打診

 魔族に荒らされた学園都市。

 その中であって、今までと変わらない姿を維持している唯一の建物があった。


 学園の校舎として利用されているウォーデン城だ。

 先史文明よりその姿を維持するアーティファクトのみが、魔族の攻撃を跳ね除けて健在のまま。


 魔族の襲撃から数日経った今日。

 王都から戻ってきたフロプトからの呼び出しで、俺たちは校長室を訪れていた。


「まずは感謝したい。今回は本当に助かった。犠牲者は多いが、お前たちのおかげで最悪だけはなんとか免れることができた」


 俺たちからあの日に起こったすべてを聞き終わり、疲れた様子のフロプトが俺たちに礼を言う。


「はあ、我ながら不甲斐ないな。まんまと罠にかかって街を荒らされるなんてな」


「竜王女殿下からの召集でしたし、それを無視するわけにもいかなかったはずです。今回は魔族が何枚も上手だったというしかないかと」


「それはわかっているのだがなあ……なんとかできんかったものか」


 フロプトはそう言うが未来予知なんて誰もできない。

 俺のゲーム知識だって、すでに流れのほとんどが変わったこの世界では未来のできごとを予知する手段としてはもうほとんど効果がない。


 だからその場その場での最善を常にやっていくしかないのだ。


 結果的にオールヴァンスの策にハマったフロプトも『竜王女』も他の人たちもやれることをやろうした結果。

 これはもう割り切るしかないだろう。


「それにしても『変態』が乗っ取られていたとはな。何度も会っているが、あれは偽物などではなく紛れもなく本人であった。我の目で見たのだからそれだけは間違いない。我の目を欺く公爵級魔族オールヴァンス……恐るべき魔族だ」


「ですがもう倒しました。あいつの手で大きな打撃を受けたのはたしかですが、オールヴァンスを排除できたのは大きい」


「それはそうだ。本当によく仕留めてくれた」


 メリーネの必殺技で消し飛ばし、保険として残された魂の欠片は俺が消し去った。

 もうこの世にオールヴァンスは存在しない。


 七竜伯の3人を失った人類は大きな打撃を受けたが、ゲームの知識を得た最強にして最悪の魔族の討伐はそれに見合う価値がある。


「結局、七竜伯は3人もいなくなっちゃったのですよね?」


「ああ。残ったのは『竜王女』『聖騎士』『山割』、あと『賢者』である我の4人だけだ」


 メリーネの問いにフロプトが答える。


「そ、それって結構まずいですよね? 王様とかは、どう考えているんでしょうか……」


「さてな、陛下のお考えは我にはわからん。だが、公表せんわけにはいかないことだけはたしかだ。どうせ七竜伯の顔ぶれに変化があったことは、他国や民衆にいずれバレる。であれば、混乱を最小限にするために王家が先んじて公表するべきだろうな」


 不安気にするネロの言葉にそう返したフロプトは、ため息を吐いて背もたれへと体を預けた。


 フロプトは疲れきってくたびれた感じだ。

 まあ彼の立場だと考えることが多すぎるのだろう。俺からはなんとか頑張ってくれとしか言えない。


「でも、公表したら多分国がすっごく荒れちゃうよね。スラミィでもわかるよ」


「仕方あるまい。隠そうとしたところでいずれバレるし、起きてしまったやばい事実はもうどうしようもない」


「……国が荒れるのは良くないな」


 すでに魔族は本格的に動き出した。

 今のこの状況で王国民や周辺国家の人々に余計な不安を与えることになれば、いずれ来たる魔族との決戦にも響いてくるかもしれない。


 それは良くない。


「だがまあ、公表のやり方というものがある」


 フロプトはくたびれた様子から一転して、何か考えがあることを思わせる顔でふっと笑う。


「公表のやり方?」


「そう難しいことではない。悲報を朗報で覆い隠すとか、別の注目ごとで民衆の視線を逸らすとか……そういうよくある手を打とうという話だ」


 そうは言うが、七竜伯が一挙に3人も欠けたという歴史的とすら言える悲報をかき消せるような朗報なんて――


 そう考えたところで、俺は閃いた。


「まさか」


「ふっ、察したか。さすがはドレイクだ」


 フロプトは豊かな顎髭をさすりながらにやりと笑う。


「シンプルな話だ。七竜伯が欠けたという悲報を、より強力な七竜伯へと代替わりしたという朗報にすり替える」


「! それってっ!」


「も、もしかして……」


 メリーネとネロも察したのか驚愕の表情を浮かべる。

 スラミィだけはよくわかっていない様子できょとんとしているが、情緒的にまだ子どもで人間社会には慣れきっていないから仕方ない。


 やがてフロプトは、無駄にかっこつけたような仰々しい仕草で俺を指差す。

 そしてもったいぶるように口を開いた。


「お前たちについて、王都にて竜王女殿下がお呼びだ。要件は――七竜伯任命の打診」


 話の流れからわかっていた。

 だけどいざ決定的な言葉を言われると、緊張というか動揺というか……とにかく口の中が乾くような感覚。


「突然の話だ、動揺もあるだろう。だが、殿下を待たせるわけにもいかない。準備ができ次第王都へ向かい謁見に臨め」


 フロプトは楽し気に笑った。


「朗報を待っている。やばいやつをな」

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