幻影の魔族
「にしても、まさか見破られるとはな。お前、すげェな。人間にしておくにはもったいねェ」
「魔法には自信があってな――」
感心したように言う魔族に適当に返して、俺は魔法を発動する。
その対象は目の前の魔族――ではなく、後方に向けて。
「――だから、バレバレだぞ? 『劫火槍』」
「うおっと!?」
何もない空間を貫くはずだった炎の槍だが、その射線上から慌てた様子で魔族が出てくる。
「オイオイ、幻影は効かないってか?」
「一度捕捉すれば、見失いはしない」
さっきまで会話していた魔族がすーっと、消えていく。
会話中に幻影と入れ替わっていたのだ。
そして、入れ替わった本体は気配を消して俺たちの後方へと迫っていたのである。
「せ、正々堂々とは……」
ネロが小さく呟く。
正々堂々なんて、魔族からもっとも遠い類の言葉だ。
「お、おいレヴィ。あいつ、魔族なのか?」
「ん? ああ、メアリは魔族に会ったことないのか」
「なに言ってるのだ。普通、会ったことあるやつの方が少ないのだ。というか、レヴィたちはたいして驚いていないな。魔族は、恐怖の代名詞だぞ?」
「まぁ、俺たちは慣れてるから」
俺の言葉に、メアリは目を見開く。
「な、慣れてるって意味わからないのだ! って、大丈夫なのか?! あいつが魔族だとしたらあたしたちマズいんじゃ……」
「問題ない。魔族は倒したことがあるから。たしかに強いが、あの魔族ならまだ俺たちの方が強い」
「し、信じていいのだな?」
「ああ」
動揺した様子のメアリにそう返し、安心させてやる。
俺の言葉を聞いたメアリは、ふっと息を吐いて頷いた。
「一蓮托生なのだ。頼んだぞ」
「任せろ」
こちらの様子を伺っていた魔族が口を開く。
「しっかし、見るからに手だれ揃いだな。こりゃあ、骨が折れそうだぜ」
改めて、魔族を見やる。
黒と白が反転した目、細長い角、大きな黒翼。
「そういうお前は、伯爵級といったところか」
「人間のクセによくわかるな」
空中に浮かぶ魔族は、大げさな所作で体を曲げるとまるで紳士かのような礼をする。
「オレは伯爵級魔族、ディールエドール。短い間だろうが、死んじまうまでよろしくな?」
「ああ、よろしく頼む。もっとも、死ぬのはお前だが」
「!?」
俺は再び『劫火槍』を使用する。
しかし、今度はその数100。小手調べの飽和攻撃だ。
俺の魔法の物量に驚愕するディールエドールへと、炎の槍が殺到していく。
「オイオイ! 冗談だろ!」
ディールエドールは必死に躱そうとするが、それを見越して炎の槍を放っていく。
炎の槍のすべてを躱しきるなんて、とうていできず。
かと言って、いつぞやのマックスのようにすべてを耐え切るほどの防御力はこいつにはないらしい。
100の炎の槍が消え去ったとき、そこに残っていたのは全身をボロボロにしたディールエドールだけだった。
「ハァ……ハァ……1つ1つが必殺の威力で、これだけの魔法の同時発動。お前、無茶苦茶すぎるだろ」
息も絶え絶えな様子で、ディールエドールが言う。
これで早くも決着が着いた――なんて騙されるかよ。
「芸がないぞ、魔族」
「チッ!」
姿を消して、再び死角から迫るディールエドールへと炎の槍を放つ。
この魔法は躱されたが、魔族の奇襲は妨害することができた。
さっきとまったく同じ流れだ。
また『劫火槍』をぶち込んでやろうか。
「マジで、油断も隙もねェな」
「油断も隙もできるほど、俺は慢心できないんでな」
「ハッ、よく言うぜ。伯爵級のオレを圧倒できる人間の言葉じゃねェ」
ディールエドールは吐き捨てるように言う。
その姿はさっきの幻影ほどボロボロではないが、俺の魔法を何発かまともに食らったようでかなりのダメージがうかがえる。
「さて、どうする? はっきり言ってお前じゃ俺には勝てないぞ」
「そう見てェだな。こんな人間がいるなんて、ふざけんなって話だぜ」
俺は魔力をまったく消費していないし、メリーネやネロにスラミィも参戦していない。
もはや、伯爵級程度に負ける俺たちではないのだ。
「なら、さっさと死んでくれ」
「!? オイオイ、いくら何でもやりすぎだろ!!!!」
もう一度、『劫火槍』を放つ。
しかしその数はさっきとは違う。さらに、10倍。
1000の炎の槍が、空間を埋め尽くしディールエドールへと照準を定めた。
「宣言通り、短い間のよろしくだったな」
「クッソ!!」
「じゃあな」
圧倒的な数の炎の槍が、ディールエドールを狙い発射される。
この魔族がこれを乗り越えられるとはとうてい思えないが、さて。
しかし、ここで予想外のことが起きる。
「!? 海が――」
メリーネが、驚いたように声を漏らす。
なんと、突如として海が動き出したのだ。
まるで1つの生物のようにうねり、重力を無視して持ち上がり。
そしてあろうことか、ディールエドールを守るように包みこんだ。
1000の炎の槍はすべて海水によって構成された球状の盾に防がれ、その1発たりともディールエドールへと届かない。
「これは、まさか」
この現象――水を操るという力。
俺は心当たりがあった。
ゲームで見た能力。
水を操るという魔族の力――権能。
「予想以上の大物が出てきたか」
思わず、冷や汗が流れた。
ディールエドールを守っていた海水が、まるで東洋竜のような姿を形づくり上空から俺たちを睥睨する。
そしてその傍ら。
妖艶な雰囲気を漂わせる女がいた。
長い青髪に抜群のスタイルを持つ美しい女だ。
しかしその下半身はまるで魚のようで、人間とは似ても似つかない異形の姿。
それはさながら人魚のような。
だが、その正体はそんな幻想的なものなんかじゃない。
「侯爵級魔族、アミュエッテ。水を操る上級魔族、か。
俺は、激しい戦いの予感に身構えた。
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