分断

「ふぁぁ……こんな夜遅くに、人間が来たの〜?」


 上空に現れた人魚の姿をした魔族――アミュエッテが寝ぼけたような様子で言った。


「助かったぜ、アミュエッテ。あいつ、すげェ強えんだよ。オレじゃ歯が立たなかった」


「ふ〜ん」


 ディールエドールの言葉を聞いたアミュエッテだが、気だるげな様子で相づちをうつ。


「伯爵級が手も足も出ない人間なんて、神器持ちくらいだよね〜」


「神器? なんだそりゃ」


「う〜ん、私もわかんないや。そういうのがいるって聞いたことがあるだけで、会ったことないし〜。だけど、すごく強い人間だっていうのは知ってるよ」


 アミュエッテの視線が俺を貫く。

 それだけで、背筋に怖気が走ったような感覚がする。


「リルフィオーネと同格、か」


 俺は目の前のアミュエッテと同じ、侯爵級魔族のリルフィオーネに勝ったことがある。

 だけど、あの時の戦いではリルフィオーネは全力を出していなかった。


 全力を出させないまま、舐めプ状態のあいつを勢いのまま倒しきったのが実情だ。


 だけど、アミュエッテにはリルフィオーネのような傲りや慢心は感じない。

 おそらく全力の侯爵級との戦いになるだろう。


「レヴィさま、あれは侯爵級の魔族ですよね。……勝てますか?」


 メリーネが真剣な様子で聞いてくる。


「侯爵級の魔族が1人なら、神器持ちが3人にスラミィもいる俺たちの方が負けることはない。だけど、見ての通りあいつは水を操る」


「海の上で戦う相手として、考えうる限り最悪ですよね。それに、遠距離攻撃が主体のレヴィさまと違って、わたしは自由に動ける足場がない中での戦いはあまりお役に立てないかもです」


 メリーネは気落ちした様子で言う。


 彼女の言う通り、この状況はかなり不利だ。


 水を操る権能の持ち主と海上での遭遇戦。

 それに加えて向こうは空を飛んでいるのに対して、こっちは船上という不安定な足場。


 どれだけ強くなったところで、人間は海の上や空中を足場になんてできないのだ。

 これでは近接専門のメリーネが力を発揮しきることは難しい。


「まぁ、絶対に勝てないというほどじゃない。とにかく全力でやるだけだ」


「で、ですね。今の僕たちは、神器もありますから……リルフィオーネと戦ったときほど、絶望的ではないです」


「スラミィもがんばるよ!」


「わたしもがんばりますっ! いつもみたいに前衛で、というわけにはいきませんが、それでもやれることはありますからねっ!」


「な、なんだかよくわからないけど……あたしはお前たちを信じるだけなのだ! キャプテンはクルーを信じる仕事だからな!」


 仲間たちが頼もしい声を上げる。

 実際、勝てない相手ではないのだ。良くも悪くも、あくまで相手は侯爵級が1体だけ。

 伯爵級のディールエドールはどうとでもなる。


 対して、こちらには神器持ちが3人にほぼ同格の強さを持つスラミィまでいる。


 ゲームでは侯爵級魔族の強さは、七竜伯と同等と語られていた。

 つまり、単純な戦力比で言えばこちらに七竜伯格が4人で敵には1人。


 相手に有利な戦場ではあるが、戦力差を考えれば余裕とは言わないが順当に勝てるはずの戦いだ。


 こちらの戦力が、


「――あ、そういえば。ねえ、ディールエドール? エミルノードはどこに行ったの?」


「エミルノードはお前が寝てる間に出ていったぜ? さっき言ってたじゃねェか――そろそろロイズを滅ぼしに行くってよ」


「は?」


 俺は聞こえてきた魔族たちの会話に耳を疑った。

 聞き間違いじゃなければ、ロイズを滅ぼすと言ったよな?


 俺は思わず、上空にいる魔族へと声をかけた。


「おい! ロイズを滅ぼすってどういうことだ?」


「あ? んなもん、言葉通りの意味だよ。侯爵級魔族、エミルノードが街を滅ぼしに行くってな。滅ぼしに行く理由は……そういや聞いてねェけど」


「えっと〜、あの街に未覚醒の神器持ちがいるからって話だったよ。厄介な神器で、覚醒されると魔王様の敵になっちゃうから、今のうちに手っ取り早く街ごと滅ぼしちゃえ〜って」


「へえ。それでオレたちがこっちに寄越されたってことか。ってか、また神器かよ。オレにも、もっとちゃんと説明するべきだろ。伯爵級だからって、なんかナメられてねェか?」


 侯爵級魔族、エミルノード?

 未覚醒の神器?


 こいつら、何を言ってるんだ。


「ハッ、あぜんとしてやがる。いい気分だぜ。さっきはよくもオレを好き放題ボコしやがって」


「それは〜、ディールエドールが弱いだけ〜」


「うるせェ」


 いや、呆然としてる場合じゃないな。


 こいつらの話が本当かどうかは知らない。

 だけどもしこの話が事実なら、今こうしている瞬間にもロイズにもう1体の侯爵級魔族が迫っているということ。


 これを嘘と断じて、放置した結果街が滅ぶなんてことになったら最悪だ。


 もはや一刻の猶予もない。


「メリーネ! ネロ! 2人は今すぐネロのアンデッドで空路から街に向かってくれ!」


 俺が指示を出すと、一緒に魔族の話を聞いていた2人は心得たとばかりに頷いた。


「わ、わかりました! 急ぎます!」


「レヴィさま、街の方はわたしたちがなんとかします! レヴィさまなら負けることは絶対にないと信じていますから、どうかご無事でいてください!」


「ああ、そっちもな! 絶対に死ぬなよ!」


 ネロがワン太を召喚すると、即座にメリーネとネロは2人でその背中に乗り込む。

 そして、ワン太はすぐさま街へと飛び去っていく。


 意外にも妨害などはなく、空を行くワン太の姿はすぐに見えなくなった。


「……追わないのか?」


 2人を悠々と見送った魔族に尋ねると、ディールエドールから嘲笑が返ってくる。


「ハッ、追うわけねェだろ。戦力が2人も減ったんだ。これで俺たちの勝ち目が増えたぜ」


「ロイズに攻め入った魔族に加勢しようとは思わないのか?」


「思わねェ。せっかくだから教えてやるけど、魔族オレら人間お前らみてェな仲間意識なんてねェぞ。オレらにある感情は快と不快、それと利と害に基づく打算だけだ。つうか、加勢する必要がそもそも要らんし」


 ディールエドールは、楽しげに語る。


「エミルノードのヤツの権能は『生体改造』。生物を改造して、手駒にする力だ。あいつが引き連れてんのは、この辺の海にいた魚を改造して作り出した手駒――1000万。それだけの数を手駒にしたあいつが、街ひとつ滅ぼすのにしくじるわけねェだろ」


「1000万……」


 そんなのめちゃくちゃだ。

 1000万の魔物だかなんだかが、街へと一挙に攻め寄せる。

 そんな想像をするだけで、眩暈がするようだ。


 だけど俺は、思わず笑ってしまう。


「ハッ、あまりにも絶望的で笑っちまうよな? 人間ってのは、仲間意識が強くて羨ましいぜ。見ず知らずの人間の滅びを悟って悲しんじまうなんて、涙が出るほど素晴らしい心だ。オレたちにはない感情。羨ましすぎて哀れだよ」


「ディールエドール、喋りすぎ〜」


「グベッ!? 殴るこたァねェだろうがよ!!」


 1000万。

 なるほど、たしかに絶望的な数だ。

 だけど、俺はそんな数字を聞いても絶望なんてまるで感じなかった。


 思わず漏れた笑みは絶望ではない。

 これは、安堵か失笑か。


「ふっ。なんだ、そんな程度か」


「あ? 絶望のあまり頭までおかしくなっちまったか?」


 俺の言葉にディールエドールは訝しげに眉根を寄せる。

 アミュエッテも、不思議そうに首をかしげた。


 よりにもよって数を頼みにしてくるとはな。

 俺の仲間には、数の戦いでは誰が相手であろうと絶対に負けない奴がいるのだ。


 魚を改造して作り出した1000万の有象無象なんて、ネロにとっては敵じゃない。


 ゆえに、ロイズに対する懸念はもうない。


 問題となるのは、メリーネとネロを欠いた状態で目の前のアミュエッテに俺が勝てるかどうかだ。

 俺とスラミィ、アミュエッテとディールエドール。


 戦力差は俺たちが間違いなく有利。

 だけど、海上という環境を加味すればむしろ俺たちの方が不利だろう。


 とにかく、生き残るため。

 死ぬつもりなんて毛頭ないのだから、なんとか気合を入れて目の前の敵を打倒するだけだ。


「スラミィ、やるぞ」


「うんっ!」


 俺は、覚悟を決めて上空の敵を睨んだ。

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