真・ダンベル(めちゃ強)

「ミスト、いるか?」


「は〜い! ってレヴィさんにメリーネさんじゃないですか〜! お久しぶりですね〜!」


「お久しぶりです! ミストさん!」


 俺とメリーネは学園都市から離れて一度王都まで戻ってきていた。


 王都に来た目的は彼女――魔道具師であるミスト・コールに会いに来るためだ。


「そういえば、聞きましたよ〜! お2人は婚約されたんですよね〜。おめでとうございます〜!」


「あ、ありがとうございます……ところで、その、それはどこで聞いた話なんでしょうか……?」


「えっと〜! 最近流行ってる吟遊詩人さんの詩曲で『二代目剣聖の恋物語』というものがあって〜、これってもしかしてお2人のことかなって――」


「うわーん! やっぱりっ!」


 ショックからその場に崩れ落ちて涙を流すメリーネをそっとしておいてやり、俺はミストに話しかける。


「ミスト、今日は魔道具作製の依頼で来たんだ」


「わぁ! ご依頼ですか〜! もちろん、引き受けますよ!」


 むんっと腕まくりをして意気込むミスト。

 だけど、その前に――


「心強い言葉はありがたいが、先に掃除しようか。この状況で買い物は嫌だ」


 店内を見渡す。

 そこはものの見事にゴミ屋敷であった。


 よくわからない材料や魔道具に工具なんかがめちゃくちゃに散乱していて、足の踏み場もほとんどない。


「あはは〜、気を抜くとすぐこうなっちゃって」


「最初に来たときもこうだったな。こんなんで、商売になるのか?」


「……みんな、帰っちゃいますね〜」


「だろうな」


 ただでさえ、旧市街の路地裏という立地。

 もともと客なんて少ないだろうに、これだけ汚い店だから数少ない客ですら回れ右。

 こんなんで儲かっているのか甚だ疑問である。


「レヴィさんとメリーネさんにお片付けを手伝ってもらった後は、しばらく気をつけていたんですよ〜?」


「常に気をつけてくれ」


「レヴィさんたちなら毎週いらっしゃってくれても良いんですけどね〜。お買い物しなくても、お茶くらいなら出しますし〜」


「お茶を出す代わりに毎週掃除に来てくれって?」


「……えへへ〜!」


 ミストは笑って誤魔化した。

 図星らしい。


「はぁ、とりあえず今日のところは手伝う。その後のことは、自分でなんとか維持してくれ」


「ありがとうございます〜! や〜、レヴィさんは本当に優しくて良い人ですね〜! 素敵〜! かっこいい〜! メリーネさんと婚約してなかったら狙ってたかも〜!」


「おだてても毎週は来ないぞ」


「あは〜! お見通し〜!」


 そう言って、ミストはケラケラと笑った。

 調子のいいやつめ。


「メリーネ、戻ってこい。掃除するぞ」


「――ハッ! わたしがレヴィさまを好きになって、婚約するまでの事情がなぜか吟遊詩人に歌われていて王国中のみんなにバレてるっていう夢がっ!」


「それは現実だ。現実逃避してないで早く戻ってこい」


「うぅ……レヴィさまは恥ずかしくないんですか……?」


「別に。というか、むしろ嬉しいかもな」


「へ? う、嬉しい?」


「その歌を聴くたびに、メリーネの想いと努力する姿が思い出せる。それだけ愛されてるって再認識できるってことだろ。この歌で誰よりも幸せな気持ちになれるのは俺だ」


「レ、レヴィさま!? あわわわわわわわわわわわ」


 なんとなく思っていたことを率直に伝えると、メリーネは顔を真っ赤にして挙動不審になる。


「だから元気出せ。吟遊詩人が歌うたびに、国民のみんなに祝福されてるようなものだ。そう考えれば、あまり悪い話じゃないだろ」


 慰めるように頭を撫でてやると、メリーネは赤い顔のまま口元に小さく笑みを浮かべた。


「……た、たしかに、レヴィさまの言う通りですね! えへへっ、レヴィさまったら! わたしの恋歌で誰よりも幸せになれるなんて、わたしのこと好きすぎですかっ?」


「好きに決まってるだろ」


「――! えへへっ! もーっ! えへへ、わたしもレヴィさまのこと大好きですよーっ!」


 メリーネが上機嫌な様子で抱きついてくる。


「あは〜! お2人はあの歌の通りにとってもお熱いのですね〜!」


「そーです、相思相愛ですよ。ねっ、レヴィさま!」


 賑やかに話しながら店内の掃除を進める。

 かなり大変な掃除を終える頃になると、日が傾くような時間になってしまった。


「ふぅ、やっと終わったな」


「ほんと、助かりました〜! 感謝ですね〜!」


「ミストさん、これからは頑張ってこの綺麗な店を維持するようにっ!」


「が、がんばります〜……」


 メリーネの言葉に頼りない声で返すミスト。

 これは、ダメだと俺は思った。


「っと、遅くなっちゃいましたが、レヴィさんのお買い物の話を聞きますよ〜」


「あ、そうだった」


 そういえば今日は掃除をしに来たのではなく、あくまでも買い物に来たのだ。

 かなり本腰を入れて掃除をして、見事に成し遂げた達成感からちょっと忘れてた。


「といっても、そんなに変な買い物じゃない。前作ってもらった魔力負荷の魔道具あっただろ?」


「ああ、あの魔道具ですね〜! ばっちし覚えてますよ〜!」


「訳あって手放してしまってな。とても重宝していたから、代わりにまた新しく作ってもらえないかと思って来たんだ」


 ここに来た目的は魔力負荷の魔道具を新調するため。

 ジークたちの強化のためにと渡してしまったが、それで俺の成長を止めるわけにはいかない。


 なので、また買いに来たのだ。


「ついでに、魔力負荷の強度をさらに2段階……いや、3段階くらい上げてもらえるとありがたいんだが」


「3段階で良いんですか〜? あれは安全性を考えてかなり抑えて作ったので〜、多分5段階は上げられますよ〜」


「お、なら5段階で頼む。安全性は度外視してくれ」


「わあ〜! 完全に度外視していいなら6段階いけますよ〜!」


「よし、それで頼む」


 これは儲け物だ。

 これで、超強からさらに6段階強化された9段階目の魔力負荷をかけることができる。


 神器のおかげで人間の魔力量の限界点を越えられるようになったとはいえ、最近は微々たる増加量になってきていたのだ。

 3段階では、まったく足りない。


 今は俺はジークの3000倍の魔力量。

 だけど、禁断の9段階目が解放されれば30000倍はいけるかもしれない。


 夢が広がるな。


「いやいや、度外視しないでくださいよっ!! さすがに危なすぎですって!!!! ダメですよっ!!」


「え、でも魔力めっちゃ伸びるし……」


「う〜ん……超強を完全に克服できてるなら、大丈夫だと思うんですけど〜。多分失敗してもせいぜい全身がドロドロに溶けるくらいですよ〜!」


「ほら、ミストもこう言ってる」


「こう言ってるからダメなんですって!!! レヴィさまがドロドロ人間になんてなったらわたし泣きますよ!? というかそもそもドロドロってなんですかっ!? 怖すぎますっ!!!!」


「でも、どうせエリクサーで治るし」


「99.9パーセントくらい死んでる人でも生き返る魔法薬を使うことを想定してる時点で、ダメダメだってことに気づいてくださいレヴィさまっ!!!! そもそも治るからいいってものじゃないですからねっ!!!!」


 必死な様子で止めてくるメリーネ。

 禁断の9段階目は名残惜しいが、俺を心配してこんなに止めてくれてるんだしここは諦めるか。


 メリーネを悲しませるのは本意ではないし。


「仕方ない。ミスト、悪いが8段階で頼む。メリーネもそれでいいよな?」


「――よくないっ!!! ぜんっぜん! まったく!! これっぽっちもよくないですって!!!! なにが仕方ないですか! 何も変わってないじゃないですかっ!!!!」


「9段階目で失敗したらドロドロ人間ですけど〜、8段階目なら失敗しても廃人で済みますよ〜!」


「ほらぁ! やっぱりダメじゃないですか!! 安全性を度外視しないでちゃんと確保してくださいっ!!!!」


「安全性を考えるなら、6段階ですかね〜」


「……なんとか、7段階になったりは――」


「――しませんっ!! ならないし、させませんっ!! ミストさん、6段階でお願いします!!!!」


「わ、わかりました〜! う〜ん、ちょっと残念です〜」


「ミストさん!?」


「な、なんでもないですよ〜!」


 メリーネの説得によって、俺の新しい魔力負荷魔道具の強度は6段階で決定した。


「この2人が合わさると、本当に危険っ! わたしが、レヴィさまを守らないと……!!!」


 俺とミストが揃って肩を落とす中、メリーネの決意だけが綺麗になった店内によく響いた。

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