ポリーチャ伯爵家

「お待ちしておりました! ドレイク殿、リンスロット殿!」


 ロイズにある領主館に着くと、身なりのいい小太りの男が俺たちを出迎えた。


 デイブ・ポリーチャ。

 ここ海洋都市ロイズとその周辺の領地を治める、ポリーチャ伯爵家の当主だ。


「お出迎えいただきありがとうございます、ポリーチャ閣下。調査の期間中しばらくお世話になります」


 俺はそう言ってすっと礼をする。

 隣では俺に倣うようにメリーネがカーテシーを。付け焼きの令嬢教育だからか少し不恰好であった。


「賢者様よりお話は伺っております。ドレイク殿たちはなんでも、賢者様の信頼厚い優秀な方たちだとか。であれば礼を尽くさぬわけにはいきますまい!」


 デイブはにこやかに笑って、俺たちをもてはやす。


「おっと、立ち話はここまでにいたしましょう。歓待の準備をしておりますので、どうぞこちらに」


「ありがとうございます。ロイズの海の幸は、王国でも随一と伺っております。とても楽しみですね」


「いやあ、ドレイク殿はお上手ですな! 我が家のシェフが腕によりをかけて作っております。きっと満足いただけることでしょう!」


 俺がおだててやると、デイブは上機嫌になってポンと自分の腹を叩いた。


「美味しすぎて、私なんてこんなですからな!」


「さすが、閣下ですね。閣下の辣腕による領地の繁栄ぶりが伺えるところです」


「はは! かのドレイク侯爵家の次期当主殿に言われては形無しというものですな!」


 そんなふうに上っ面のクッソ疲れる会話をしながら領主館を歩いていく。


 大きさはドレイク家のものには及ばないが、さまざまな国から集められたであろう調度品が所狭しと並んでいる。

 なんというか、統一感がなく雑多で品がない。

 しかし大陸中の物品が集まるこの街を示しているようで、これはこれで悪くないのかもしれないな。


 ちなみに俺とデイブが話している間メリーネたちはダンマリである。

 使用人として来ているネロとスラミィはそれでいい。

 メリーネは会話に混ざってもいいのだが、目の前で繰り広げられる婉曲な貴族トークに目を白黒させるばかり。


 しかし、その部屋に入った途端。

 メリーネは目を輝かせてぱあっと笑みを浮かべた。


「わあ! とっても美味しそうですっ!!」


 食堂の長机の上にこれでもかと並ぶ料理たち。

 海鮮を使った料理を中心に、各国から取り寄せたであろう珍しい食材なども豪勢に並んでいる。

 美味しそうな香りを放つそれらを前にして、メリーネは感動しているようだった。


「……おい、メリーネ。伯爵令嬢は招待された食事の席でそんな反応しないぞ」


「――あ!」


 俺が指摘するとメリーネはハッとして両手で口を覆い、顔を真っ赤にしてうつむいた。


「まったく。淑女教育とはなんだったのか」


「あ、あはは……」


 そのときどこからかくうっという小さな音が鳴る。

 発生源は、メリーネの腹であった。


 みるみるとメリーネの顔はさらに赤くなっていく。


 ネロやスラミィが声を押し殺して笑い出し、部屋の中に控えているポリーチャ伯爵家の使用人たちも必死に笑うのを我慢しているようだった。


「……ええ」


 俺は驚愕した。

 たしかにこの一連の言動は貴族令嬢としてなかなかアウトロー極まっているものだ。

 しかしそれ以上に、あれだけ食べ歩いたのにまだまだ食べるつもりだという事実に驚愕したのだ。


 だが、このままにしておくわけにもいかない。

 俺は呆気に取られた様子で固まるデイブへと声をかけた。


「申し訳ございません、閣下。彼女はまだこういった場に慣れていないのです。ご容赦を」


「も、申し訳ございません」


 俺が言うと、メリーネは隣で頭を下げる。


 それを見たデイブは気を悪くした様子などなく、腹を叩いて面白そうに笑みを浮かべた。


「あっはっは! いやあ、リンスロット殿はとても可愛らしい女性ですな! まったく、気に入りました! どうです、私のせがれの嫁になどいらっしゃる気は?」


「ふぇ!? だ、だめです! わたしはレヴィさまのお嫁さんになりたいんですっ!」


「お、おいメリーネ……冗談に決まってるだろ。マジになって答えるな……」


「!? あ、あわわ! どうしたらわたし、レ、レヴィさま――」


「――あっはっは! 振られてしまいましたか! ドレイク殿はこれほど愛らしい婚約者に恵まれて幸せものですな!」


「ははは。とりあえず淑女教育はやり直しですよ」


「おっと、これは婚約者相手でもなかなか手厳しい! さすがは賢者様が認める御仁だ! はっはっは!」


 腹を抱えて笑うデイブは、本当に楽しそうな様子だ。

 気難しい貴族じゃなくて鷹揚な人でよかったよ。

 今の一連の流れだと、厳格な相手だったら問答無用で叩き出されていたかもしれん。


「ささ! リンスロット殿もお腹を空かせているようですから、難しい話などは後にしてまずは我が領地の自慢の料理を楽しんでくだされ!」


「うう、恥ずかしいなあ。で、でも本当に美味しそうな料理です。じゅるり」


「おっと、どうぞ従者のお2人も席に着いてくだされ。中央からの旅でさぞ疲れたことでしょうから、今日は無礼講といきましょう!」


「い、いいんですか!?」


「え、スラミィも食べていいの!? やったあ! おじさんって良い人だね!」


「あっはっは! おじさんですか、かわいらしい少女に言われるのであれば悪い気はしませんな! こりゃあいいですな! はっはっは!」


 デイブの言葉で、ネロとスラミィも席に着く。

 あとで2人の夕食として料理のあまりをもらうつもりだったが、デイブは見た目の通りにとにかく懐の深い人物のようだった。


 しかしこうやってネロとスラミィの2人にまで気を配ってもらえて、悪い気なんて当然しない。

 今は使用人の立場とは言っても大切な仲間たちだ。


「閣下、2人にも気を遣っていただきありがとうございます」


「使用人とは言っても、お客人なことに変わりはありませんからな! それと、せっかくの無礼講なのですからドレイク殿ももっと砕けた感じでいいですよ!」


「では、ポリーチャ様と。俺のことも気軽にレヴィと呼んでください」


「よしよし、ではレヴィ殿と呼ばせていただきます! こちら私の自慢のコレクションから出した秘蔵のワインです! ささ、たくさん飲んでくださいな!」


 俺、酒苦手なんだけどな。


 まったく、メリーネのおかげというかなんというか。

 初対面の貴族であるデイブと、思いがけず打ち解けることができた俺たちはにぎやかな夜を過ごした。

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