冒険の夜明け

「ここが、ティーチの小島……」


 小さな島に上陸したメアリが呟く。


「来たよ、父さん」


 万感を込めたようなメアリの声は震えていた。


 父が亡くなり、受け継いだ財宝の海図。

 何度も挑戦して攻略法を見つけ。

 そして今日、やっとの思いでここにたどり着いた。


 メアリは今、何を感じているのだろうか。

 きっとそれは悪いものではないはずだ。 


「本当に小島だな」


「ちっちゃいね〜」


 感傷にひたるメアリをとりあえずそっとしておいてやって、俺とスラミィは小島を見渡していた。


 小島というだけあり本当に小さな島だ。

 島というか、巨大な岩というか。


 この小ささも普段海に沈んでいて、潮の満ち引きで浮上するというのだから当然ではあるか。


「さて、財宝は本当にあるのか」


 なんて考えながら、小島を軽く見て回る。

 するとすぐにそれらしいものを見つけることができた。


 なんともあからさまな、宝箱だ。


「間違いなく、これだな。この大きさで財宝とは、いったい何が入っているのか」


「にへへ、エリクサーとか?」


「それはたしかに財宝だけど、いくらでも持ってるから微妙だな」


 悪戯っぽく言うスラミィの言葉に苦笑する。

 1本で城が立つような価値があるエリクサーは、間違いなく財宝。

 だけど、そんなもの出てきたら反応に困るってレベルじゃないぞ。


「おい、レヴィ! スラミィもあたしを置いていくな!」


「あ、メアリ! 元気になったね!」


「泣き虫なキャプテンに気を遣ってやったんだよ」


「泣き虫言うなぁ!!」


 ぷんすかとするメアリの様子に俺とスラミィは揃って笑う。

 どうやら、完全に調子を取り戻したみたいだな。


 俺はメアリの背中を押して、宝箱の前へと連れていく。


「開けてくれ、メアリ」


「あ、あたしが開けて良いのか?」


「メアリ以外の誰が開けるの?」


「スラミィの言う通りだ。こればっかりはお前以外にありえない。任せたぞ、キャプテン」


 俺たちが言うと、メアリは嬉しそうに笑って頷いた。


「うむ! では遠慮なく、あたしが開けさせてもらうのだ!」


 そう言って、開けようとして――開かない。


「あ、あれ? 鍵がかかってるのだ」


「え〜! ここまで来たのに!?」


「メアリ、鍵持ってないのか? 海図と一緒にもらったりとか」


「う〜ん……あ、もしかして!」


 ハッとしたように、メアリは首にかけていたネックレスを引っ張り出す。

 服の中に隠していたネックレスの先には、小さな鍵が1つ。


「これ、昔父さんにもらったやつなのだ。財宝の海図をもらうよりずっと前だから、まったく関係ないと思ってたんだけど――」


 そう言いつつ、メアリはネックレスの鍵を宝箱の鍵穴に差し込む。

 そして、ひねると――かちゃりという音が鳴った。


「あ、開いたのだ!」


「わあ!」


「いよいよか!」


「あ、開けるぞ……!」


 メアリが、意を決した様子で宝箱を開く。

 中に入っていたものは――


「古い羊皮紙と……新しめの紙、植物紙か?」


「これが財宝なのかな? スラミィ、もっとすごくて派手なものが入ってると思ってたよ」


「見てみるのだ」


 メアリがまず最初に手を取ったのは植物紙の方。

 何か文字が書かれているようで、彼女は静かにそれを読み始める。


 やがてしばらく経つ。

 手紙を読み終わったであろうメアリは、ポロポロと涙を流し始めた。


「ぐすっ……レヴィ。こ、これ……父さんからの手紙なのだ」


 メアリはそう言って、泣き腫らした真っ赤な目で俺に手紙を差し出す。


「読んで、いいのか?」


「レヴィに――仲間たちに読んでほしいのだ」


「……読ませてもらうぞ」


「スラミィも、いい?」


 こくりと頷くメアリから手紙を受け取る。

 俺とスラミィは、2人でその手紙を覗き込んで読み始めた。



 親愛なる俺の娘、メアリへ。


 この手紙を読んでいる頃、きっと俺はもう死んでいるはずだ。

 まだ若いお前を残して死んじまうこと、どうか許してほしい。

 ダメな父親で悪いな。


 だけど、お前は強くて優しい子だ。

 これを読んでいる今のお前に、俺はもう必要ないはずだよな?


 なにせ、困難な航海を乗り越えてこの島にたどり着いたんだ。

 きっと俺なんかよりもよっぽど頼りになって、素晴らしい仲間に囲まれているんだからな。


 だから、悲しむことはもうない。

 大切な仲間と一緒に大きな冒険を乗り越えたお前に、悲しみは似合わない。

 いつも俺を元気付けてくれた、俺の大好きな笑顔で仲間たちをこの先の冒険でも導いてやれば良い。

 お前なら、それができるだろ?


 そうだろ、キャプテン・メアリ!


 俺は知っての通り手紙を書くのとか苦手だし、長々とお前が求める言葉を書くのなんてできない。

 だから、そろそろ書くことなくなってきた。


 悪い。

 粗野な船乗りに丁寧な手紙なんて、求めないでくれ。


 あー。

 最後になるけど、お前がずっと気になってたことを書いておく。

 ずっと悟られないようにしてたみたいだけど、俺はわかってたよ。

 お前が本当に俺の子どもなのかどうか気にしてたこと。


 結論から言うと、血は繋がってない。

 捨てられた孤児だった幼いお前を俺が拾って、育てたんだ。

 だけどな、俺は別にそれで良いと思ってる。

 血の繋がりとか、そんなものなんかなくても俺とお前は家族だ。

 お前もそう思ってるだろ。

 だから、それでいいんだよ。お前は誰が何と言おうと俺の娘だ。


 メアリは覚えてるか?

 ビギニング・オブ・グローリー号を作るとき、最初に2人で書いた海賊旗のことをよ。

 あのとき言った言葉をお前はもう忘れちまったかもしれないから、改めてここに書いとく。


 あれは俺とお前の繋がりの象徴だ。

 あの海賊旗がお前のそばでたなびいている限り、俺とお前はずっと繋がっている。

 それは、ただの家族よりもずっと深い繋がり。

 魂の繋がりだ。


 お前は1人じゃない。

 お前の隣には最高の仲間がいて、お前の心には世界で1番お前を愛している俺がいる。


 だから、安心して夢を叶えて立派な海賊になれよ!!


 でも、わかってるとは思うけど犯罪行為はやめろよ。

 犯罪行為をしない海賊になれ。

 父さんとの約束だ。


 さて、本当にもう書くことがなくなった。


 最後に、その宝箱に一緒にあるものを入れておいた。

 それは俺の先祖――黒髭の遺した正真正銘の財宝だ。


 黒髭が生涯をかけて旅をした、世界のすべてを描いた世界地図。

 どこの王族も貴族も持っていない、この世にたった1つしかない本物のお宝だぜ?


 そこにいる仲間と、まだ見ぬ新しい仲間。

 お前の大切な人たちと一緒に、広すぎる世界を存分に楽しんで冒険してこい!


 お前の旗と魂のそばで、俺も一緒に見届けさせてもらうからよ。


 これで最後だ。


 愛してるぞ、メアリ。幸せになれよ。

 俺みたいに病気になって早死にするな。ババアになるまで、元気でな!!


 俺の人生で1番の宝ものへ。

 お前の父より。



 手紙を読み終わった俺は、込み上げてくるものを押さえ込んで空を見上げた。

 夜明けが近づく空が白み始めていて、とても綺麗に見えた。


「……メアリ、お前の父さん。かっこいいな」


「ふふふ、あたりまえなのだ」


 涙が引き始めた様子のメアリは、赤い目をしたままニコニコと笑った。


「うえええええん! メアリぃ!!!」


「あはは、スラミィあたしよりも泣いてるのだ」


「だって、だってえ!!!!」


 号泣するスラミィに抱きつかれたメアリが、仕方なさそうにスラミィの頭を撫でる。


 ふと、メアリはぽつりとした声音で言う。


「あのね……レヴィたちはきっと、すごく大事な使命を持っている。あたしでは想像もつかないくらい、困難で大変で、今日の冒険よりもよっぽど苦難に満ちたものに立ち向かおうとしてる」


 下を向いていたメアリは、視線を上に。

 俺の目をまっすぐに見つめて、真剣な様子で続けた。


「だけど……だけどね。もしその使命が終わって、自由な時間ができたら。また、今日みたいな冒険をできる日が来たら――」


 そっと、メアリは古ぼけた羊皮紙を開く。

 そこに描かれた、世界地図。7つの海――黒髭という英雄の遺した、大冒険の足跡。


「――そのときは、みんなで一緒にこの広い世界を見に行かないか?」


 メアリはためらいがちに、不安気に。

 消え入りそうな声で言った。


「何を言ってるんだよ、メアリ」


 俺はメアリの不安を吹っ飛ばしてやろうと、いつも通りの悪役じみた笑みを浮かべてにやりと笑ってやる。


「にへへ、あたりまえのことをわざわざ聞くの?」


 スラミィも、俺と同様にメアリへと笑いかける。


「! そ、それって……っ!」


 じわじわと込み上げるような笑みを浮かべるメアリに、俺は言い放った。


「――報酬は、もちろん山分けだよな。キャプテン?」


「――! 是非もないっ!!」


 ぱあっと花が咲くような笑みを浮かべるメアリへと、俺は手を差し出した。


「レヴィっ! 副船長は、任せるぜっ!!」


「任せろ、キャプテン!」


 メアリは、差し出した俺の手をバシッと力強く握った。


 冒険の終わりに差す、夜明けを告げる朝焼けの空。

 それは、透き通るようにどこまでも綺麗で。


 まるで、次の冒険へと向かう俺たちを祝福するように美しかった――

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