魂と繋がり
「……アミュエッテは」
空を見上げるも、そこには先ほどまでいたはずの人魚の魔族の姿はない。
あの威力の魔法だ。
跡形もなく消し飛んだのだろう。
「――なんて、これで終わるわけないよな」
上空に海水が集まっていく。
それは少しずつ形を成していき、やがて無傷のアミュエッテが再び現れた。
「すっご〜い! 私、死んだかと思ったよ〜! 本当にすごいね、君! かっこいいな〜!」
「そのまま死んどけよ」
思わず愚痴ってしまう。
アミュエッテの権能は、ただ水を操るというものではない。
正確には自身を水とする能力だ。
水であるため、周囲の水をまるで自分の手足のように自在に操ることができる。
水であるゆえ、周囲に水がある環境であれば体がどれだけ損壊しようと不死に近い再生能力を持つ。
そんな、能力。
「本当にふざけた力だ」
俺はため息を吐く。
ゲームだと地上で戦うアミュエッテは普通に倒すことができた。
しかし海上のような周囲に水が豊富にある環境では、絶対に倒すことはできなかったのだ。
環境を味方に付けたアミュエッテをなんとかする手段は3つしかない。
生きたままの無力化、つまり何らかの手段による封印。
あるいは、強制的に移動させるなりしてアミュエッテを水から引き離す。
最後に、彼女の力を無効化するか。
「さて、どうするかな」
ちら、と船の方を見る。
3体のSS級魔物を相手に立ち回るスラミィだが、とくに苦戦などはしている様子はない。
船を守りながら戦う余裕があるほど、完全に手玉にとっているので心配はいらないな。
魔物を倒すのも時間の問題だ。
メアリは何か考え込むような様子で俺の方を見ていた。
危ないから船の奥に引っ込んでいてほしい。
スラミィが守っているとはいえ、不意の流れ弾なんかがあるかもしれないし。
「よ〜し。それじゃあ、続きをしよ? もっといろんな魔法を見せてね!」
「調子に乗るな。魔族が」
◇
「レヴィ、すごいのだ」
メアリは目の前で繰り広げられる想像を絶する戦いを見ながら呟いた。
魔族が水を操れば、レヴィが魔法で対処し。
反撃の魔法に貫かれた魔族は、何事もなく復活する。
戦況はまったくの互角。
水を操る強大な魔族と、海上という圧倒的に不利な場所で互角に戦うレヴィ。
戦闘に詳しくないメアリから見ても、レヴィのすごさはひしひしと伝わってくる。
「スラミィも、船を守ってくれてる」
巨大な怪鳥、クラーケン、ドラゴン。
スラミィは剣と鎖のようなものを操り、伝説級の魔物たちを同時に相手している。
「メリーネとネロも、今頃すっごくがんばってるのだ」
目の前にいる魔族の仲間が、ロイズへと攻めに行ったとという。
それをなんとかするため、メリーネとネロは街へと向かった。
レヴィが戦っている魔族と同格の敵。
さらに、そいつが使役する1000万の魔物。
メアリは、その恐ろしさに情けなくも震えてしまった。
「みんな、戦ってる」
メアリからしたら水を操る魔族も、伝説級の魔物も、1000万の軍勢を従える魔族も。
どれも、途方もないような恐ろしい存在。
だけど、レヴィたちは一切臆することなく立ち向かう。
「きっと、レヴィみたいな人たちが英雄っていうやつなのだ」
メアリが尊敬し、憧れる大海賊『黒髭』。
目の前にいる仲間たちは、そんな黒髭と同じ領域にいる英雄なのだろう。
「あたしだけ……あたしだけが、戦ってない」
仲間たちが戦っている中で、ただ1人自分だけは守られるだけで何もしていない。
「キャプテンとは、仲間を信じる仕事」
それは、亡き父に教えられた言葉だ。
仲間を信じて船を任せ、頑張る仲間に報いてやるのがキャプテンの仕事だと。
「とは言っても、何もしないのはさすがに違うのだ。何かできるってわけでもないけど」
この状況で自分が下手に動いても、むしろレヴィやスラミィに迷惑をかけてしまうかもしれない。
メアリにできる最善は、ただここで大人しく守られていること。
そんなこと、彼女は重々承知している。
本当にままならない。
「何もせず勝利を祈るだけなんて、我ながら本当に情けないのだ」
メアリはため息を吐く。
「こんなとき、父さんならどうするのかな」
メアリの父は漁師だった。
船長として仲間たちと海に繰り出し、街の人たちが食べる海産物を持ち帰るかっこいい仕事だ。
父は別に強くないし、メアリのように海の声を聞くこともできなかったため航海技術も仲間に負けていた。
だけど仲間たちから絶対的な信頼を得ていて、常に皆で笑い合っていた姿をメアリは覚えている。
メアリにとって誰よりもすごい、尊敬する父だ。
それこそ、黒髭と同じくらい尊敬している。
「海の声……」
どこか悲鳴をあげているような声がさっきから聞こえてくる。
無理矢理従えられて苦しむような、助けを求めるようなそんな声。
海の悲鳴はメアリにしか聞こえない。
それなのに彼女は何かをしてやることはできない。
仲間に対しても、海に対しても。
「父さん。あたしは、やっぱり黒髭の子孫なんかじゃないのかな」
黒髭だったら、父だったら。
こんな状況でも、きっと仲間のために何かできるはず。
ふと、空を見上げる。
帆のさらに上、船のてっぺんにたなびく海賊旗。
父と一緒に作った手作りの船。
最初にメアリが作ったのは、あの海賊旗だ。
黒髭のような偉大な海賊になるためにと描いた、黒い髭を生やした髑髏の旗。
「『海賊旗は、海賊の魂』」
黒髭伝説の中で語られる黒髭の言葉だ。
「『これは、メアリとオレの繋がりの象徴』」
こっちは、父の言葉。
小さかったころであいまいな記憶も多いけど、自然とその父の言葉は覚えていた。
「あたしの魂で、父さんとの繋がり――」
メアリは、ふっと笑う。
悩んでいても、仕方がない。
自分にできることは限られるし、できないことはできない。
だけど、折れることはない。
あの旗がたなびく限りメアリの魂はそこにあり、父との繋がりは魂と共にある。
「自分の無力を嘆くなんて、あたしらしくないのだ。あたしはただ、キャプテン・メアリとしていつだって自信満々に笑ってやるのがちょうど良い」
――だって、あたしの仲間はあんなにすごい。
メアリは、しゅたっと船のへりへと登る。
不敵な笑みを浮かべて胸を張って仁王立ちすると、夜の海へと響く大声で叫ぶ。
「がんばれ!!!!!!!!」
仲間を信じ、勝利を信じ、魂を乗せて叫ぶ。
「レヴィ! スラミィ! メリーネ! ネロ! お前たちはあたし――キャプテン・メアリの仲間だ!!」
夜の闇を切り裂くように、胸に渦巻く不安や迷いを吹き飛ばすように叫ぶ。
あまりの大声にレヴィやスラミィ、魔族までもが一時的に動きを止めてメアリを見た。
レヴィの呆れたような視線と微笑み。
スラミィのきらきらした視線と嬉しそうな笑顔。
魔族の訝しげな視線。
予想外にも様々な視線を集めてしまったメアリは、少し慌てながらもやはり自信満々に胸を張る。
「むっ! これはアレを言ってやる場面だな?!」
メアリは威風堂々に腕を組むと――名乗りを上げた。
「やあやあ、あたしこそはキャプテン・メアリ! やがて七つの海を制覇して、はるかな世界の最果てを見届ける! 勇気と愛の大海賊、キャプテン・メアリなのだ!!」
びしっと指を指す。
視線の先、遥かな水平線の向こうへと。
「偉大なる大海賊『黒髭』の子孫にして! 誰よりもかっこいい父さんの娘にして! 世界で一番すごい最高の仲間を従える! 未来の大海賊キャプテン・メアリ! あたしたちは魔族なんかに負けたりするものか!!!!」
――そうだろ! 2人とも!
と、レヴィとスラミィを見る。
……しかし、思ったような反応が返ってこない。
メアリの予定では、ここで元気良く「応ともさ!」とか言ってくれると思ってたのだが。
レヴィとか意外とノリいいし。
だけど彼らは目を丸くして、メアリを――正確には、彼女の背後を見ていた。
「あ、あの。何か言ってくれないと、困るのだ。ちょっと恥ずかしいのだ……」
「お、おいメアリ。それは?」
「それ?」
「なんか、急に旗が出てきたよ?」
「え、旗?」
メアリは、バッと後ろに振り返る。
そこには、たしかに旗があった。
彼女が昔、自分で描いた髭を生やした海賊旗。
船のてっぺんに付けていたはずのそれと同じ物が、なぜか目の前に。
メアリは、突然の不思議現象に驚愕して叫んだ。
「な、なんか海賊旗が出てきたのだ!!??!?!?」
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