受け継がれしダンベル(弱)

「いやあ、負けちゃったね! すっごい悔しい!」


 演習場に大の字で寝転がり、バタバタと手足を暴れさせて本気で悔しがるジーク。


「悔しいのは同感ですわ。でも、そんな悔しがり方は見苦しいですわよ」


「うっ……ハイ」


 アネットに苦言を呈されたジークは、渋々とした様子で立ち上がって俺へと話しかけてくる。


「本っっっっ当に強かったね、レヴィ。手も足も出なかったよ!」


「お前たちも良い感じだったぞ」


「え! マジ!?」


「ああ。エミリーは1級探索者としてさすがの強さだったし、アネットも的確に仲間をサポートしていた」


「オレ! オレは!?」


「ジークは……まぁ、これからってところだな」


「そ、そんなあ!」


 ガーンっとショックを受けた顔をするジークの様子に苦笑する。


 とはいえ、この3人の中で1番才能があるのは紛れもなくジークだ。


 そもそも学園に来る前から鍛えていて実戦経験のあるエミリーとアネットに対して、普通の平民だったジークではスタートラインが違う。

 現状では2人と比べて見劣りするのは仕方ない。


 だけどどうせすぐに追い抜く。

 何たって主人公だし。


 だから、これからに期待。

 頑張って強くなって世界を救ってくれ。


「ジークと同じ感想になっちゃうけどさ〜、レヴィ君すっごい強くて驚いたよ。それに、全然本気出してなかったでしょ? 魔法はあからさまに手加減してる感じだったし、魔法使いなのに近距離戦の動きがすごくよかった。魔法使いがわざわざ近接戦闘を鍛えるわけないし、何かあるでしょ?」


「よく見てるな。まぁ、俺が本気でやると模擬戦にならないから抑えていたのは事実だ」


 エミリーの言葉にそう返すと、彼女は悔しそうな顔で「むむむ」と唸る。


「はっきり言われちゃうとつらいなあ。でも、あたし自身がレヴィ君の本気を引き出せないくらい弱いっていうのが、1番悔しいなぁ」


 観察眼が鋭く、ストイックに自分を責めるエミリーの姿は活発的な見た目の印象とは違う。

 しかしそれこそがエミリー・ミューリンという少女。


 彼女は一見して好戦的な性格で直情的に見えるが、その本質は相手を分析して冷静に戦う戦士だ。

 ダンジョン第3階層までの単独踏破は、ノリと勢いでできることではないからな。

 必要なのは事前の対策と準備に臨機応変な適応力。


 ゲーム知識からの評価だが、ジークたち3人で1番頭を使うタイプなのはエミリーだ。


 アネットは見た目と性格に反して、空間魔法という極めて強力な魔法適性ゆえのごり押し戦法が得意なタイプだからな。


「あの、これを聞くのもどうかと思うのですけど……レヴィさんはいったいどうやってこれほどの強さを?」


「どうやって、と聞かれてもなあ」


 俺が強くなれた1番の要因は、おそらくただ単純に必要に迫られてひたすら努力したからだ。

 強くならなきゃ絶対に死ぬって言う確信と危機感が、俺の努力の原動力となった。


 あとはミスト製の魔力負荷魔道具による影響もかなり大きいか。

 これを使っていると全身がめちゃくちゃ痛くなるのだが、その分効果も絶大。


 これがなければおそらく今ほど強くなることはできなかった。

 少なくとも今のような膨大な魔力で押し潰す戦い方とは、まったく違うスタイルになっていただろう。


「やっぱり、強くなるならこの魔道具が近道か」


 苦痛を伴う分、普通に鍛えるよりも何十倍も効率が良くなるのは俺自身が実証している。


 俺は今も身につけている魔道具に目を向けた。


「こいつらに預けるのは、この世界の未来にとって悪くない選択かもな」


「? レヴィさん?」


 首をかしげるアネット。

 俺は腕から魔力負荷の魔道具を取り外して、それをアネットに手渡した。


「あの、これは?」


「やるよ。俺が強くなれた理由はひたすら努力したってことに尽きるが、その効率を引き上げてくれた魔道具だ」


「!」


 俺の言葉に目を見開いて驚くアネット。

 ジークやエミリーも気になったらしく、アネットの手元の魔道具を覗き込む。


「それは、魔力に強制的に大きな負荷を与える魔道具だ。負荷を与えられた状態で魔力圧縮をすれば魔力の増強効率は格段に上がる。他にも負荷状態では魔力操作も魔力制御も難しくなるが、その分技術も成長する」


「す、すごいですわ! この魔道具を使って鍛えたから、レヴィさんはそこまで強くなったということですのね……!」


「少なくとも、俺が今の魔力量を手に入れられたのはその魔道具のおかげだ。魔力消費の重い空間魔法を使うアネットにとっては、魔力の増強は1番の課題だろ?」


 俺の言葉に、アネットは深く頷く。


「その通りですわ。魔力さえあれば、もっと色々な魔法が使えるのですけど」


「なら、その魔道具はちょうど良いと思う。着けてみてくれ」


 緊張した面持ちで、アネットが腕に魔力負荷の魔道具を着ける。


「強度が調整できるようになってるだろ。4段階であるけど、俺は『超強』しか使ったことないからおすすめはもちろん『超強』だ」


「これですわね。では、起動しますわ――!?」


 アネットが魔道具を操作した瞬間――彼女は叫んだ。


「い、いたたたたたたたたたた!!! 痛い、痛い!!! 全身が痛すぎて、痛いですわッ!!!!!」


「ちょ、ちょっとアネット?」


「こ、これ大丈夫か!?」


「大丈夫じゃありませんわああああああああああ!!!」


 涙を流して絶叫するアネットは、腕輪を操作して魔道具の使用を中断させた。


「はぁ、はぁ、はぁ……ひ、ひどい目にあいましたわ!」


「大げさだなあ。たしかにめちゃくちゃ痛いのはわかるけど、痛がりすぎじゃないか?」


 思わず呟くとアネットは目を血走らせながら俺を睨む。


「大げさなんかじゃありませんわ!!! 全身がすりつぶされて、内臓がぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような激痛でしたわよ!?!?!??!???」


 アネットの言葉にジークとエミリーがギョッとする。


「ア、アネット? あの、オレも着けてみていい?」


「……やめておいた方がいいですわよ」


 ジークの申し出に、アネットは真剣な顔で忠告をしながら手渡す。


 今度はジークが魔道具を腕に着けて、起動した。

 強度はもちろん『超強』だ。


「――!?!!!!?!?!!!?!???!?」


 ジークは声にならない声を上げ、その場でひっくり返って地面をのたうち回る。


「ぜ、全身の骨を木っ端微塵に粉砕されるような痛みッ!!!! 頭、というか脳を巨大な手で乱雑に握り潰されていると錯覚するような不快感ッ!!!!」


 すぐに魔道具の使用をやめたジークは、息も絶え絶えになりながら魔道具を取り外して俺へと差し出してきた。


「……うん、無理。こんなの着けてるだけで拷問だし、その状態で魔力圧縮とか下手したら死ぬ。痛みで、死ぬよ」


 真顔で言うジークに俺はなんとも釈然としないまま、魔道具を受け取った。


「たしかに痛いとは思うけどさ」


 受け取った魔道具を着けて起動させる。

 無論、『超強』で。


「うん、いつも通りだ。むしろ安心感すらある。最初は俺もつらかったけど、すぐに慣れるぞ」


「う、嘘だ……あの激痛で平然としすぎだよ……」


「はっきり言って異常ですわよ、あなた……」


 ジークとアネットに信じられないものを見るかのような目を向けられる。

 心外である。


「……レヴィは、いつもそれを着けたまま鍛えてるんだよね? にわかには信じられないっていうか」


「基本、ずっと着けてるぞ。食事中も、勉強中も、寝てるときも、戦闘中も。これを着けたまま常に思考を分割させて、魔力圧縮を無意識の中で行えるようにして魔力を増やし続けた」


「ず、ずっと……」


「最初は痛みで寝れなかったが、1ヶ月で寝れるようになった。魔力負荷の中での魔力圧縮はそれから1週間で慣れた。その後は、たしか2ヶ月くらいで思考が分割されて魔力圧縮を常に行えるようになったかな」


 言いながら思い出す。

 この世界に転生したばかりで、まだまだ弱かった頃の話だ。


 あの頃はひたすら迫る死亡ルートへの恐怖から、無我夢中に死ぬ気で努力をしまくっていた。


 懐かしいな。

 そんな昔の話ではないけど。


「だから、試しで1ヶ月くらい着けてみると良いと思うぞ。すぐに慣れるから」


 そう言ってジークたちに、にっこりと笑いかけてやる。


 ジークとアネットは頬を引き攣らせ、互いに顔を見合わせると口を揃えて言った。


「とりあえず、『弱』でお願いします……」


 その後改めて試してみると、どうやら『弱』ならギリギリのギリッギリで何とかなるようだ。


「効率悪いし、絶対『超強』の方が良いと思うけど……」


 俺の小さな呟きに、ジークとアネットは真っ青な顔をしてぶんぶんと首を横に振った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る