海洋都市の異変

 デイブからの歓待を受けた夜。

 好きに食べ飲んだ俺たちはその日はいったんお開きに。


 翌朝、俺は領主館の応接室でデイブと向かい合っていた。


「レヴィ殿たち『竜の剣』がロイズに来た理由は、魔族の調査という話であると聞いております」


 デイブはそう言って机の上に1枚の手紙を滑らせた。

 おそらくこれがフロプトから送られた手紙だろう。

 学園を出る前に、フロプトがある程度の事情を伝えておくと言っていたのだ。


「その通りです。この街で、近頃何か変わったことはありませんか?」


「ふむ、変わったことですか」


 デイブは考え込むように腕を組む。


「変わったことと言えば、漁獲量が近頃減ってきていることでしょうか」


「漁獲量、ですか?」


 俺が首をかしげると、デイブは頷く。


「はい。ロイズでは海産物を大切な資源として、取りすぎないようにと常に管理と把握をしているのです。しかし、近頃その漁獲量が減少傾向にありまして」


「なるほど。漁獲量の減少となると、主な理由としては気候変動などでしょうか」


 たしか前世の日本でもそれで問題になっていたはずだ。

 俺は漁業についての知識なんてまったくないのだが、そんな話題がニュースになっていたのは何度か見ている。


「ええ。気候変動やそれに伴う海水温の変化、加えて乱獲によるものがよくある理由ですな。いや、海とは縁がない内陸出身のレヴィ殿がよく知っていらっしゃる。さすが、ドレイクの神童。博識ですな」


「聞きかじった程度ですよ。それで、今回の場合はどういった理由なんですか?」


「それが、わからないのです」


「わからない……?」


 デイブは、顔を曇らせて言う。


「気候変動などはとくになく。乱獲など起こらないよう、徹底的な管理も行っているのです。我がポリーチャ伯爵家がこの領地を与えられて数十年。ノウハウというのはしっかりとありますし、海に関わる数多くの記録が残っている」


「しかし、それでもわからないと」


 確認する俺の言葉に、デイブは重々しく頷く。


「他の海域から強力な新たな魔物が入り込んだという可能性は? それによって魔物に食べられてしまう魚の量が増えたとか……」


「そういったこともあるでしょうな。ですが、その場合はもとよりいた魔物が危機を感じて一定数逃げていく。魔物と言えど生物ですので、いくら強くとも食べられる量というのは限られます。結果、逃げた魔物と新しく入ってきた魔物で相殺され海産資源の量はあまり変化しないのです」


「たしかに、そうですね」


 デイブの言葉に納得する。

 あとは可能性として考えられるのは密猟などだが、そんなものは真っ先に思いつくものだ。


 きっと厳重に対策しているだろうし、今言わないのであればすでにその線はないと考えられているのだろう。


「まったく、お手上げですよ」


 デイブは肩をすくめやれやれと首を振る。

 それから、デイブは目をすっと細めて真剣な顔を作ると真正面から俺を見た。


「ですが、そんな中にこうしてレヴィ殿たちが来た。賢者様直下の対魔族部隊『竜の剣』が。……単刀直入に聞きます。今、この街に魔族の手が迫っているということですかな?」


「確信はありませんが。ですが、独自のルートで調査した結果この街に魔族が現れる可能性が高いと予想していました」


 独自のルートなどと言ったが、実際は原作知識だ。

 ゲームでは海洋都市ロイズは設定でのみ登場する街であり、実際に訪れることはできない場所だった。


 その理由は――存在しないから。


 より正確に言えば、物語の序盤に魔族に滅ぼされる最初の街としてテキスト上にだけ登場する街なのだ。


 だから、俺はここに来た。

 原作で魔族に滅ぼされると明言されている街が、まだこの世界には残っている。

 それを知れば、真っ先に助けに来るのは当たり前だ。


「――ですが今、ポリーチャ様より話を聞いて予想は確信に変わりました。漁獲量減少という原因不明の異変。これはまず間違いなく、魔族に関わることかと」


「! やはり……!」


 デイブが顔を青くしてごくりと唾を飲む。


 学園への入学――ゲームのストーリーが始まってすぐに起きる魔族によるロイズの滅亡。

 そして時を同じくして発生した海の異変。


 この2つが、関係ない話などとは思えない。


「安心してください。魔族に好き勝手などさせません。そのために、俺たちが来たのです」


「!」


 俺はここであえて魔力を少し解放する。

 ごうっと空気がうなり、俺の魔力によって包まれた部屋の中を圧迫感が支配する。


 俺にとってはほんの少し。

 本当に、1パーセントにも満たない魔力。


 だが、たったそれだけでこの空間にいるデイブや使用人、デイブの護衛騎士など全員が縛られるように動きを止めた。


「こ、これが……! 賢者様の信頼する直下部隊『竜の剣』の力ですか……!!」


 目を見開き、冷や汗を流すデイブへと俺は笑いかける。


「俺たちに任せてください。必ずこの街に不穏をもたらす魔族を討ち滅ぼし、ロイズの民の安寧を取り戻します」


 悪辣に傲慢に、圧倒的な強者を演出するように。

 歪んだ悪役の笑みをにやりと浮かべた俺は、自信に胸を張って言い放つ。


「魔族を破るは王国の先兵竜の剣。とくとご覧に入れましょう」

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