マジで嫌すぎる

 エレイン王国王都。

 その中にあって、王国の威を示す象徴である城。


 竜王女の招待に応じた俺たちは、その中にある応接室の1つへと通されていた。


「う、うう。これから王女様と会うなんて、緊張してきました……」


 ネロがカタカタと震えながら胃のあたりをさする。


「別に何かされるわけじゃない。落ち着け」


「そーですよ、ネロさん! せっかくなので楽しむべきですよっ!」


「お前は楽しみすぎだ」


 さっきから応接室に控える使用人にケーキを要求しては食べまくっているメリーネに呆れる。


 竜王女が来るまで少し時間がかかるとのことで、その間俺たちが退屈しないよう軽食などを用意してくれたのだ。

 主にケーキと飲み物だな。


 俺は1つもらい、スラミィは3つくらい食べてたか。

 ネロは緊張から遠慮し、メリーネはもう10個くらい食べている。


「だって、レヴィさま! このケーキ王都の有名店のやつなんですよ! 大人気ですぐに売り切れちゃってなかなか食べられないやつなんです! いっぱい食べていいってことなら、食べなきゃ損じゃないですかっ!」


「え、そんなにすごいものだったのか」


 メリーネの説明を聞いて思わず呟く。

 たしかにめちゃくちゃ美味かったけど。そんなこと言われるとなんかもったいなく感じる。


「もう1つくらい食べようかな」


「……ぼ、僕もやっぱ食べます。メリーネさん、おすすめはどれですか?」


「スラミィも! スラミィももっと食べる!」


「えへへ! みんなの好みはばっちりなので、わたしが選んじゃいますよー!」


 そんなふうに賑やかに待っていると、いきなりドアが『ばあん!』と開かれる。


 ドアの開かれた音に振り返る。

 そこにいたのは1人の少女と、困ったように頭に手を当てる妙齢の侍女。


 俺はその少女の姿を見た瞬間、さっと跪く。


「ああ、そういうのはよい。わらわは堅苦しいのは嫌いじゃ。楽にしてくれ」


 少女に言われた俺は姿勢を元に戻す。


 肩のあたりで揃えられた、金というよりは黄金と呼ぶべき輝いた髪。

 竜のような縦長の瞳孔を持つ橙色の目。


 彼女こそが七竜伯の頭領。

 エレイン王国に王家に伝わる『竜の力』を受け継ぐ、人類最強の存在。


「――『竜王女』エレア・イリア・ノールトート・エル・ドラクレア。長ったらしいからエレアでよい。お主らとこうして会える日を楽しみしてたのじゃ」


「ドレイク侯爵家嫡男、レヴィ・ドレイク。エレア様のお呼びを受け、参上いたしました」


「メリーネ・コースキー・リンスロットです! レヴィさまの婚約者で、リンスロット伯爵家の養子です!」


「ネ、ネロ・クローマです。えっと……よ、よろしくお願いします!」


「スラミィはスラミィだよー! よろしく、エレア!」


 竜王女――エレアの名乗りに応じ、堅苦しいのは嫌いだという言葉に合わせて適度に崩した名乗りで返す。


 俺が名乗るとメリーネたちも続いていく。


 スラミィの名乗りはちょっと問題かもしれないけど、まあ呼び捨てでいいと言ったのは本人だし大丈夫かな。

 ゲームで知る彼女の性格なら、こんなことでどうこう言うことはないとわかっているし。


「うむ。レヴィにメリーネ、ネロ、スラミィだな。これから長い付き合いになるだろう。よろしく頼むぞ」


 エレアはうんうんと満足気に頷く。


 そんな中、遠慮もためらいも持ち合わせていないスラミィが真っ先にぶっ込んだ。


「ねーねー! エレアってちっちゃいよね〜! 何歳くらいなの?」


「ス、スラミィ!? あ、相手は王女様ですよ!?」


「ネロ、わらわは気にせんから安心せい。それで、歳だったな。この間13歳になったところじゃ」


 エレアの身長は140センチくらいだ。

 この幼さで人類最強なんて何の冗談だよって感じだが、産まれながらに継承型神器を持っている少女だし。

 普通の尺度で測っていい相手ではない。


「わぁ! ご主人様の3つ下だね〜!」


「ご、ご主人様? 誰のことじゃ?」


「ご主人様はご主人様だよ!」


 そう言ってスラミィが俺に抱きついてくる。

 これは少しまずい気がする。

 俺は盛大な勘違いが起きそうな気配に頭を抱えた。


 応接室に控えている使用人たちの視線が痛い。

 加えて、エレアまでもが胡乱なものを見るような目を俺に向けてきた。


「レヴィはそういう趣味なのか? いや、スラミィの服装からして使用人の見習いであることはわかるのじゃ。しかしな、さすがにこのような幼い少女にご主人様などと呼ばせるのはいささか倒錯的すぎるじゃろ」


「エレア様、誤解です。スラミィはメイドである以前にま――」


「……ま?」


 ――魔物なので。

 という言葉をとっさに飲み込む。


 エレアにスラミィの正体を伝えるのはいいが、他の王城の使用人たちに聞かせていいことじゃない気がする。

 最悪パニックとか起きたら困るし。


 だけど、そしたらこれどうやって誤解を解けばいいんだよ!


「いや、えっと」


「……! 言われてみると、お主の婚約者のメリーネはいろいろと比較的小さいのじゃ」


「そ、それはまた別の話です。関係ないです。本当です」


 俺は必死に弁解する。

 メリーネもたしかに年齢のわりに比較的小さいが、別に俺にそんな感じの趣味があるわけではないのだ。


 たまたま好きになった相手が、比較的小さいメリーネだっただけだし何なら彼女は俺の2つ年上だ。


「レヴィさまは小さい子に優しいですからね〜。ベアトリスさまとルーテシアさま、イブちゃんとか!」


「も、もしかして、僕ももう少し小さくなった方が……もう一度ダンジョンで女神様に会いに行けば、小さくしてもらえるでしょうか……」


「メリーネとネロまで悪ノリするな!」


 なんでお前らが後ろから刺してくるんだよ!


 エレアに着いてきていた侍女が、俺から遮るようにさっとエレアの前に立つ。


「殿下、あの方の守備範囲には殿下も入っているはずです。お気をつけください」


「むむむ、これは『二代目変態』が襲名される日も近いのじゃ……」


「嫌すぎる!!! 勘弁してくれ!!!!」


 その後、俺はなんとか誤解を解いてことなきを得た。


 というかエレアは最初から冗談だったらしい。

 どうやらまだ微妙に堅い態度のままの俺が、もっとフランクになるように一計を講じたとかなんとか。


 本当に勘弁してほしかった。

 二代目変態とか、マジで嫌すぎる。


 本題が始まる前なのにとても疲れた。

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