大海賊(自称)の少女

「だめだな。まったくわからん」


 海洋都市ロイズの港湾区。

 澄み渡る青い海と、居並ぶ船たちの前で俺は途方に暮れていた。


「手がかり、何もないですね」


「もう少し何かあると思ったんだけどな」


 俺たちはロイズに漁獲量減少という異変をもたらしていると予想される魔族について探るため、主に船乗りたちを中心に聞き込みをしていた。


 魔族の目撃情報と言わずとも、小さな噂話か何かでも手掛かりになるものがあればと思ったのだが。

 結果から言うと、見事に空振り。

 手掛かりになりそうな情報は何も得られなかった。


「い、いっそ海を直接探りますか? 海上というよりも、空からですが」


「それは最終手段だな。広い海の上を飛んで回って魔族を探すってなると、どれだけ時間がかかるかわかったものじゃない」


 海で異変が起きているのだから、ゲームでロイズを滅ぼした魔族は海から来た可能性が高いはず。

 しかし聞き込みをしても手掛かりは得られず、地道に探索するにも海は広すぎて現実的ではない。


「いずれ魔族の方からこの街を襲うのは間違いない以上、待つのも手ではあるが……」


「できれば、先手を打ちたいですよね。誰も犠牲が出ないうちに倒しちゃいたいです」


「だな。ポリーチャ様にもロイズを魔族から守るって宣言したわけだし」


 あんな啖呵を切ったのはデイブからの信頼を得るため。

 いくらフロプトの後ろ盾があるとはいえ、実際に対魔族部隊として動くのは俺たち。


 20にも満たない俺とメリーネ、気弱で弱そうに見えるネロ、ただの子どもにしか見えないスラミィ。

 こんなのを誰が信頼してくれるかという話だ。


 それを懸念してあの場では堂々と宣言し、俺の魔力を見せつけることで実力に対する疑いも打ち消した。

 デイブが俺たちを疑ってたかは知らないが、ああした方が向こうも安心はできたはずだ。


 実際、彼は俺たちにロイズを好きに調査していいし何かあれば必要な協力は惜しまないと言ってくれた。


「で、でもどうします? もう少し、聞き込みを続けますか?」


「まぁ、それしかないか」


 ネロの言葉に、ため息を吐いて頷く。

 一応まだ聞き込みをしていない人もいるだろうし、情報が得られる可能性はゼロではない。


 他に有力な手がない以上、聞き込みを続けるのが一番だろう。


 俺たちは手分けして再び聞き込みを始める。

 案の定というか、ほとんどが空振りだ。しかし、そんな中で1つだけ興味深い話があった。


「海の異変か……漁獲量が減っていること以外ってなるとあまり思い浮かばねえな」


「そうか。忙しいところすまなかったな」


「おっと、ちょっと待て。正直、これを領主様の依頼で動いてるアンタに言うのはどうかと思うが……荒唐無稽な噂話で良いなら、1つ心当たりがある」


「心当たり?」


 漁師の男の言葉に、俺は首をかしげた。


「俺はそんなもの見たことないし、知り合いの連中も口を揃えて眉唾だと話してる。そんな信憑性のない話だが、ある奴がずっと言ってるんだ――幽霊船を見たってな」


「幽霊船……」


 なるほどそれは眉唾な話だ。

 非現実的で、信憑性はなく、荒唐無稽な作り話の類。


 この世界にアンデッドの魔物はいるが、幽霊のような非物質的な魔物は存在しない。

 当然、魔物ですらない人の生霊やらといったものの存在いかんは語るべくもない。


 だけど、ここにきて初めて掴んだ情報。

 これを調べない手はない。




「ここか」


 漁師の男に話を聞いた場所へとやってきた。

 そこは、港からかなり離れた岸壁をえぐるようにできた入江の洞窟だった。


 奥行きも天井もかなりの広さがあり、一隻の船が停泊していた。

 前世の日本にあったような動力付きのものではなく、大きな帆が張られた帆船。

 しかしところどころボロボロで、ちゃんと動くのか怪しい様相をしている。


「む! 何やつだ!」


 洞窟に響く声がした。

 声の発生源である船の船首あたりを見ると、そこにいたのは1人の少女。


 歳の頃はおそらく俺と同じくらい。

 茶色の髪を肩の長さで揃えており、つり目がちな金色の目がこちらを睨む。


 服装はヘソを出したシャツと、膝上のスカート。

 その上から大きなサイズのコートを羽織っている。


「ここに来たということは、このあたしに用があるということなのだな!」


 とう!

 そんな声とともに少女は船首から飛び上がり、俺の目の前へと着地した。


 かなりの距離を飛び越えてきたにも関わらず、バランスを崩したり足を痛めたりすることもなく。

 少女は俺の目の前で腕を組んで威風堂々と佇んだ。


「見慣れない顔だ。名はなんという!」


「レヴィ・ドレイクだ」


「そうか! レヴィというのだな!」


 俺が名乗ると、彼女はにこにこと満足そうに笑う。


「やあやあ、あたしこそはキャプテン・メアリ! やがて七つの海を制覇して、はるかな世界の最果てを見届ける! 勇気と愛の大海賊、キャプテン・メアリなのだ!!」


「海賊……?」


「ふふふ、怖いか? 無理もない。あたしのような偉大な海賊を前にして、正気を保てるだけレヴィは偉いのだ!」


 ドヤっ。

 そんな言葉が似合うような顔でメアリは笑う。


「あたしのことは、キャプテンと呼ぶと良いのだ! よろしくな、レヴィ!!」

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