死ぬ気で耐えろ

「クソッ! ふざけるな!」


 目の前でジークが胸を貫かれて大量の血を流している。

 状況を理解した俺はとても冷静じゃいられなかった。


 今ジークを殺されるのはまずいなんてレベルの話じゃない。


「『劫火炎槍』!」


 俺はしつこく追い縋ってくる魔物たちを本気の魔法を連射することで消し飛ばし、ジークを助けるために駆ける。


 今ならまだ間に合う。

 エリクサーを使えば――


「――おっと、不用意に動かない方がいい」


 ジークの背後の空間がひび割れ襲撃者の全貌が現れる。

 は、ジークの胸を貫く腕とは逆の手で彼の頭を掴むとニヤリと笑った。


「そうでないと……うっかり、拙者の手が滑ってしまうかもしれませんからな」


「お、お前――」


 の姿を見た俺は絶句した。

 知っている。俺はこの男を知っている。


 最悪だった。

 考えうる限り、最悪のケース。


 敵となれば、すべてがひっくり返るような存在。


「――なんでだよ、マックス!!!」


 その男は、俺と同じ転生者。

 七竜伯『変態』の二つ名を持つ男――マックス・プロテーン。 


 俺の言葉により一層笑みを深くしたマックスは、今までずっと閉じていた目を開く。


 そこに覗くのは、黒と白が反転した異形の目。


「拙者は僭越ながら七竜伯『変態』の末席を汚す者、マックス・プロテーン――なんてな、人間のフリはもういいか。改めて名乗ろう、僕の本当の名は公爵級魔族オールヴァンス」


「! オールヴァンス!?」


「君なら僕のことを知ってるだろう? 引き続きよろしくしようか、レヴィ・ドレイク」


 公爵級魔族オールヴァンス。

 その名には聞き覚えがある。ゲームに登場した魔族の1体だ。


 特徴的なのがこいつの持つ権能。

 他者の肉体を奪い取り、その能力を自分のものとして振るうというあまりにも外道な力。


 つまりこいつは――人の体を奪う魔族だ。


「まさか、マックスは」


「ああ、一年と半年ほど前かな。これはとても苦労して手に入れた体なんだ」


 どうやら、俺が出会ったマックスは最初から本物ではなくオールヴァンスが乗り移ったものだったらしい。


 一年と半年前という時期。

 それは俺がこの世界に転生した――正確には、レヴィ・ドレイクが俺という前世を思い出した時期と一致する。


 おそらく、マックスがこいつに体を奪われ死んだから代わりに俺が転生したということか。

 嫌な事実に気づいてしまった。

 というか、女神はそれくらいちゃんと教えろよ。


「さすがは七竜伯。この体を奪うのには本当に手こずったよ。だけど、それに見合うどころか予想以上の見返りがあった」


「……最悪だな。本当に」


 俺はどうしようもない現実に悪態を吐くことしかできなかった。


 オールヴァンスは乗っ取った人間の記憶を得る。

 偶然にも転生者であるマックスの記憶を得たこいつが行動を起こし、その結果が今この現状。


「あの知識を持つ君は危険な存在だけど、危険度で言ったらやはり一番はジーク・ロンドだった。ジークを排除するためにあの手この手を使ったんだけど」


 オールヴァンスはにやりと笑う。


「さすがだよ。僕の策はことごとく君の手によって覆された。本当は今日学園都市を滅ぼすつもりだったし、ジークもエミリーもアネットもまとめて殺すつもりだった。でも、君の存在によって失敗した」


「すべて、お前が仕組んだことか」


「そうだよ。『聖女』を殺し、『不滅』を封印し、『竜の剣』を創設することで君たちの動きをコントロールして。竜王女に働きかけて七竜伯を集めさせ、『賢者』が学園を留守にするように仕向けた。すべて学園を滅ぼすため――来たる戦いの日に備えて、人類の勝利の芽を摘むためだ。『変態』の立場は大いに役に立ったよ」


 やはり七竜伯失踪もこいつの仕業か。

 しかも、行方不明ではなく『聖女』が殺されて『不滅』が封印されたという事実が確定した。


 これで『変態』も含めて七竜伯は3人が欠け、さらに主人公であるジークの命も危険な状態。


 最悪。

 本当に、そのひと言に尽きる。


「本当ならまだ正体を明かす気もなかった。それなのに結局、僕が出て強引にやるしかなくなったのは残念だ。仕方ないから、僕自身が直接君たちを殺そうか」


「……黙ってやられるかよ」


「おっと、もう一度言うけど動かない方がいい。もちろん魔法もダメだよ。そっちの剣聖も。ああ、エミリーとアネットは動いてもいい。君たちが抵抗したところで意味はないからね」


 魔法を発動しようとすれば、ジークの頭を掴むオールヴァンスの手に力が入る。


 発動の速い無魔法ならオールヴァンスがジークを殺すよりも早く攻撃できるかもしれないが、立ち位置が悪い。

 オールヴァンスに命中するよりも先にジークへと当たってしまう。


「さて、順番に殺していこうか。もちろん抵抗してもいいよ。ジークの命がいらないならだけど」


「っ!」


 俺が抵抗すればジークが殺され、ジークを殺されないようにと抵抗しなければ俺たちが死ぬだけ。


 俺たちの誰も動けない中。

 最初に声を上げたのは、人質に取られたジークだった。


「レ、レヴィ! オレには構わなくていい! 気にしなくていいから、恨んだりしないから! ゲホッ、ゴホッ――構わず、魔族を倒して! 君なら勝てるよね!!」


「ジ、ジーク! 何を言っていますの!?」


「ちょ、やめてよジーク!!!」


 胸を貫かれながら、血を吐きながら。

 痛みに顔を歪め、脂汗を流しながらも浮かべるのはどこまでもまっすぐな笑顔。


 命の灯火が消えかかろうという中で、その目だけは一切死ぬことはなく。


「よくわからないけど、こいつはとんでもなく悪い魔族なんだよね! なら、レヴィが今こいつを倒せばこれからたくさんの人が救われるんだ! だから、オレの命なんて安いものだよ!!」


 きっと、怯えはあるだろう。

 今にも震え出してしまうほどの恐怖の只中にいるだろう。


 だけど、その魂は。

 この世界の主人公たる高潔な精神は、人を救けるためなら自己犠牲すら厭わない。


 ――違う、お前が死んだら意味がない。

 ――ここでオールヴァンスを倒すことなんかよりも、お前が生きている方がよっぽどたくさんの人を救ける結果に繋がる。


 そんな正論は、なぜか口から出てこない。


 ジークは、にっと笑って俺へと言った。


「――レヴィ! 後は任せた!」


 ああ、そうだ。

 だから俺は『エレイン王国物語この世界』が、ジーク・ロンド主人公が好きなんだ。


「やっぱ、かっこいいな」


 誰にも聞こえない声でぽつりと呟く。

 主人公から後を任され背中を押され、それに応えないのであれば俺はこの世界に転生した意味などなくなってしまう。


 憂いはある。迷いもある。

 未来に対する不安なんてもうどうしようもないほどに膨れ上がっていく。


 だけど、俺は笑った。


 主人公らしく見る者を安心させるような笑みを浮かべるジーク。

 それに対して、俺もまた笑い返してやった。


 不遜に、傲慢に。

 ジークとは真逆な、悪役らしく歪んだ笑顔で。


 無論、死なないのであればそれが一番。

 だからどうかこの世界の未来のために――主人公。


「――死ぬ気で耐えろよ!!!!」


 俺はあふれるほどに膨大な魔力を解放する。

 そして魔法ですらない巨大な魔力の塊をジーク諸共オールヴァンス目掛けてぶっ飛ばした――

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