メリーネ、がんばる

 レヴィがアルムフリートとの戦いを始めた頃、メリーネは魔族の作りだした結界の中で敵と相対していた。


「っし、アッチは始めた見てぇだし。オレらもやろうぜ」


「!」


 大柄な女魔族が拳を握り構える。

 対してメリーネもまた黄金の剣を右手に、白銀の剣を左手に構えた。


「侯爵級魔族、エヴァンリート。テメェを殺す戦士の名だぜ」


「ボクはシックロック。同じく侯爵級だよ」


「……レヴィさまの騎士、メリーネです」


 大柄な女魔族――エヴァンリート。

 少年の姿をした魔族――シックロック。


 メリーネは名乗りを上げる敵へと、簡潔に自身の名を返し。

 ――地を蹴った。


「行きますっ!!」


 まず真っ先に倒すべきはこの結界の権能――『怨嗟牢獄えんさろうごく』を作り出すシックロック。


 メリーネは人間の領域をはるかに超越した身体能力を武器に、その懐へと一瞬で潜り込む。


「!?」


 敵はその圧倒的な速度に反応することはできず。

 シックロックは突如として目の前に現れたメリーネに驚愕した表情を浮かべ、なすすべもなく硬直。


 直後、ひらめく白銀の剣。


「――まず1人っ!!!」


「エ、エヴァンリート!!!!」


 せまる剣を前に仲間の名を叫ぶシックロック。

 メリーネはその叫びを無視して、目の前の魔族を一撃をもって両断した。


 ――しかし、メリーネは目の前の光景に驚愕する。


「無傷!?」


 なんとシックロックの体には傷ひとつ付かなかったのだ。

 たしかに、両断した。手応えも確信もある。

 間違いなく、この手で倒した。


 そのはずなのに無傷のままの魔族。


 目の前のあり得ない状況に驚愕したメリーネ。

 その隙が見逃されるわけもなく、シックロックはメリーネから距離を取りつつ魔法を放つ。


「今のは焦ったよ! ――『砕牙岩槍』!!」


 尖った巨大な岩が迫る。

 メリーネはハッと我に帰り、シックロックの魔法を飛び退いて躱す――が、その着地を狙い澄ました拳!


「オラァ!! お返しだ!!!!」


「うぐっ!?」


 エヴァンリートだ。

 大柄な体に似合うパワーから放たれた拳をまともに受けたメリーネは、そのまま殴り飛ばされる。


「うぅ、ちょっと痛いです!」


「ちょ、ちょっとって……エヴァンリートは魔族の中でも屈指の力自慢なんだけど」


 殴られた頬をさするメリーネを見て、シックロックはドン引きしたように頬を引き攣らせた。


 エヴァンリートのパワーはかなりのものだった。

 しかし、メリーネは日々の努力によって身体能力と闘気の扱いをますます向上させている。


「ありえないくらい硬えな。闘気のコントロールか? 殴った瞬間闘気で防御された。密度も半端ねぇ。こんな硬え人間は初めてだぜ」


 かつてのメリーネはスピードとパワーに優れた反面、打たれ弱いという弱点があった。

 だが今ではすでにその弱点は克服している。


 攻撃された瞬間に肉体よりも先に体外の闘気を動かすことで、防御しダメージを軽減する技術を会得したのだ。

 それを洗練させ、ほぼ無意識下による自動防御の域にまで磨き上げた。


 これによってメリーネの打たれ弱さは劇的に改善。


 そもそも彼女は敵の攻撃をガードするよりも、避けることを主体に戦う高速戦闘を得意としていた。


 闘気の自動防御はあくまでも避けれなかった際の保険的な技術だが、それが加わった今のメリーネはスピードにパワー、タフネスとすべてにおいて隙がない。


「たかが人間だとナメてたわ。テメェ、クソ強えな」


「そういうあなたは厄介です。さっきのは、あなたの権能による力ですよね?」


 メリーネはエヴァンリートの姿を見やる。

 先の攻防でメリーネが斬ったのはシックロックだった。


 だけどたしかに両断したはずのシックロックは無傷であり、なぜかまったく関係ないはずのエヴァンリートの服に血の跡が滲んでいる。


「ああ。オレの権能『剛体裡傑ごうたいりけつ』。他の奴の受けたダメージを肩代わりして、オレ自身は魔力が続く限り永遠に回復し続ける」


「ダメージの肩代わりですか……」


 エヴァンリートの権能『剛体裡傑』という力。

 その能力が本当であれば、彼女がいる限りシックロックを倒すことはできず『怨嗟牢獄』を破ることはできない。


 加えて肩代わりしたダメージは即時回復。

 魔力を消費するようだが、侯爵級魔族であるエヴァンリートの魔力量は当然多いだろう。

 いったいどれだけ回復を続けるのか。


「厄介ですね……っ!」


「おっと、ボクのことも忘れないでよ」


 シックロックはニヤリと笑う。

 すると、周囲を囲む結界が怪しく光を放ち始めた。


「――! こ、れは……!」


 突然遅いくる体から力が抜けるような感覚。

 メリーネは急なことで膝をつきそうになるのをなんとか堪え、元凶であろうシックロックを睨む。


「へぇ、倒れないなんてやるね」


「……これも、あなたの権能によるものですか?」


「そうだよ。結界に捕らえた相手の身体能力を10分の1にする力。君の動きは速すぎるから、制限くらいかけさせてもらわないと」


「っ! 本っ当に、厄介です!」


 強制的に身体能力を10分の1にされた状態で、侯爵級魔族の2体と戦闘。

 そのうち1体は力自慢な上に、仲間を守る身代わり能力と驚異的な回復能力を持つ相手。


「ボクの権能を受けたまま、魔族随一の力自慢なエヴァンリートに勝てるかな?」


「たしかにテメェは強えが、その状態ならオレの方が間違いなく強え。……正面からまともに戦えねえのは気に食わねえけどな」


「エヴァンリート、戦いを楽しむのは勝手だけど負けたら意味ないよ。絶対に勝つ前提の上で楽しむべきだ」


「ケッ、つまんねえ野郎だ。戦士同士の戦いを汚しやがって」


 エヴァンリートが吐き捨てると、シックロックはやれやれと言わんばかりに肩をすくめて見せる。


「ま、ちゃんと戦ってくれるなら文句はないよ」


「ああ、わかってる。たしか、メリーネだったな? そんなわけだ。テメェには悪いが、このまま遠慮なく勝たせてもらうぜ」


 勝ちを確信したような様子の2体の魔族。

 メリーネは眼前の敵を見据えて静かに構えをとった。


「わたしはレヴィさまの騎士です。このくらいで、簡単に負けるつもりはありません」


 たしかに身体能力を10分の1にされては、ものすごく弱体化させられてしまう。

 メリーネの長所を的確に潰されたのだ。

 目の前の2体の魔族に勝つのがかなり難しくなってしまった。


 ――だけど、それがどうしたとメリーネは思う。


「どんな状況でも、わたしは全力で戦うだけですよっ!」


「ハッ、いいな。面白え!! テメェかオレらか、死ぬまでるぞ!!!」

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