海の声

 俺たちを乗せた船は、航路を進んでいく。


 一度殲滅したにも関わらず、なおも上空から襲いかかってくるシーバードの群れはその都度俺が討伐していれば危険はない。


 シーバードを倒すくらいならいくら現れても余裕だ。


「レヴィがシーバードを倒してくれるのなら、船は安全だ。それなら後は、あたしの腕の見せどころなのだ!」


 そう言って、メアリは張り切って船を操船する。


 シーバードという危険を俺が排除し、船を操るのは凄腕の船長。

 盤石の構えだ。

 ティーチの小島を目指す航海は、イレギュラーが起こることもなく順調に進んでいた。


「海、すごい荒れてますけど大丈夫なのですか?」


「うむ、海の声が聞こえるから問題ないのだ。それにこのくらいの荒波、乗り越えられなければ黒髭の子孫を名乗れないからな!」


「海の声か……」


 嘘だとは思わない。

 実際に、この真っ暗な荒れた海の中を順調に進むことができているのはメアリのおかげ。

 彼女の才能は、まごうことなき本物。


 きっと海の声が聞こえるというのも事実なのだろう。


「メアリは魔法使いではないし、特殊な魔道具を使用しているわけでもない。どうやって聞いてるんだか」


「レヴィは難しく考えすぎだぞ。そんなもの、聞こえるから聞こえるでいいのだ。昔っから海の声を聞いてるけど、理由なんてあたしは知らない。でも、それで困ったことなんてないのだ!」


「お前の言う通り理由なんてどうでもいいのかもしれないが……これはもう性分だな」


 我ながら苦笑する。


 オタクとしての知識欲というか。

 アニメや漫画などを見てて、気になることがあればすぐにスマホで調べて気づけば時間を無駄に浪費してるとか。

 そんな感覚だ。


「難儀な性格なのだな」


「まぁ、そのおかげでさまざまな知識を蓄えられている面はある。悪いことばかりではないぞ」


 そうやって知識を無駄に多く取り込んだ結果、この世界に転生してからゲーム知識を含めてさまざまな部分で助かっているのだし。


「ふーん。それで、レヴィはあたしの海の声を聞く力に心当たりはあるのか?」


「……」


 魔法でもなく、魔道具でもない不思議な力。

 ふと、俺は自分の右腕に視線を向ける。


 そんなものがあるとすれば、それは――


「まぁ、メアリが持ってるわけないし。やっぱ、わからないかな」


「なんだか意味深なことを言うのだ」


 俺たちの会話を聞いていたメリーネが、ふと思いついた顔をする。


「そういえば、黒髭も海の声を聞いてたって何かの本で読んだことあるかもです」


「何!? それは本当なのか!?」


「は、はい。……むか〜し、読んだある本に書いてあったことなので、曖昧ではありますけど。なんとなく、海の声という言葉には聞き覚えがあったんです」


「そうかそうか! それは良いことを聞いたのだ! やっぱり、あたしは黒髭の子孫で間違いないらしいな!」


 メアリは、満面の笑みを浮かべて元気よく言った。


 今まで色々と考えていたが、海の声を聞くというのが黒髭の持っていた力だとしたら違和感はない。

 なにせ、黒髭は英雄だからな。


 にしても、いよいよメアリが黒髭の子孫っていうのも信憑性が出てきた気がする。


 ちょっとワクワクするな。


「やっぱりって、なんだか変な言い方だね? さっきは本当って言ってたのに」


「うぐっ、見逃してほしかったのだ」


 スラミィの指摘に、メアリは声を詰まらせる。


「まぁ、隠すほどのことではないから言うけど、本当の黒髭の子孫なのは父さんなのだ。あたしは、ちょっとわからない……」


「……複雑な話か?」


「ううん。父さんは父さんだから、あたしはそれで良いと思っているのだ。だけど、あたしには母さんがいなかったから。それに、小さい頃ひとりぼっちだった記憶がうっすらあって」


 つまり、メアリと父親は血が繋がっていない可能性があるということだな。


 黒髭の遺した財宝の地図をメアリに渡した父親は黒髭の子孫で間違いないけど、血の繋がらないメアリがはたして黒髭の子孫と言えるのか。

 そういう話になるわけだ。


「メアリちゃん……」


 メリーネが心配そうに声をかける。

 しかしメアリは、笑顔を浮かべるとメリーネに笑いかける。


「心配はいらないのだ! あたしの体に流れる血がどんなものであろうと、あたしは父さんの娘だから!」


 メアリは空元気などではなく本心で言っているようだ。

 これは本人の中で決着がついている話で、俺たちが心配する必要なんて本当になさそうだ。


 俺はふっと息を吐くと、メアリに声をかける。


「その小さなころの記憶が間違いかもしれないしな。なにせ、黒髭と同じ海の声を聞く力があるんだろ?」


「その通りなのだ! この広い海の中でも、この力を持っているのは黒髭とあたしの2人だけ。それが何よりもの答えなのだ!」


 そう言って、メアリはにやりと笑った。


 と、そんな話をしていると。

 どこか海の様子が変わってきた感じが、肌感覚で伝わってくる。


 何というか、どこか背筋が冷たくなるような冷えた空気。


「メアリ、そろそろか?」


「さすがだな、レヴィはわかるか。そうだ、そろそろティーチの小島に着くのだ」


「つ、つまり、幽霊船が現れるって、ことですよね」


 ネロの言葉に、メアリは頷く。


「あたしも戦えるけど、レヴィたちと比べたら弱いのだ。船の操縦もあるし、幽霊船の相手は任せるぞ?」


「ああ、そのために乗っているわけだしな」


「シーバードの相手はレヴィさまに任せましたが、今度は戦闘員のわたしの出番ですよっ!」


 メリーネが、ふんすと気合を入れるように拳を握る。


 そうこうしているうちに遠目に島が見えてきた。

 あれが、ティーチの小島か。


 そして――


「本当にいるな。――幽霊船」


 ティーチの小島を守るように海に浮かぶ一隻の船。


 船体には穴が空き、帆はズタズタに引き裂かれ、船首に模られた女神像は壊れて首が落ちている。

 海上にあるには見るからに不自然で、仮にあんな船が航海に出ればたちまち沈んでしまうだろう。


 そんな中で、もっとも不可思議なのが幽霊船の船上に並ぶ


 半透明な体を持つ、海賊のような風貌の人間。

 その姿はまさしく――


「幽霊、だな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る