王と支配者

 作り出した1000の『劫火槍』を敵へと向けて放つ。


 しかしアルムフリートが手を振ると炎の槍は動きを止め、反転して俺へと向かってきた。


「無駄だと言った」


「さっきと同じか」


 跳ね返される炎の槍に対して俺は左手で『魔力砲』を放ちつつ、右手の『レーヴァテイン』を鞭のように振るい撃ち落とす。


 攻撃の量を増しただけでさっきとまったく同じ、焼き直しのような攻防。

 

「これならどうだ――『劫火炎槍』」


 より威力を増した炎の槍。

 その数は、変わらず1000本。


 その1つ1つがSS級魔物程度であれば消し飛ばすほどの圧倒的な火力。


「馬鹿なのか?」


 呆れたように言い放ちアルムフリートが『劫火炎槍』の支配を奪うと、過半数の炎の槍を操り1つにまとめ巨大な火球を作り出した。

 現れた火球が残りの炎の槍を消し飛ばす。


「お前自身の熱で焼かれて死ね」


 1000の『劫火炎槍』のうち600ほどか。

 それだけの威力を束ねた太陽のような巨大な火球が、ゆっくりと頭上から迫る。


「――断る」


 それに対して、俺は『レーヴァテイン』を圧縮し黒槍を作り出す。


「再編――『終焉の黒レーヴァテイン』」


 放たれた黒槍は、火球へと向かっていく。

 恐ろしいほどの熱量を秘めた火球だが、それでも俺の現状最強の魔法である『終焉の黒』には及ばない。


 黒槍は火球を貫き、消し飛ばし。

 その向こうで見下ろすアルムフリートへと到達し。


「っ!」


 ――爆発。


 街を揺らすほどの轟音とともに空が眩しく光る。


 やがて上空に広がる煙が晴れると、その爆心地にいたはずの魔族の姿は消え去っていた。


 その光景を見た俺は勝利に喜ぶでもなく。

 身を翻して、背後へと。


「――予想通り、逃げたな!」


「! 驚いた。反応するか」


「バレバレだぞ――そら!」


 俺の背後へと現れたアルムフリート。

 振り下ろされる大剣の1撃を頑丈なで受け止めその腹へと潜り込み、全力を込めた左手の拳を打ち込む。


「ぐっ!」


 俺に殴られて吹き飛んだアルムフリートは、空中で姿勢を制御すると少し距離を取ったまま地面へと降りる。


 小細工などない一撃だったが、闘気をまとった今の俺の本気のパンチだ。

 まあまあ効いたんじゃないか?


「近接戦闘なら魔法使いの俺は何もできないと思ったか? 悪いが俺は、こっちもできるぞ」


「そのようだ」


 そう言ってアルムフリートは炎を放つ。

 大剣が炎に包まれ、全身にはまるで衣のように炎を身にまとう。


「だが、私は白兵戦の方が得意でな」


「っ!」


 アルムフリートの炎の衣が火を噴かし、爆発したような速度で真っ直ぐ突っ込んでくる。

 当然俺はそれを防ぐが――


「ちっ、厄介だな」


 アルムフリートの大剣などよりも、俺の右腕の神器の方が圧倒的に硬く問題なく受け止められる。


 だが攻撃を受け止めても、逆に攻撃したとしても。

 アルムフリートのまとう炎がその度にスリップダメージのように俺の体を燃やしにくる。


「炎よ――」


 さらに接近戦の中で炎を操って同時に攻めてくるのだ。

 上級魔族の身体能力に炎のブーストを加えたそれは、パワーもスピードも相当なものだ。

 それでもメリーネには及ばないけど。


 しかしそこに炎による攻撃と、火傷のようなスリップダメージが加わる。

 かなり厄介だ。


「『魔力転換・生命力』」


 エリクサーを使う暇もない怒涛の攻め。

 仕方なく、俺は神器の力を使って傷を回復させる。


「魔法使いでありながら身にまとう闘気。その回復能力。……話に聞いた神器という力か」


「ま、さすがにわかるよな」


「強力な力だ。だが、このままやれば私が勝つ」


 アルムフリートの言う通りこのまま続けていても一方的に削られるのは俺だけだ。

 息を吐く暇もない攻めの中で魔法を使う余裕はない。


 近接戦の受けを一手間違えれば大剣で体を引き裂かれるような状況で、術式を構築するほどの集中力を魔法に割くのは困難だ。


 ――普通、そう思うよな。


 だけど実際のところやりようなんていくらでもある。


「――『魔力波』」


「ぐっ!?」


 膨大な魔力を周囲へと無差別に撒き散らし、アルムフリートを強引に引き剥がす。


 術式を必要としない魔法なら、どんな状況であろうと問題なく一瞬で発動できるのだ。


「仕切り直しだ」


「距離を離されたなら、詰めればいいだけのこと」


 アルムフリートが炎の衣を爆発させ再び加速しようとする。


「させるわけないだろ――『魔力転換・重力』」


「ぐっ!? これは――!?」


 アルムフリートの体に10倍ほどの重力がかかり、その場でなすすべもなく膝をついた。


 これで終わりにしようか。


「さて、だいたいわかったよ。お前、操れる炎に限界があるだろ」


 俺は膝をつくアルムフリートへと、確信を持って言い放つ。


 そもそも違和感だったのは、『ムスペルヘイム』を防御して無傷でやり過ごしたであろうということ。


 自身の身とおそらく近くにいた侯爵級の2体を守るだけで、他の100体にも及ぶ魔族たちを見捨てた。

 それはおかしな話だ。

 真に炎を操れるなら、『ムスペルヘイム』を無効化して魔族を全員助けることができたはずだ。


「1000本の『劫火槍』は跳ね返してきたが、『劫火炎槍』は600を操って残りを打ち消した。『終焉の黒レーヴァテイン』はそもそも操ろうともせず逃げ出した」


 俺へと接近戦を仕掛けてきたのも、俺の魔法をすべて無力化できるなら意味がない行為だ。

 ただ何もせず立ってるだけで、俺が自滅して勝てるはずなのだから。


「つまり、そこがお前の限界だ」


 たしかに過剰な魔力を込めてギリギリまで威力を高めた俺の『劫火槍』を1000、『劫火炎槍』を600操れるのであればそれは極めて強力な権能だ。


 自然界に存在するすべての炎を操ることができ、この世に存在する炎魔法使いをまとめて一蹴できる火力。


 あらゆる炎を操る力と称するにふさわしい。


「――俺の限界はそんなものではないけどな」


「っ!」


 魔法を行使する。

 再編魔法によって圧倒的な強化を施された炎の槍、『劫火炎槍』だ。


 その数は――10000。


 膝をつくアルムフリートの全周囲を囲うように展開された炎槍の穂先が、すべて1体の魔族への向けられる。


「なるほど、圧倒的だ。あまりにも埒外の魔力に、これだけの強さ――奴が人類で2番目、七竜伯などよりよっぽど危険だと警戒するのも納得だな」


「それが遺言か? せっかくなら、お前に情報を吹き込んでいる奴のことを教えてくれよ」


「さてな。直にわかるさ」


 アルムフリートは俯いていた顔を上げる。

 常に無表情だった顔、その中に小さな笑みを浮かべ俺を見た。


「私よりはるかに強力な炎の使い手――炎の王よ。その短い命、絶やさぬようせいぜい燃やして見せるといい」


「要らないお世話だ。炎に焼かれて死に去らせ――炎の支配者」


 10000の炎の槍が消え去る頃には、そこには灰しか残っていなかった。

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