メリーネ、がんばった!
目の前に魔族を見据えメリーネは2つの剣を構える。
左手には白銀の『ミストルテイン』、そして右手には黄金の『雷王の剛剣』を。
メリーネはその内の黄金の剣――神器の力を解放する。
「『
それは雷王の力の具現。
メリーネの体を包み込む雷の衣。
「っ! なんだそれ!? すげえ力を感じるぜ!」
「これがわたしの神器の力……! 権能のような特殊な力を使えるのは魔族だけじゃない――人間だって、強いのですよっ!!」
「じ、神器!」
驚愕した表情を浮かべたエヴァンリートとシックロック。
魔族たちはごくりと喉を鳴らし、尋常ではない力を感じさせるメリーネを警戒した目で見た。
「その力は、いったいどんな能力があるか聞いてもいいかな……?」
シックロックが問う。
その問いに対し、メリーネはその質問を待ってましたと言わんばかりに「ふふふのふ」と笑う。
「わたしの神器『雷王の剛剣』に宿った力――『
「その効果は……?」
「なんと! わたしの身体能力を倍化にします!!!」
「ば、倍だと!!?!?!?」
エヴァンリートが声を荒げる。
「もともとやべぇ身体能力してるテメェの力が倍。そんなもん、さすがにオレでも手に負えねえかもな……」
冷や汗を流したエヴァンリートは、それでも戦う意志をなくす気配はなく。
油断せずに構えをとった。
「ふっふっふ! これがわたしの神器ですっ! レヴィさまを守るための力ですよ!!!」
メリーネはドヤっと得意気に笑う。
神器の力を目の当たりにして、それでもなお戦意を昂らせるエヴァンリート。
その姿に敵ながらあっぱれと、メリーネは思いながら剣を構える。
「えっと、ちょっといいかな?」
両者が構え今にも激突する。
そんな最中、シックロックが気まずそうに口を挟む。
「オイ! こっからってところだぞ! 空気を読めよ!」
「いや、なんでそんなに怒るの……」
シックロックは、仲間であるはずのエヴァンリートの怒気に対してドン引きした顔をしながらも続ける。
「君のその神器とかってやつ。身体能力を倍にするって、たしかにすごい能力だよね。うん、本当にすごい。君みたいな奴の力が倍になったら、多分単純な力比べなら誰も勝てないよ」
「ふふふ」
「でもさ、君は今ボクの権能で身体能力が10分の1になってるんだよ。それって結局、倍になったところで普段の5分の1じゃないの?」
「え」
メリーネは考える。
たしかに冷静になってみると『
いや、わかってる。わかってた。
メリーネは別に計算ができないわけではないので、当然わかっていた。
本当だ。
ただちょっと、エヴァンリートが良い反応を返してくるからテンションが上がっちゃっただけである。
本当なのだ。
「と、とにかく! これで弱体化は少し抑えられました! 5分の1でも十分! あなたたちをぼっこぼこにしてやりますっ!!」
「おう! かかってこいや!! 10分の1だとか倍だとかよくわかんねえけど強いもんは強いだろ!! 存分に
「行きますっ!!」
地を蹴り駆ける。
普段の5分の1になった身体能力ではいつものような速度は出ない。
それでもなお、かなりの速度。
あっという間にエヴァンリートの懐へと飛び込み、白銀の剣を振る。
「遅えな!」
「やぁ!!!!」
5分の1になった速度。
そこまで下がれば、さすがに対応はされる。
急所を狙って放たれた鋭い剣を腕を盾に防御。
エヴァンリートは防御した腕とは逆の腕で、メリーネへと殴りかかる。
「っ!」
エヴァンリートの攻撃を見切ったメリーネは、余裕をもって回避する。
そして回避した流れそのままに再び剣を振る。
「
肩から横腹にかけての斬撃。
もろに受けたエヴァンリートは血を吐きながらも、痛みを無視してメリーネへと攻撃を返す。
だがメリーネはやはりその攻撃も躱す。
そしてまたも、斬撃を繰り出しエヴァンリートへと深傷を与える。
「なんで当たんねえ!! 今はオレの方が速えだろ!!」
「遅くなったからって、目が悪くなるわけでも剣術が弱くなるわけでもないですからねっ!!」
たしかに体の動きはいつもと比べてとても遅い。
だけど普段から超高速の中での戦いを繰り広げるメリーネの動体視力は並外れている。
自分が遅いからといって、超高速の世界に適応したメリーネの目はそのまま。
エヴァンリート程度の速度であれば、余裕で見切ることができるのだ。
それに加えて普段から重量付加の魔道具を使うメリーネは、自分の身体能力を制限されることに慣れていた。
これは思わぬ副産物だ。
メリーネは自分の現在の身体能力を加味した上で、エヴァンリートの動きを躱し続ける。
そして一方的にエヴァンリートへとダメージを蓄積させていく。
が、しかし――
「やっぱり回復しますか!」
「無駄だ! オレは不死身だ!!!!」
絶え間なく浴びせられる剣による傷を全快に。
瞬時に復活したエヴァンリートは万全のまま、メリーネへと殴りかかってくる。
「――なら、魔力が尽きるまでひたすら斬り続ければいいだけのことっ!!」
メリーネが斬りエヴァンリートが回復。
ひたすらその繰り返しで両者の戦いは進む。
そんな攻防の中、変化は少しずつ起こる。
「――!? これは、速くなってるのか!?」
メリーネの速度が少しずつ上がっていくのだ。
時間が経過し、戦闘が続くにつれて。どこまでも、際限なく。
「まだまだですよっ!!!!」
「ぐっ!? 追いつけ、ねぇ!!!??!?」
メリーネの神器の持つ能力『
それは――発動後、戦闘時間が経過するほどに身体能力の倍率が上昇していくという効果。
その上限は上がった身体能力で肉体が自壊しない限界、身体強度の許容量に依存する。
現在のメリーネの限界値は――10倍。
「そろそろ元通りです!! もっともっと! 止まりませんよっ!!!!」
「無茶苦茶だな! オイ!!!」
元の身体能力まで戻り、なおも肉体の限界まで上がり続けていく力。
スピードとパワーを万全以上に取り戻したメリーネは、エヴァンリートを手玉に取るようにダメージを重ねていく。
痛みもダメージも無視して動くエヴァンリートもまた、鋭い攻撃で反撃を行う。
しかし、メリーネの速度に完全に置いていかれた彼女はもう何もできない。
誰も追いつけない超高速の世界で剣を振るい、相手の攻撃を飛び跳ねるように回避して――それすら次の攻撃への初動へと。
初代剣聖ロータスのような一切の無駄のない静かで洗練された動きとは程遠い。
人の領域を超越した身体能力を活かして縦横無尽に動き回り、無駄な動きすらも利用して次へ次へと攻め立てる。
速く、強く、怒涛にして苛烈に鮮烈に。
それが『二代目剣聖』の戦い――
「ぐっ……ハァ、ハァ、ハァ……」
「そろそろ、打ち止めですか」
全身を斬り刻まれ続け、その度に回復し。
絶え間ないダメージによって回復する魔力がついに切れたのか、エヴァンリートはボロボロの体のまま。
回復する様子はもはやない。
「ハァ、本当に強えな。手も足も出なかった。完敗だぜ。まさか人間の中にここまで強えやつがいるなんてよ。もっと早く知りたかった」
「わたしなんてまだまだですよ。レヴィさまとか、師匠とか、七竜伯最強の竜王女殿下とか――」
「ハッ、んなもん知らねえ。オレにとっちゃ、テメェが1番だ。オレが知る中でぶっちぎりに最強。だからテメェに勝ちてえ」
ボロボロの体で、息を切らし。
それでも2本の足で崩れることなく立ち上がったまま。
闘志を枯らすことはなく。
ギラギラとした目で真っ直ぐに。
メリーネを賞賛し尽くしたエヴァンリートは、ニヤリと笑って見せた。
「もう魔力は残ってねえ。これで最後だ」
エヴァンリートは構えをとった。
拳を力強く握り、その全身全霊を一心に込めて。
ただ、殴りかかる。
「オラぁああああああああ!!!!!!」
――だが、その攻撃がメリーネに届くわけもなく。
「クハッ」
メリーネの剣がエヴァンリートの体へと深い斬傷を刻み込んだ。
「へへ、楽しかったぜ。オレを殺す人間が、テメェでよかった」
「……なんだか、変な魔族です。死に際に感謝を言うなんて」
「あぁ? 魔族も人間も魔物も、関係ねえよ。オレら戦士は、強い相手を負かすのが大好きだ。戦いの中で、強い相手に殺されるなら本望だ。これほど楽しいことはねえ」
「そうでしょうか?」
「ああ、そうだぜ。だからテメェには悪いことをした。オレが弱えから、つまらなかっただろ?」
メリーネは別に戦闘を楽しいなんて思ったことはない。
そもそもメリーネは戦士というよりも騎士。
敵が弱い方が守りたい人を守りやすくなるから、むしろ強い敵となんてあまり遭遇したくはない。
エヴァンリートの言葉はイマイチ理解できなかった。
だけど死の淵で満足気に笑うエヴァンリートを、わざわざ否定するような気にもなれなかった。
魔族に対してこんな気持ちになるなんて、やはり変な魔族だと苦笑する。
「いえ、あなたは強いですよ。今すぐにも死ぬというのに、それでもまだ堂々と立ってる。戦意も闘志も微塵も薄れてない。あなたほどの戦士は他にいませんよ」
「ハッ、そうか。オレの気合いはテメェほどの戦士が認めるほど強えか。そりゃあ、嬉しいな――」
エヴァンリートはゆっくりと目を閉じる。
「――ああ、もう少し。テメェと戦っていたかった。じゃあな、メリーネ。もし死後にも続きがあるのなら、いつかどこかでまたテメェと戦いたい」
「……」
エヴァンリートはその言葉を最後に立ったまま死んだ。
本当に不思議な魔族だった。
本質は魔族であるというのは間違いないだろうけど、それでもその散り様に敬意を持てるような戦士だった。
メリーネは息絶えてなお仁王立ちするエヴァンリートの姿を数秒見つめてから、目を伏せた。
そして結界の端で縮こまるシックロックを見やる。
「ひ、ひぃいいいいいいい! やめて! ごめん!! 死にたくない! 助けて!! ボクが悪かったから!!」
「やっぱり、魔族といったらこれですよね」
エヴァンリートと違って必死に命乞いをするシックロックに、メリーネは呆れてため息を吐く。
戦闘中、シックロックは魔法を放つことでエヴァンリートを援護していた。
だけど、まともにメリーネに当たることはなかった。
というか仮に当たっても威力はたいしたことはなさそうだった。
シックロックはおそらく強力な権能に特化した魔族だ。
だからもう、この状況で彼にメリーネをどうこうする力などはないのだろう。
それから数秒後。
メリーネを閉じ込めていた結界は崩壊した――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます