幽霊船の正体

「あれが、幽霊船ですか」


「わあ! 本当に幽霊だ!」


 メリーネたちは幽霊船を見て、それぞれの反応を示す。


 メリーネはいつでも戦えるよう剣を構え、スラミィはどこか楽しげに声を弾ませ、ネロはビビりながらも杖をとる。


 そんな中、俺はかすかな違和感を覚える。


「なんか、変だな」


「レヴィさま?」


 幽霊船から発される魔力の感覚がおかしい。

 というか船員はともかく、船から魔力が感知できること自体が不自然だ。


 あたりまえの話だが、ただの道具に魔力は宿らない。

 幽霊船がただの道具――普通の船かというと、そんなことはないだろうけど。


 では、あれは何なんだという話だ。

 たとえば魔力を宿すことのある道具として魔道具がある。

 だけど、魔道具というのは基本的に魔道具専用の術式が刻まれた道具だ。

 それ自体に魔力を宿すことはなく、使用者の魔力や闘気を与えられることで効果を発揮するものだ。


 それにあの船は船体の全体から魔力を感じるのだが、これがおかしいのだ。

 起動状態の魔道具は、術式に魔力を宿すだけであるのが普通。

 例えば魔道具全体を魔力で保護するとか、そういった効果の魔道具でない限り周囲を覆うような魔力というのは基本的にありえない。

 そんなのは、有限な魔力の無駄遣いだ。


 また、仮にそのような効果の魔道具であっても核となる術式に魔力が濃く宿り、術式から離れ外郭に向かうほど魔力が薄くなるという魔力のまとい方をする。

 しかしあの幽霊船に魔力の濃い核のようなものはなく。


「いや、やっぱおかしい。気持ち悪いな。というか、これは魔力を隠蔽しているのか? 妙に魔力が探りにくい」


「あの〜、レヴィさま?」


 ネロやスラミィを見ても、考え込む俺に首をかしげているだけ。

 幽霊船の魔力的な違和感など感じていない様子だ。


 特殊な鍛錬を積んだ俺でないと察知できないほどに隠蔽された、不自然な魔力。

 道具ではなく、魔道具でもなく。


 幽霊船だから、現実的な理論など関係ないと言えばそれまで。

 しかし、俺の直感はそうではないと告げている。


「――そうか、そういうことか。なるほど、わかってしまえば簡単な話だ」


「もー! なんで無視するんですかレヴィさまっ!」


「いや、ちょっと考え事してた」


 ぷんすかと怒るメリーネを宥め、俺はメアリに尋ねる。


「メアリ。前回幽霊船と遭遇したとき、たしか攻撃されたと言っていたな。その攻撃で、船にダメージはあったか?」


「ん? いや、なかったのだ。というか、船まで届いていなかったのだ」


「なら、幽霊船の魔法が海上に到達したとき、海面はどうだった?」


「か、海面か? わからないのだ。逃げることに必死になっててそんなの確認してないぞ」


「そうか」


 メアリの返答を聞いて、確信を持った俺は仲間たちに指示を出す。


「メリーネとネロは迎撃の準備。敵の攻撃に備えておいてくれ。スラミィは、何かあればすぐに船を守れるように対処を頼む」


「えっと、レヴィ?」


「メアリはこのまま船を直進させてくれ。まっすぐだ」


「そんなことしたら、幽霊船にぶつかるぞ!?」


「問題ない。直進だ」


 俺はそう断言する。

 困惑した様子だったメアリだが、確信を持った俺の言葉を聞いた彼女はどうやら信じてくれるらしい。


「まったく! どうなっても知らないのだぞ!」


「安心しろ。どうにもならないから」


 メアリの操る船は、まっすぐ進んでいく。

 ただただ、まっすぐ。幽霊船の横腹へと噛みつくようにその進路を取る。


「おい! 魔法が飛んできたぞ! 火矢も来たのだ!!」


「関係ない。直進だ」


「あーもう! ヨーソロー!!!!!!」


 幽霊船から魔法や弓矢が雨あられと飛んでくる。

 しかし、メアリは俺の指示を律儀に守りヤケクソのように叫びながら船をそのまま直進させる。


「あ、当たりますよ!?」


「!」


 俺以外の全員が身構えるなか、俺たちの船へと攻撃はついに到達し――船を傷つけることなく通り過ぎていった。


「当たったのに、当たってないのだ!?」


「通り抜けたよ!? なんで!?」


 みんなが揃って驚愕する。

 しかし、そんな驚愕をよそに船はひたすらにまっすぐ直進していく。

 そしてやがて、幽霊船の目の前へとたどり着き。


「ぶつかるのだ――!」


 メアリが叫ぶ。


 ――が、しかし。


「あ、あれ? ぶつからないのだ……?」


「な、何が起こってるんでしょうか?」


 困惑が広がるなか、メリーネがふと呟く。


「もしかして……幻、ですか?」


 俺はその言葉に頷き、この幽霊船のからくりを答える。


「これは魔法だ。メリーネの言う通り、おそらく幻影を作る魔法だな」


「な、なんだそれ! 幽霊船がニセモノだったなんて、そんなのまったく気づかなかったのだ!!」


「さ、さすがレヴィさんですね。僕、魔法使いなのにわからなかったです……」


「まぁ、俺でもギリギリ気づけたことだ」


 はっきり言ってかなり見事な魔力の隠蔽だった。

 だけど、わかってしまえば簡単だ。


 道具でもなく、魔道具でもなく。船体すべてに魔力をまとう不自然な幽霊船。

 しかしこれが魔法だというなら納得だ。

 なにせ、魔法なんてものはそもそも魔力の塊だからな。


「さすがレヴィさまです! そのために、迎撃の準備をするようにと言っていたのですね!」


「ああ、その通りだ。この幽霊船が魔法による幻影なのだとすれば――」


「――近くに魔法の使用者がいるってことですよねっ!」


 メリーネが左手のミストルテインへと闘気を込め、空中のある一点へと全力で投げつけた。


 すると、何もなかったはずの空中にナニカが現れる。


 それはスーツのような服を着た男だった。


 しかし、一対のカラスのような黒翼を背中に備え、側頭部から天へと伸びる細長い角が生える姿は人間とはかけ離れたもの。


「躱されちゃいましたか……」


「いや、よく気づいた。上出来だ」

 

 身構えたまま落胆した様子を見せるメリーネだが、気づいてくれただけで十分。

 幻影を操る敵からの奇襲を防げたのだからな。


「チッ、いきなり攻撃してくるたァずいぶんなご挨拶じゃねェか」


 ぎろり、と白目と黒目が逆転した不気味な眼光が俺たちを睨む。


「これだから、人間ってのはよォ。正々堂々ヤろうぜ?」


「正々堂々なんて、心にも無いことを言う。魔族風情が」


 愚痴のように漏らしたそいつの言葉に俺が返すと、くつくつとした笑みが返ってくる。


「クク、よくわかってるじゃねェか。そりゃあ、ハナから魔族オレらに心なんてねェからな」


 男――魔族は、そう言ってニヤリと口角を上げた。

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