財宝の海図

 ――なんか、すごくクセの強い奴が出てきたな。

 それが俺の偽らざる本心であった。


「あー、メアリ?」


「キャプテン!」


「……キャプテン・メアリ。お前が海賊ってのは、事実なのか?」


 俺が尋ねると、メアリはうむと頷く。


「いかにもだ!」


「そうか……」


 どうみても悪いことをしているような見た目ではないんだが、メアリは海賊を自称している。

 俺はなんとも言えない微妙な気持ちになってしまう。


「メアリ――」


「――キャプテンっ!!!」


「はぁ、キャプテン・メアリ。自信満々に海賊を名乗ってもらったところ悪いが、俺は一応貴族でな。ここの領主とも面識があるから、海賊とか言われたらお前を捕まえなきゃいけなくなるんだが」


「!?」


 俺の言葉に、メアリは目を見開いて驚愕する。


「ほ、本当か……?」


「本当だ。ほら、この服知ってるか? 王立学園のものだ。あそこに通うのは平民もいるが、そのほとんどが貴族だろ」


「あ、あわわわわ!」


 メアリは顔を真っ青にして慌てだす。

 なんだかかわいそうだが、こればっかりは仕方ない。海賊を目の前にして見過ごすなんてできない。


「さ、さすがに捕まるのは嫌なのだ。ど、どうしよどうしよ……」


「はぁ……メアリ」


「あ、あのキャプテン――」


「ん?」


「な、なんでもないのだ。あのあの、レヴィ。なんとか、なんとかなったりしないか? 牢屋は嫌なのだ」


 心細そうに上目遣いでこちらを見てくるメアリに、俺はため息をついて尋ねる。


「まず、海賊っていうのは本当か?」


「えっとえっと。海賊っていうのは憧れというか、将来の夢というか、まだ具体的に何かしたわけじゃなくて。そもそも犯罪行為がしたいんじゃなくて……」


「ふむ。なら、何か悪いことはしたか?」


「悪いこと……イタズラで漁師のおっちゃんのヅラを剥ぎ取ったり、お腹が空いて魚を少しちょろまかしたり……あ、後からだけど許可はもらったぞ! こ、これってひょっとして捕まったりしちゃうやつだったりするのか?」


 牢屋に囚われた自分を想像したのか、悲しそうな顔をするメアリ。

 彼女の話を聞いている限りだと、今すぐ捕まえなきゃならないような大罪人ではなさそうだ。

 それに、嘘を言っているようにも見えない。


「ヅラを剥ぎ取られたおっちゃんは災難だが、まぁそのくらいなら問題はないか」


「ほ、本当か! 良かったのだ、助かったのだ!!」


 メアリは喜びを表現するように、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねて歓喜する。

 表情がころころ変わって、賑やかな奴だ。


「ただ、あまり海賊とか名乗るな。あとそんなのを将来の夢にするのもやめろ」


「そ、それは無理なのだ!! あたしは海賊になるのだ!!!!」


 俺の忠告に対して予想外の強い否定。

 少し呆気に取られるが、メアリも思わず大きな声を出してしまったようでハッとする。


「ご、ごめんなのだレヴィ。大きな声を出して」


「いや、別にいい。それより、なんでそんなに海賊になりたいんだ?」


「よくぞ、聞いてくれたのだ」


 メアリは「ふっふっふ」と思わせぶりに笑うと、肩から下げた鞄の中から何かを取り出した。


 それは、一見すると海図のようだった。

 まるで落書きのような下手くそな海図だが、一面青で塗られた中にいくつかの島や注意書きが書かれている。


「なんだこのヘッタクソな海図は」


「おい、ヘタクソとか言うなよ! 聞いて驚け、これはな――宝の海図なのだ!」


「!?」


 メアリの言葉に俺は驚愕する。


「お、レヴィはわかるようなのだな。この、ロマンというものが」


「おい、さっさと説明してくれ」


「ふっふっふ、焦るな焦るな」


 メアリは海図を洞窟の床にパッと広げる。

 俺たちは頭を突き合わせて目の前の海図を覗き込んだ。


「これはな。大海賊にして大英雄、『黒髭』エドワルド・ドラモンドの財宝が隠された場所を示す海図なのだ」


「なんだと!? ……いやでも、ヘタクソな地図だし。これを黒髭が残したって信じがたいんだが。本当か?」


 それに、この海図はそれほど古い感じがしない。

 薄汚れた羊皮紙に書かれたものなので、それっぽい雰囲気はたしかにあるのだが。


「そもそも。なぜ、こんなものをメアリが持っているんだ?」


「実は黒髭はあたしの先祖らしくてな。これは、亡き父からあたしに授けられたものなのだ!」


 メアリはドヤ顔でそう言う。


「えぇ、さすがに嘘だろ」


「うるさいぞ! さっきからレヴィは疑いすぎなのだ! そんなんじゃ頭でっかちのツマラナイ人間になっちゃうぞ!」


 メアリはぷんすかと俺に言い放つ。

 それから、海図の一点をびしりと指差した。


「ここだ。今あたしたちがいるのが、ここ。ロイズの隠し入り江だ」


 そこから、メアリは指をすーっと海図の上で走らせる。


「そしてここ。ここが黒髭の財宝が隠されているという島。ティーチの小島だ」


「……なるほど」


「あ、その顔はまだ疑ってるな? たしかに黒髭の伝説ではこのロイズのあたりは登場しない。だけど、子孫であるあたしがここにいるのだからこの海図は本物なのだ」


 メアリは、自信満々に言う。


「長きに渡る航海を終えた黒髭は、やがてこのロイズに流れ着く。そして結婚して子どもを作り、死の間際にこの海図を書くとティーチの小島に財宝を隠した。そういうことなのだ」


「なんで隠す必要があったんだ?」


「黒髭が活動していた時期から計算して、その晩年を想定するとちょうどこの辺では戦争があった時期なのだ。だからきっと、財宝を戦争の中で奪われるのを危惧して海図だけを残して隠したのだ。いずれ戦争が終わったときに、子孫が隠した財宝を受け継ぐことができるように」


「ふーん」


 まぁ、意外と話の筋は通っているか。


 有名な冒険譚である黒髭伝説の結末は、長い航海を終えて海賊団を解散するところで終了する。

 そして、それ以降の黒髭の動向は書かれていない。


 黒髭の晩年についてはいくつもの資料があり、それぞれがてんでバラバラのことを書いていたりする。

 その中にはこのあたりに骨を埋めたとする説もあり、実際にその証拠が見つかっているとかどうとか。


 ここまで話を聞いてみたところ、メアリの話やこの海図の信憑性も多少なりともありそうだ。


「つまりメアリは先祖である黒髭に憧れていて、その財宝を受け継いで伝説に語られるような大海賊になりたいということか?」


「そう! そうなのだ! 黒髭が旅したという七つの海、見届けたという世界の果て! あたしもいつか大海賊として同じ景色を見に行くのだ!」


「そうか。海賊になるのはどうかと思うが、良い夢だな」


「! うん!」


 なんというか、聞いているだけで心がワクワクするような夢だ。

 先祖の財宝を見つけ、大海原を旅して世界を制覇する。


 そんな、最高にロマンあふれる夢だ。


「それで、このティーチの小島には行ったのか?」


 にこにこと満面の笑みを浮かべていたメアリだったが、俺の言葉を聞いた途端しゅんとする。


「行ったのだ。ついこの間。だけど、もう少しというところで引き返す羽目になってしまって」


「なんでだ?」


「小島を目の前にして、出たのだ」


 メアリは神妙な顔をして、言った。


「――幽霊船が」


 あ、忘れてた。

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