やばすぎるのだ
「――こんな感じだよ!」
長々と語ったスラミィは、やりきった表情を浮かべて腰に手を当てた。
「おつかれ、スラミィ! がんばりましたねっ!」
「むふーっ! もっと褒めてお姉ちゃん!」
メリーネがひと仕事終えたスラミィをよしよしと撫でる。
するとスラミィは、甘えるようにメリーネに抱きついた。
「それは絵本の『黒髭物語』だな! 子ども向けに黒髭の勇気と愛と正義の側面を強調して綴った傑作なのだ!」
「黒髭といえば『黒髭伝説』が1番有名ですけど、黒髭の人物像を掴むなら大人はもちろん子どもでも飽きずに読める『黒髭物語』が良いですよねっ!」
「うむ! 情操教育にも持ってこいなのだ! ほとんどの人は『黒髭物語』から黒髭を知って、『黒髭伝説』を読みにいくのだ!」
メアリとメリーネが意気投合してきゃっきゃと語り合う。
黒髭を題材にした本はいくつかある。
さっきスラミィが語ったのが、子ども向けに書かれた絵本である『黒髭物語』だ。
黒髭の冒険譚や英雄譚となると『黒髭伝説』の方になるが、これはかなり分厚い本になるので少し難易度が高い。
スラミィは内面的な部分がわりと子どもなので、メリーネは『黒髭物語』を勧めたんだろうな。
さすがメリーネ。ベストな選択である。
「な、なんだかすごく良い話ですね。それにちょっと、黒髭の境遇が僕に似てるかもなんて」
「たしかに。不遇な子ども時代を過ごしたっていうのは、ネロも黒髭も同じだな」
「ぼ、僕に勇気と愛を教えてくれたのは、レヴィさんですよ」
「そ、そうか。まぁ、ネロが救われてよかったよ」
「うへへ」
ネロの嬉しそうな笑顔が、どこか意味深に見えて俺は少し距離をとった。
「もし興味を持ったなら『黒髭伝説』を読むと良いのだ! より詳しく黒髭の冒険が書かれているからな!」
「そ、そうですね。機会があったら読んでみたいかも」
「アルマダの城にあったはずだ。有名な本だし、学園の図書館にもあるだろうな。今度探しに行くか」
「は、はい! 楽しみ、ですね」
この世界は魔法によって技術が発展してるからか、安価な紙も印刷技術もある。
そのため、世界でとくに有名な本のひとつである『黒髭伝説』はわりとどこでも読めるのだ。
俺はこの世界に転生してから読んだが、読み物としてかなり面白いのでネロもきっと楽しめるだろう。
さて、そんな風に賑やかにしている間にも船は航路を進んでいく。
「――む! お前ら! そろそろ島に近づいてきたみたいだ!」
ふと、メアリが緊張感をにじませた声で告げる。
同時に空気が変わったことを肌で感じた。
神器によって強化された視線を船の先へと向けると、暗闇の空に見えるうごめく影。
「来るぞ! シーバード!」
数えるのも億劫になるほどの、シーバードの大群が船へと襲いかかってきた。
「た、頼むぞ副船長! 船が壊されたらあたしたちはみんな揃って海の藻屑なのだ! 信じてるぞ!」
「任せろ」
空を飛ぶ鳥型のE級魔物であるシーバード。
俺やメリーネたちにとっては取るに足らない魔物。
だけどその数がとにかく多く、パッと見でも1000匹を優に超えていそうな空を埋め尽くすほどの群れ。
これはたしかに、普通の船は通れたものじゃないな。
「一気に終わらせる」
そう言って、俺は魔法を発動する。
木製の船上で火魔法はリスクが高いので、発動するのは当然ながら黒炎魔法だ。
対象を魔物にのみ絞り。
さらに再編魔法によって範囲を極限まで広げる。
右腕を掲げ、完成した魔法を上空へと向けて放った。
「――『黒炎波』」
空を覆い隠す漆黒の炎。
それは超広範囲の空を焼き尽くし、シーバードの群れを残さず消し炭にする。
上空を蹂躙した黒炎が去る頃には、そこにシーバードの影はただのひとつも存在していなかった。
「な、ななななななななんだそれ! あれだけいたシーバードが全滅してしまったのだ!」
俺の魔法を見たメアリは、驚愕した様子で叫ぶ。
「すごい! すごいのだ! レヴィってこんなに強かったのか!?」
「俺に勝てるのは七竜伯くらいだって、言っただろ」
「こ、こんなの見せられたら納得しかないのだ……疑ってたつもりはないけど、さすがに驚きなのだ」
「まぁ、言うだけは誰でもできるしな」
心底驚いた様子のメアリに苦笑する。
「でも、本当にレヴィはすごいのだ。……メリーネたちはぜんぜん驚いてないみたいだけど」
「だって、ご主人様はこのくらい普通だしー」
「レ、レヴィさんは本気を出すともっとすごいですよ!」
「なに!? これで本気じゃないのか!?」
「レヴィさまだったら、大きな街くらいは指先ひとつで消し飛ばすことくらいできますからねっ!」
「!?」
「そんなことしないし。メアリもあまり間に受けるな」
冗談っぽく言うメリーネ。
その言葉に衝撃を受けて固まるメアリだったが、俺が訂正すると彼女はほっと息を吐いた。
「だ、だよな。さすがにそんなことできるわけがないのだ。よかったのだ」
「いや、できるぞ。やらないだけで」
「!?」
メアリは驚愕に目を見開く。
「というか、メリーネもネロもスラミィもそのくらいできるだろ」
「!?!?」
「あはは。ネロとスラミィはともかく、わたしはどうでしょう。単体攻撃は得意ですが範囲攻撃はできないので……城を剣で消し飛ばすくらいならできそうですけど」
「!!!??!?!」
メアリは、ぷるぷると震えて呟く。
「や、やばすぎるのだ……」
まぁ、これが普通の反応だよな。
今まで相手にしてきたのがSS級魔物すら出てくるダンジョンの敵や侯爵級魔族のリルフィオーネ。
さらに関わる人物がことごとく七竜伯だったりで、俺たちの能力に対する客観的な反応は意外と新鮮だった。
ネロとスラミィはともかく、感性がわりと常識人だったはずのメリーネはメアリの反応に苦笑いを浮かべている。
「あ、あたし、もしかしてとんでもない奴らを仲間にしてしまったのか……?」
その言葉に俺たちは揃って目を逸らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます