冒険前夜

「幽霊船か。海図の話に熱くなって忘れてたんだが、そういえば俺がメアリに会いにきたのはその話が聞きたかったからなんだ」


 そう言うと、メアリは目を丸くする。


「そうだったのか。というか、レヴィは信じてくれるのか? 幽霊船の話を。頭の硬い大人たちは誰も信じてくれなかったぞ」


「実際に幽霊船なのかどうかはさておき、何があってもおかしくないのがこの世界だろ」


「そっか、そっかあ。いひひ、レヴィはやっぱり良いな」


 メアリは嬉しそうに笑う。


「レヴィはロマンがわかるし、話がわかる。この世界は不思議と未知ばっかなのに、大人たちは世界のすべてを知った気になって否定から入るからな」


「それはまぁ、大人だからな」


「まったくツマラナイと思うだろ? 自分で視野を狭めて楽しむ気持ちを捨てている。世界と比べたら、1人の人間の存在なんてあまりにもちっぽけなのだ。この素敵な世界を楽しむのに、人の一生なんてあまりにも少ないのだぞ。知っても知っても知らないことしかない世界、今に満足して探究をやめるのはもったいないのだ」


「お前、良いこと言うな」


「ふっふっふ。偉大なるキャプテン・メアリの言葉なのだ。辞書に書くべきだぞ」


「ふっ。もし俺が辞書を作ることになったら、是非ともそうさせてもらおう」


「おっと、掲載料は取るなんてケチなことは言わないからな。そのときには大海賊キャプテン・メアリが世界を取っているのだからな!」


 軽口を叩き合い、2人して笑う。


「それで、幽霊船の話が聞きたいのだったな」


「ああ。教えてもらってもいいか?」


「もちろんなのだ!」


 俺の頼みを聞いたメアリは、首を縦に振ると話始めた。


「何から話すべきか……そうだな、最初にこのティーチの小島がある海域について話すとするのだ」


 メアリは海図を指差して続ける。


「まず、この海域にたどり着くには条件があるのだ」


「条件?」


「うむ。あたしも何度かチャレンジしていたのだが、なかなかたどり着くことができなくてな。1ヶ月ほど前、やっとその条件がわかったのだ」


 メアリは指折り数えるように1つずつ条件を上げていく。


「1つ目が、決まったルートをきちんと進むこと。ティーチの小島の周囲の海流は極めて特殊で、複雑な海流に綺麗に乗らなければたどり着くことができないのだ」


「高い航海技術が必要ということか」


「そして2つ目が、新月の夜であること。先の見えない真っ暗闇の中での危険な航海をする必要があるのだ。これは、ティーチの小島が姿を表すための条件なのだ」


「ティーチの小島は姿を消すのか!?」


「そうなのだ。潮の満ち干きが関係して普段は沈んだり浮上したりしているのだろうと推測しているのだけど、実際はわからない。とりあえず、そういうものとして覚えておいてほしいのだ」


 そんなことがあるのか。

 たしか、太陽や月の引力でどうこうなるというのは前世の学校の授業で習った気がする。

 正直、ほとんど覚えてないけど。


 もっと真面目に勉強するべきだった。


「3つ目は風。ティーチの小島周辺の海域の空には、E級魔物のシーバードがうじゃうじゃ飛んでいるのだ。強さ自体はたいしたことないけど、船を守りながらになると突破がかなり難しくなる。だから、条件としてシーバードが空を飛行できないほどの強風が必要になるのだ」


「強風……」


「それこそ、嵐一歩手前くらいのやばい強風が必要なのだ」


「それ、かなり危険だよな」


 俺の言葉に、メアリは重々しく頷く。


「新月の夜で真っ暗、さらに強風で海は荒れ、そんな状況で決められた海流から外れないように船を完璧に制御しなくちゃダメ。すごく危険だし、難易度もめちゃくちゃ高いのだ」


「そんなん、無理だろ」


 思わずそんな言葉が口をついて出る。

 俺は船に詳しいわけではないが、話に聞いているだけでその難易度は想像を絶する。


「まぁでも、がんばればなんとかなるのだ。あたしは一度成功させたし、シーバードの妨害を跳ね返せる戦力があれば風の条件を無視できる分、難易度もぐっと下がる」


「なるほど……しかし、メアリはよくやったな。そんな条件を乗り越えてティーチの小島にたどり着くのは、かなりすごいことだ」


「いひひ、照れるのだ。でも、そんな航海を乗り越えても結局ティーチの小島には上陸できなかったのだ」


「そこで幽霊船、というわけか」


 メアリはがっくりと肩を落として頷く。


「ティーチの小島の目の前で、急に穴だらけでボロボロの幽霊船が現れてな。幽霊船からの攻撃にあってやむなく撤退したのだ」


「攻撃してくるのか」


「魔法が飛んできたのだ。幽霊船の甲板には半透明に透けた人影が何人もいて、そいつらからの攻撃だった。おそらく、黒髭に倒された海賊たちの亡霊なのだ」


「半透明の人影……」


 それはたしかに、幽霊のようだ。

 ボロボロで穴だらけの船が海上に何事もなく浮かんでいるというのもおかしな話だし、話を聞くとたしかに幽霊船といって差し支えないようなもの。


 問題は、これが魔族と関係があるのかだが。


「なあ、レヴィ。レヴィは戦えるか?」


 ふいに、メアリが尋ねてくる。


「ああ。驕るつもりはないが、この国でも俺に勝てるのは七竜伯くらいだろうな」


「そ、それはさすがに強すぎるのだ……う、うーんどうなんだろ」


 メアリが目を丸くして驚く。まぁ、さすがに疑うよな。


「事実だぞ。メアリは頭でっかちでツマラナイ人間か?」


 にやりと笑って、さっき言われた言葉をそっくりそのまま返してやる。

 するとメアリは、呆気に取られた様子を見せるがすぐに笑みを浮かべた。


「あっはっは! これは一本取られたのだ!」


 メアリは立ち上がると、颯爽と駆け出し見事な身のこなしで船の船首へと飛び乗った。


 そうして、洞窟に響く大きな声で言った。


「偉大なる七竜伯に並ぶ強者レヴィ! そんなお前に提案だ! 3日後、来たる新月! あたしとともに海へ出ようぞ!」


 ずびしと洞窟の外、海の向こう側へと指を突きつけ。


「月の導なき暗黒の夜を抜け! 定められた運命の海流に身を預け! 恐るべき魔物の群れを退けて! その先に待つ海賊たちの妄執へと終止符を打ち! そして我が先祖、伝説の大海賊『黒髭』の財宝を我らの手中に収めるのだ!!!!」


 そして海の向こうへと突きつけた指を、今度は俺へと向けて不敵に笑う。


「それは新たなる伝説の幕開け! いずれ七つの海を制覇して、はるかな世界の果てを見届ける! 勇気と愛の大海賊キャプテン・メアリの始まりを告げる処女航海! 伸るか反るかはお前次第! さあ、返答はいかに我が友よ!!!!」


 そんなの、答えは一つだろ。

 ワクワクと湧き立つ心をそのままに、俺はにやりと笑って少女に負けない大きな声で返す。


「財宝は山分けでいいよな! 我が友よ!!」


「是非もなし!!」


 船首から飛び降りて、メアリは再び俺の前に立つ。

 そしてにやりと笑うとその右手を差し出した。


「副船長は、任せるぜ?」


「ああ、任せろキャプテン」


 俺はメアリの差し出した手をがしりと握った。

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