無魔法

「――吹き飛べ」


 解放された魔力――魔法ですらないただの魔力が、迫るエミリーも光の槍もアネットの魔法も。

 すべて、まとめて吹き飛ばす。


「っ! な、何が……!」


「ただ、魔力を撒き散らしただけだ。俺を中心に、魔力を発散させてすべて吹き飛ばした」


「そ、そんな!? 魔法ですらない!?」


 ジークとアネットが、信じられないものを見るような目を俺へと向けて呆然とする。

 唯一魔法使いではないエミリーは状況がわかっていない様子だが、すぐに立ち直り油断せずハルバードを構えた。


「思いつきでやってみたけどこれは悪くないな」


 正直なところ火魔法でも黒炎魔法でも手加減がなかなか難しかった。

 最悪の場合エリクサーがあるとはいえ使わないに越したことはない。


 そんな中で何となく魔力をそのまま放出してみた。

 俺が魔力の隠蔽をやめて解放すると実際に圧力を生んで、周囲へと影響を与えるのは何度も確認してきた。


 いっそこれを攻撃に転用できないかと試してみたのだ。


「魔力の消費は普通に魔法を使うよりも激しい。だが俺にとっては誤差の範疇はんちゅう。対して発動速度は一瞬。威力は魔法にかなり劣るが、それも消費する魔力量次第か」


 本当に、悪くないな。

 ぶっちゃけ魔力が有り余っている俺くらいしかできない芸当だろうけど。


 特に、発動速度が利点だ。

 俺くらいになると普通に魔法を使っても一瞬で発動できるが、それよりもなお圧倒的に速い。

 術式を構築して――という手間がなく、ただ魔力をぶちまけるだけだから当然だけど。


「さしずめ、無魔法といったところか?」


 なんとなくの思いつきだったけど、これは研究する価値がありそうだ。

 メリーネのような超高速の戦いをしてくる敵が現れた時、魔法の発動をほんの少しでも速めたい時に使える手札になる。


「す、すごい……!」


「ん?」


「すごすぎるよ!! これが、魔法の天才!! ドレイクの神童!!!!」


「……才能は客観的に見てお前の方があると思うけど」


 手放しで賞賛してくるジークに俺は冷静に突っ込んだ。


 こいつは魔力と闘気の両持ちで、それに加えてやがて魔王を倒す世界の救世主になる男だ。


 ぶっちゃけ魔法の才能だけでも俺よりあるだろう。

 さすがにイブには劣るだろうけど。


「才能だけの話じゃない! きっと、ものすごい努力をしてきたんだ! 闘気もないのにオレやエミリーとの近接戦闘をこなす達人のような身のこなし、さっきの『火炎球』もまったく無駄がない綺麗な魔法だった!」


「まぁ、努力はした」


 この世界はレヴィに対してとにかく厳しいので。

 努力しなかったら死ぬので。


 努力しないで死ぬくらいならと死ぬ気で努力して今の強さを手に入れた。

 これに関しては、自信を持って胸を張れる。


「うん、本当にすごい! 君は本当にすごいやつだ! だけど、だからってオレは負けてやろうとは思わないけどね!!!!」


 ジークはそう言うと、楽し気な笑みを浮かべて俺へと剣を突きつける。


「レヴィは強い! これまで戦ってきたどんな相手よりも、きっとこれから戦ういろんな相手よりも! だからこそ、勝つよ2人とも!!」


 底抜けに明るく根拠もない強気で挑戦的な言動。


 バカだ。本物のバカ。

 だけど、こいつがそうやって振る舞うから仲間たちは立ち上がる。


「あたりまえ! レヴィ君がどれだけ強くたって、あたしは変わらず全力で戦うだけだよ!」


「そうですわ! 相手が強いからって、勝つ気をなくしては敗北者にすらなれません! そんなのは、エンデの娘の名折れです!!」


 エミリーは好戦的に、アネットはひたすらに強気に。

 ジークの発破に応えるように2人は笑みを浮かべる。


「やっぱり、いいな」


 そんな3人の姿を見て思わず呟く。


 たしかに俺は悪役レヴィで、こいつは主人公ジークだ。

 決定的に真逆で、運命的に敵同士。


 だけど俺はそれ以前にこの世界が大好きで、こいつらのことが大好きな1人のファンだったんだ。


「――だからこそ俺は悪役らしく、せいぜいお前たちに立ち塞がるでかい壁になってやるよ」


 俺は不敵に笑ってみせる。


 そして手のひらをジークたちへ向け、集めた魔力に指向性を持たせ――


「――ぶっ飛べ」


 撃ち出した。


「っ!」


 純粋な魔力の塊が、衝撃波となって演習場の地面を削り空気を引き裂きながらまっすぐに突き進む。


「――『転送』!!」


 アネットが空間魔法を使用する。

 それは指定した空間を別の場所へと繋げ、魔法を無効化する強力な防御魔法。


 だが、無駄だ。


「な! 私の魔法が……っ!!」


 魔力波はアネットの魔法を強引に壊しながら突き進む。


「空間魔法は強力な希少魔法だが、決して万能ではない」


 空間魔法は強力極まりない魔法だ。

 だけどその分、魔力の消費が他の魔法と比べて激しいという明確な弱点がある。


 この『転送』という魔法も、何でもかんでも無力化できるわけではなくと指定して術式を構成したものだ。

 理由は、厳密に制限して指定しないと消費魔力が大きくなりすぎて使い物にならないから。


 対して俺の放った魔力波は魔法ではない。

 ただの魔力の塊だ。ゆえに『転送』の術式対象にはならない。


 破壊力を伴うただの魔力が攻撃に使われるケースなんてないだろうから、アネットはただの魔力を『転送』の対象とする術式の構成なんて知らないのだ。


 だから、『転送』ではこれを防げない。


「っ! オレが!」


 ジークが仲間を守るように躍り出て、魔力の衝撃波を迎え討つ。


「くっ! ぐああああああああ!!!」


 だが、無意味。

 全身全霊で踏ん張ってみせたジークの姿に一瞬耐えるかと思ったが、すぐに魔力波に吹き飛ばされた。


 そのまま魔力波は突き進み、アネットを守ろうとしたエミリーをアネット諸共吹き飛ばし。


 やがて魔力波が壁に激突し轟音を鳴らす頃には、ジークたちは3人揃って地面に倒れ伏していた。

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