土下座

 なんて、言い放ったところですぐに我に帰る。


 だけどもう、後の祭りである。

 目の前で『やっちまった!』と言わんばかりの表情を浮かべるユーディ。


 あちゃあと頭を抱えるメリーネ。

 愉快そうに笑うロータス、なんだなんだと興味津々にこちらを見るスラミィ。


 そして俺の膨大な魔力に威圧されてパニックに陥る貴族たち。

 魔力はすぐに引っ込めたが、かといって一度パニックになった人間はそう簡単には収まることはない。


「す、すまない。まさか君の婚約者だったとは思わず、あまりにも可愛らしい女性だったからつい」


「あ、いや俺も思わず……って今はそれどころじゃ――」


 と、そんなとき。

 俺の隣から大きな拍手の音が鳴り出す。


「おお! さすがじゃな! これが『白銀』レヴィ・ドレイクの魔力か! いやあまったく素晴らしい力を感じたぞ!! みなもそう思うであろう!!」


 エレアだ。

 手を叩きながら会場に響くような大きな声で彼女が言うと、少し落ち着きを取り戻し始めた会場中からぽつぽつと拍手が聞こてくる。


「見事なものであったぞレヴィ! お主の力が見てみたいというわらわの願いをよく聞いてくれた!!」


 なるほど、そういうことか。

 合わせろと目で訴えてくるエレアに感謝しながら、俺は彼女の言葉に返す。


「ああ、俺の魔力は見ての通りだ。この力で、七竜伯としてこれから王国を剣となり盾となろう」


 俺の言葉に会場中の拍手はより大きくなり、歓声すら聞こえ始める。


「おお! なるほど、そういう催しであったか!」


「なんだ、驚いてしまって損をしたな。いや、それにしても素晴らしい魔力でしたぞ!」


「これが『白銀』ですか! 圧倒的な魔力ですな! まったく、エレイン王国は安泰だ!」


 どうやらもう大丈夫みたいだ。

 エレアに感謝しかない。


 礼を言わなきゃな、なんて思ってエレアの方を見ると――とても良い笑顔でにっこりと笑っていた。


 なるほど。

 笑顔とは、本来攻撃的なものであり獣が牙を剥くことが云々ってどっかで聞いたことあるな。

 つまりは、こういうことか。


 彼女がくいっと手でジェスチャーをしてから歩き出すのを見て、俺はその後ろを粛々とついていった。

 そのさらに後ろ、ユーディも俺に続く。

 ひっきりなしにかけられる拍手や歓声が、とても虚しかった。




「さて、わらわの言いたいことがわかるな?」


「「はい、誠に申し訳ございません」」


 仁王立ちするエレア。

 その足下で、隣り合って土下座する俺とユーディ。


「まったく。なんとか場を収めることはできたが、肝を冷やしたのじゃ」


「すまん、エレア。本当に助かった」


「私も深く反省します。ドレイク殿にも、改めて謝罪を。知らなかったというのは言い訳になりますが、婚約関係を知っていたらあのようなことはしませんでした」


「悪気がないのはわかってる。俺もイラついたからって、やりすぎた」


 きっかけはユーディだったが、あそこでキレてしまった俺が一番悪い。

 ナンパされたからといってメリーネが靡くなどありえないし、ユーディがだってことは重々知っていたはずだ。


 ユーディは女好きだが、節度は守るし根は善良だから相手がいる女性をナンパすることはない。

 ゲームでも、その辺はしっかりしてるやつだった。

 きっとあそこでキレずに、普通にメリーネは俺の婚約者だと言えばそれですぐに引いてくれただろう。


 我ながらなんであんなに感情的になってしまったのか。

 だって婚約者にちょっかいを出されただけだぞ。

 本当に恥ずかしい限りだ。


「2人とも、しっかりと反省するように頼むのじゃ。はあ、わだかまりがなさそうなことだけは救いかの」


 やれやれといった感じでエレアはため息を吐いた。


「ところで、ドレイク殿の婚約者といえばリンスロット殿の養子となった『二代目剣聖』でしたね。つまり、彼女がそうなのでしょうか」


「知っているのか」


「もちろんです。ドレイク殿の婚約は正式に公表されていましたし、『剣聖恋物語』も昨今は有名ですからね。私は吟遊詩人の歌が好きなのですが、最近では劇場の演目の一つとしても人気なんですよ」


「ええ……」


 なんか、どんどん有名になってくじゃん。

 劇場の演目にもなってるとか、メリーネは果たしてこの事実を知っているのだろうか。


「いや、それにしても羨ましい。メリーネ嬢のような美少女の婚約者がいて、その上でネロ嬢からも……羨ましいというか、もはや妬ましい」


 ギリギリと歯軋りして俺を睨むユーディ。

 不幸な行き違いから発生した一悶着は解決し、俺への恨みもないだろうに。

 だけど、それはそれとして嫉妬はするらしい。


 面倒くさいやつである。


「ふむ、しかし良い機会だったかもしれんの」


「ん、どういうことだ?」


 ふと、エレアがこぼした言葉に俺は首をかしげる。


「いや、レヴィの力の一端を知れたというか。仲間になったとはいえ、わらわはレヴィやネロの力を直接見たことはないからの」


「たしかにその通りですね。ドレイク殿は実績については十分ですが、実力についてはどれほどなのか知りませんでした。先ほどの魔力は広い空間を満たすほどの量に、物理的な圧力すら感じる質。さすがと言いますか、凡百の魔法使いとは格が違いました」


 ユーディの言葉に、エレアはうんうんと頷く。


「そうじゃなぁ、お主らで模擬試合なんてどうじゃ?」


 良いことを思いついた!

 といった感じで、エレアが提案する。


 なんでそんな話になる。


「新七竜伯を国民に向けて大々的に周知するパレードが、明日の昼にあるじゃろ? その後、王都の闘技場を使って模擬戦をやろう。せっかくだし、貴族や民衆を観客として招いての模擬試合をするのじゃ。みんな七竜伯の強さに興味があるだろうし、きっと盛り上がるぞ!」


 なんだそれ、やる意味あるのかと思ってしまう。


 いや、これから協力して魔族と戦っていくことになる七竜伯たちに俺の実力を知ってもらうのは良いことだ。

 連携などもしやすくなる。


 だけどなあ。

 わざわざ貴族や民衆を招くのはどうなんだろうか。


 ――なんて思っているのはどうやら俺だけらしい。


「いいですね。私は賛成です。模擬戦であれば、ドレイク殿の力を知るにはちょうどいいかと」


「うむうむ。ユーディもそう思うか。レヴィは、どうじゃ。お主もユーディと戦ってみたくはないか?」


 そんなふうに言われたら俺としても興味はあるけど。

 ゲームにも登場したユーディ――七竜伯の実力。


 それを直接知ることができる機会だ。

 そう悪いことではない。


 少し考えた俺だが、最終的には首を縦に振った。


「わかった。その話受けるよ」


「よし、決まったの! 楽しいことになりそうじゃ!」


 そんなこんなで紆余曲折あって、俺はなぜかユーディと模擬戦の約束をするのであった。

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