出航

 メアリとの出会いから3日後。

 日が落ち切る少し前の時間。俺はメリーネたちを引き連れて、入り江の洞窟へとやってきた。


「む! 来たなレヴィ!」


 俺たちが来たことを察知したのか、メアリが船から飛び降りてくる。


「ああ、約束通り来たぞ」


「うむ! さすがは我が船の副船長、ちょうどいい時間に来てくれたのだ!」


 嬉しそうに笑うメアリは、俺の後ろにいるメリーネたちへと視線を移す。


「それで、お前たちがレヴィの仲間だな? 話は聞いているのだ。今日はよろしく頼むのだ! あたしのことはキャプテン・メアリか船長と呼ぶように!」


「こいつのことは呼び捨てでいいぞ」


「なにを! レヴィめ、さっそく反逆か!? まだ船も出してないのに!!」


 メアリが両手を振り上げてぷんすかと怒りだす。

 揶揄いがいがあるやつだ。


「あはは、わたしはメリーネです。よろしくお願いします、メアリちゃん」


「ネ、ネロです。よろしくお願いします、メアリさん」


「スラミィはスラミィだよ。よろしくね、せんちょー!」


「うむ、よろしく頼む!」


 メリーネたちはメアリと握手をしあう。

 今日ティーチの小島を目指す人員は、俺たちは5人で全員だ。


 メアリのことや幽霊船については3日前にすでに3人に説明してあったので、スムーズに顔合わせが済んだ。


「それにしても、レヴィさまはメアリちゃんととっても仲がいいんですね。まだ会って間もないのに」


 メリーネがじっとりとした目で見てくるが、そういうのではないのですぐに否定する。


「メアリとは気が合うだけだ。愉快なやつだし、ロマンがわかる。冒険譚とか好きみたいだし、メリーネもすぐに仲良くなれると思うぞ」


「それなら良いですけど……レヴィさまのお嫁さんはわたしですからね?」


「まったく、かわいいやつめ」


 やきもちを焼いているらしいメリーネの頭を撫でてやると、彼女は笑みを浮かべた。


 わざわざ言われずとも、俺はメリーネ以外と結婚する気はないのだが。

 こればっかりは、仕方ないのだろうな。

 俺も変な男がメリーネを奪おうとしたらそいつ殺すし。


「さて、これで準備は整ったな! 船長であり操舵手であり航海士のあたし、キャプテン・メアリ!」


 メアリは手のひらを下に向けた手を差しだす。

 そして、ちらり目で訴えるようにとこちらを見るメアリ。

 仕方ないので、乗ってやることにするか。


 俺はメアリの手の上に自身の手を重ねて言う。


「副船長、レヴィ・ドレイク」


 意図を察したように、メリーネたちも楽しそうに笑みを浮かべると手を差しだしながら続く。


「戦闘員っ! メリーネ・コースキー・リンスロット!」


「え、えっとじゃあ……ざ、雑用! ネロ・クローマ!」


「船医! スラミィ!」


 全員が手を重ねると、メアリはにやりと笑う。


「よし! 狙うはティーチの小島に眠る黒髭の財宝! お前ら行くぞ!!」


「オー!!!」


 円陣を組み、声を上げ。

 一致団結した俺たちはメアリの船へと乗り込んだ。


「ヨーソロー!! ビギニング・オブ・グローリー号! 出航なのだ!!」


 メアリの掛け声とともに、帆船――ビギニング・オブ・グローリー号が闇に包まれた海へと向けて動き始めた。


「わあ! 動いてますよ、レヴィさま! わたし船に乗るの初めてで、なんだかすっごくドキドキします!」


「スラミィも! すごいよー!」


 メリーネとスラミィがきゃいきゃいと騒ぎながら甲板の上を忙しなく動き回る。


 気持ちはわかる。

 俺だって、実は船に乗るというのは前世を含めてもほとんど経験がなかった。

 というか、乗ったことないかもしれない。


 幽霊船と財宝を目指して冒険に出るというシチュエーションに燃えるが、それに加えて帆船での航海となるとさらに楽しくなってくるな。


「うぅ、みなさん元気ですね。僕はちょっと、怖いんですけど。じ、地面に足がついてないと落ち着かないというか。……真っ暗ですし」


 ご機嫌なメリーネとスラミィとは真逆で、カタカタと震えるネロ。


 船は揺れるし、新月の夜は光源が船の上にしかない。

 ネロが怯えるのも仕方ないのかもしれない。


 しかし、俺はなんとも微妙な気持ちになる。


「ネロ。お前が怖いって言うのは、やっぱり違和感がすごいな。怖がりなのはわかるんだが」


「……それは、そうですね。ぼ、僕も思います。うへへ」


 多分、アンデッドを操るネロがこの海の上でもっとも怖い存在である。


 俺たちが思い思いにはしゃいでいると、舵を握るメアリが嬉しそうな笑い声を上げた。


「ふっふっふ! 存分に楽しむといいぞ! あたしのビギニング・オブ・グローリー号はすごいんだからな!!」


「ボロいけどな」


「む! レヴィ副船長、それは聞き捨てならんのだ!! この船はすごいのだぞ!」


 ぷんすかと怒るメアリ。


 だけどこの船は実際にかなりボロボロだ。

 ところどころ穴が空いていたり、補修した跡がそこらじゅうにある。

 間違いなくボロ船だ。


「ビギニング・オブ・グローリー号は死んじゃったお父さんと2人で造った、思い出の詰まった大切な船なのだ! ボロっちくても、すごい船なのだ!」


「そうなのか」


 2人で造るって帆船とはいえ可能なのだろうか。

 まぁこの世界はファンタジーだし。闘気や魔法があればいけるのかもしれない。


 しかし、メアリの言葉を聞いて改めて船を見る。

 たしかにこの船はボロボロだ。


 だけどよく見てみるとマストや帆などの大事な部品は問題が起きないように、しっかりと手入れされているみたいだった。

 他にも、無数にある補修跡はそれだけ長く使ってきたという証拠。

 メアリが大切にしているのがよくわかる。


 知らなかったとはいえ、父親との思い出をボロ船扱いは悪いことをしてしまった。


「まぁ、良い船だと思うぞ。手入れのされ方から、メアリのこの船に対する愛が伝わってくる」


「いひひ、わかればいいのだ!」


 メアリは得意気に笑った。


「みなさん! たくさん食べ物買ってきたので食べましょう!」


 メリーネが呼びかける。

 見ると甲板の上に布を引いて、さまざまな食べ物を並べているようだった。


 ロイズで事前に買ってきていたらしい。


「お、いいな! 船旅は長いのだ! 今のうちにしっかりと食べて体力を付けておくのは大事だ!」


「わあ! 船の上で食べるといつもより美味しそう!」


「ぼ、僕もいただきます。食べてれば、少しは落ち着くかも」


「ここでも食べることか。本当に食いしん坊だな」


 始まった航海とまだ見ぬ冒険、仲間たちとの賑やかな雰囲気。

 俺は自然と笑みを浮かべていた。

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