レヴィ、キレる
王城内にある一番大きなホール。
夜になると、そこには多くの貴族が集まっていた。
俺とネロの七竜伯就任を祝う会場だ。
最初に国王陛下から挨拶があり、それが終われば後は自由で皆が思い思いに過ごしていた。
そんな中、俺はというとひっきりなしに挨拶に来る貴族を機械のようにひたすら捌いていく作業中であった。
「閣下、お初にお目にかかります。この度は七竜伯へのご就任まことにおめでとうございます。私は――」
なんて感じで、どこそこのなんちゃらかんちゃらという貴族が名乗ってくるがとても全員覚えきれない。
まぁ、困ったら父上あたりに聞けば良いか。
それにしても閣下なんて呼ばれ方は慣れない。
七竜伯という爵位を考えれば敬称としては正しいのかもしれないが、変な感じである。
と、そんなとき。
見覚えのある顔がやってきた。
「ん、ポリーチャ様じゃないですか。お久しぶりです」
「お久しぶりですな、レヴィ殿! この度は七竜伯へのご就任おめでとうございます! おっと、閣下と呼んだ方がよかったでしょうか?」
「はあ、からかわないでくださいよ」
「あっはっは! これは申し訳ありませんな!」
海洋都市ロイズを治めるポリーチャ伯爵家の当主であるデイブ・ポリーチャ。
久しぶりに会った彼は、変わらぬ小太りな腹を揺らしてわははと豪快に笑った。
それにしてもロイズと言えばメアリだよな。
あいつは今元気だろうか。
「いやあ、しかし本当に驚きました。新たな七竜伯へと就任したのが、まさかレヴィ殿とネロ殿であったとは! 海を埋め尽くす魔物の軍勢を退けてくれたネロ殿は、あの街でも大人気なのです。此度のことが発表されれば、我が領民はみな大手を挙げて喜ぶでしょう」
「ああ、たしかに。メリーネとネロは直接ロイズを守りましたからね」
あの時は俺がアミュエッテと戦っている間に、ロイズに迫る1000万に及ぶ魔物の軍勢を迎え撃ったのはネロで、もう一体の侯爵級を倒したのはメリーネだ。
そりゃあ、人気出るよな。
「ええ、私としては敵の首魁を討ったレヴィ殿の活躍も知って欲しいところではありますが……」
「仕方ないでしょう。それに、仲間が賞賛されるのは俺としても自分のことのように嬉しい」
「いやはや、さすがはレヴィ殿だ。やはり器が違う!」
相変わらず大げさな人だ。
知らんし興味もない貴族との挨拶ラッシュをこなしていた俺としては、デイブとの会話はなかなか楽しめた。
癒しだ。
癒し系の小太りのおっさんである。
会話が終わると、ネロやメリーネにスラミィにも挨拶をしなくてはと言いながらデイブは去っていった。
さて、挨拶を捌き切るまでもう一踏ん張りするか。
ひっきりなしに来る貴族からの挨拶をあらかたを終わらせた俺はメリーネとスラミィを探す。
すぐに見つけることができたが、どうやらロータスも一緒にいたらしい。
「あ、ご主人さまだ!」
「レヴィさま、お疲れ様です!」
「ほほ、大変じゃったの」
そう言って出迎えるメリーネとスラミィの手には、これでもかと盛られたご馳走の山。
存分に楽しんでいるようで何よりである。
それにしても、かなり注目されてるな。
長く七竜伯を務めたロータスの顔は貴族たちには当然知られており、そんな彼と親しくしている少女。
情報通であれば、メリーネが『二代目剣聖』と気づく者もいるだろう。
納得の注目かな。
「ネロは……なかなか苦戦してるな」
「あはは、ネロさんはこういうの苦手ですよね」
「ご主人さまとネロは2人でいればよかったのに」
「あれを見ちゃうと、俺も最初からスラミィの言う通り2人で挨拶を受けていればよかったって思う」
見ると、さっきまでの俺と同じように挨拶ラッシュを受けているネロはいっぱいいっぱいな様子だった。
顔を真っ青にして、あたふたして。
何とかギリギリで挨拶を受けているという感じだ。
新七竜伯があの様子で幻滅されたりしないだろうか。
なんて思ったが――
「ネロ様……可憐ですな」
「ああ、素晴らしい」
「美しき強者でありながら、こうも庇護欲を掻き立てる」
「綺麗だ」
――なぜか好評であった。
周囲の貴族の声が聞こえてきた俺たちは、揃って微妙な表情になってしまう。
「あいつ、元男なんだけど」
「それどころか、骨じゃろ。元骨」
「あはは。なんか……何なんでしょうね、これ」
「あ、ご主人さま! このお肉美味しいよ!」
スラミィに差し出される肉を食いながら、俺は遠い目をする。
目の前で繰り広げられる、元男に対して何人もの男たちが熱を上げているという地獄のような光景。
何だこれは。
まぁ、たしかにパーティということでドレスを着たネロの姿は女性としてみれば綺麗なのだろう。
そこはさすが女神謹製の体といったところ。
だけどあたふたしてる姿を可憐だのなんだの、挙動不審になってるだけじゃん。
それとも俺の感覚がおかしいのだろうか。
そんな中ふと会場が静かになる。
何事かと思ったが、すぐに原因はわかった。
只者では風格を身にまとい現れた黄金の髪の少女。
その後ろに続く、金髪の貴公子。
――エレアとユーディが会場入りしたのだ。
「レヴィ、楽しんでおるか?」
まるでモーセのように貴族の群集を割って、まっすぐ俺たちの元へとやってきたエレアが俺へと話しかけてくる。
「これからだな。やっと挨拶が終わって、いろいろ食べてみようかと思ってたところだ」
「そうか。今宵はお主とネロのための宴じゃ。城の料理人が腕を振るった料理の数々、ぜひ楽しんでくれ」
なんて言葉を交わしている横で、事件が起こった。
「――ああ、なんて可愛らしいお嬢さんだ。私の名はユーディ・ルノワード。どうか、君の名を聞かせてもらいたい。そして願わくば、この私と一曲どうかな」
「あ、あの。あはは」
跪き、手を差し伸べるユーディ。
それに対して、困ったように笑うメリーネ。
その光景を見た瞬間、俺は一瞬我を忘れる。
無意識のままに解放された、荒れ狂う俺の魔力が物理的な圧力をともなって会場を満たした。
何事かと振り返るユーディ。
俺は目の前の男を睨みつけて、吐き捨てた。
「おい、俺の婚約者に何してる――死にたいのか?」
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