネロの七竜伯就任を知らしめる目的のパレードを行ったのだが、まさに熱狂という言葉が相応しいほど民衆が盛り上がっていた。


 七竜伯の人気や注目度がよくわかる催しだったな。

 で、そのパレードの終わりに突如として発表された『白銀』と『聖騎士』の模擬戦。

 きっとこの闘技場の運営側はめちゃくちゃ大変だったろうに、それでもありがたいと言うなんて立派なことである。


「レヴィよ。オッズではお前の方が負けているが、ワシはお前が勝つと信じておるぞ」


「師匠、お金に困ってるとは思えないのですけど」


「バカを言え、バカ弟子よ。こういうのは必要かそうでないかではなく、全力で楽しむべきなんじゃ。賭け事もその1つ。こうすれば観戦により熱中できるのじゃよ」


「お爺ちゃん、どのくらい賭けたの?」


「まぁ、とりあえず1000万くらい」


「賭けすぎですよ! わたしのことバカって2回も言ったくせに、師匠の方がよっぽどバカだと思いますけど!!」


「ぼ、僕も賭けた方が、いいのかな」


 わいわいと楽し気な控え室。

 そんな様子を眺めていると、ふとスタッフの男に話しかけられる。


「レヴィ・ドレイク様。そろそろ入場になります。ご準備の方は問題ありませんか?」


「ああ、いつでも」


 問いかけに頷きで返し、闘技場へと続く控え室の出口へと歩いて行く。


『ご観覧の皆様、お待たせいたしました! まもなく大陸最強、七竜伯同士による伝説の一戦が始まります!』


 大きく響く、アナウンスの声。

 魔道具によって増幅されたそれによって、闘技場全体が揺れていると錯覚するような歓声が上がった。


「レヴィさま! がんばってくださいね!」


「レ、レヴィさん、ボコボコにしちゃってください!」


「ご主人さま! 応援してるからね〜!!」


「レヴィ、ワシの1000万を頼むぞ」


 俺の背中へと掛けられる声。

 みんなの声を頼もしく思いながら振り返ると、俺は一言だけ簡潔に伝える。


「勝ってくる」


 そして、再びアナウンスが響く。


『まずはこのお方! 王国中が今もっとも注目していると言っても過言ではない、新たな七竜伯の1人! その規格外の魔法は天を灼き、地を焦がす! 爆熱の炎で灰に帰してきた魔族は数知れず! 『白銀』! 七竜伯レヴィ・ドレイク!!!!』


『わあああああああああああああ!!!!!』


 周りを囲む、人、人、人。

 空から降ってくる大歓声に少し気分が高揚してしまう。


 だけどこの闘技場の舞台に立っている以上、浮ついた気持ちになるわけにはいかない。

 俺は油断せず、ただまっすぐに前を見据える。


 やがて、俺の出てきた反対側から現れる影。


『対するはこのお方です! その槍は王国の敵を穿ち! その鎧は敵の侵略を阻む盾となる! かつて魔物氾濫スタンピードを単身で殲滅してみせた英雄騎士! 『聖騎士』! 七竜伯ユーディ・ルノワード!!!!』


『わああああああああああああ!!!!!!!』


 顔まで覆う漆黒の全身鎧。

 すらりとしたシルエットの鎧は頼もしさや重厚感はあまり感じず、美麗で芸術品のような美しさを印象付ける。


 だが見た目は関係ない。

 こうして目の前にして、ひしひしと感じる重圧は紛れもなく強者の放つ一級品の力の証明。


 そこにいたのは美女や美少女を見れば即ナンパに走るような軽率な男ではなく、人類最高峰の力を秘めた騎士だ。


「まったく、ものすごい歓声ですね。いったい何人いるのでしょうか」


「さあな。これだけの人間に見られながら戦うのは、後にも先にもこれっきりになりそうだ」


「そうですか? 私はなかなか良い気分ですよ。騎士としては相応しくない考えかもしれませんが、他者からの注目や賞賛というのは気持ちがいいものです」


 まぁ、注目されたり賞賛されたりで嫌な気持ちになる人はいないよな。

 俺もその気持ちはわかる。

 でもこれだけの人数からのものとなるとな。


 この辺は前世陰キャだった故だろうか。

 転生してそれなりの期間をレヴィとして過ごしたが、根底はなかなか変わらないからな。


「俗物的だな」


「否定はしません。『聖騎士』という名を頂いていますが、私は別に自身を高潔な人間であるなどとは思っていない」


「そんなことわざわざ言わなくても知ってる。高潔な人間はナンパなんてしない」


「うぐっ! そ、それは今は良いじゃないか! 私だってもう24だが彼女すらいないんだぞ! 若い上に婚約者までいるドレイク殿とは違うんだ!!」


 それは悲痛な叫びであった。

 あまりにも情けない1人の男の嘆きであった。


「はぁ、はぁ……もういいか。とにかく、私はドレイク殿に勝たせてもらいます。この大観衆を、歓声を、私の勝利への賞賛へと一色に塗り替える。それはきっと、とても気持ちがいい」


 漆黒の騎士が、その手に握る槍を俺へと突きつける。


「そしてあわよくば! この試合で、美女や美少女が私に興味を持ってもらえたらなお嬉しい!! 私はたくさんの女性に囲まれてチヤホヤされたいのです!!」


 最低すぎる。

 こんなのが七竜伯なんてそんなことがあっていいのか。


「俺としては、大観衆も、歓声も、勝利への賞賛もあまり興味はないけどな」


 俺は目の前の敵を見据え、挑発するようにニヤリと笑ってやった。


「――愛する女が見てるんだ。勝利の1つでも飾ってやるとしようか」


「――っ! 勝つのは私です! 君の無様な姿を、この大観衆の前に晒しあげてみせましょう……!!」


 戦いが、始まった。

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