海洋都市ロイズ

 俺たちは今、空の上にいた。

 グリフォンに変身して空を飛ぶスラミィの背中に、俺はメリーネと2人で乗っているのだ。


「気持ちいいですね、レヴィさま!」


「だな。スラミィもありがとな」


「ルゥ!」


 前に座るメリーネが楽しげに笑い、グリフォンの姿をしたスラミィが機嫌良く喉を鳴らす。


 そんな俺たちの後ろをぴったりとついてくる影があった。


「う、うぅ。高くて怖いです……」


 ネロである。

 上空から下を覗く度に「ひええ」と情けない声を上げ、カタカタと震えている可哀想なやつであった。


「怖いって、お前が言うのか」


 グリフォンに変身したスラミィに騎乗する俺とメリーネに対して、ネロは自身の支配下としているアンデッドに乗り込んでいた。


 巨大な狼の体に鷹の羽を生やした魔物だ。

 つぎはぎの毛皮に、白く濁った目、欠けた耳がアンデッドであることを表しているような姿だった。


「あはは、ワン太の見た目は怖いですよね」


「強さもフェンリル以上なんだろ? ネロの神器もかなりすごいよな」


「うへへ、レヴィさんのお役に立つためですよ」


 ネロの神器である『冥界の屍姫』の能力は、支配下のアンデッドの合成だ。

 このアンデッドはその能力によって作られた。


 アンデッド化したフェンリルを素体に、複数のアンデッドを合成させたヘルフェンリルという魔物だ。

 神器によって作られた、この世界でただ1体しか存在しないワンオフ。


 こいつは元来のフェンリルの能力に加え、合成素材とした各アンデッドの能力も継承しているのだ。

 その力はSS級である通常のフェンリルを凌駕する。


 ちなみに名前はワン太。メリーネの命名である。


 ネロは神器の獲得後、その能力を活かして強力なアンデッドを作成することに注力していた。

 ワン太はそんな中で生まれた成功例の1つ。


 間抜けな名前はともかくとして、心強い仲間である。


「あ! レヴィさま、見えてきましたよっ!」


 メリーネが指を指す先を見ると海沿いの街が見えた。

 あの街が俺たちの目的地――海洋都市ロイズ。


 俺たちは『竜の剣』として、学園都市コーヴァスから空を駆けてはるばるここまでやってきていた。


「い、意外とすぐでしたね。王国の中央圏にある学園都市から、南端のロイズまでけっこうな距離がありますけど」


「空を直進してきたからな。それに、スラミィもワン太も飛ぶ速度がかなり速いから助かった。これが陸路の馬車だったら数日かかるところだ」


「スラミィもワン太もえらいですっ!」


「だな。さて、いったんあの辺で降りるぞ」


 街から少し離れた平原を指差し、2人に伝える。

 従魔とはいえ明らかにやばそうな魔物がこのまま街に入ったら住民が怯えてしまうからな。


 平原で降りるとスラミィは人型に戻り、ワン太は闇に呑まれるようにして消えていった。


「ふ〜! やっぱりこの姿が落ち着くよ〜」


「ご苦労だったな、スラミィ。助かったよ」


「にへへ。もっと褒めて!」


 スラミィを労って頭を撫でてやると嬉しそうに笑う。


 降りた平原からしばらく歩き、ロイズへと入る。

 海辺の街なだけあり潮風が心地良い。


 ロイズは海洋貿易によって栄えた街だ。

 港から多種多様な物品がもたらされ、多くの人が集まる賑やかな交易の街。


 活気にあふれた通りには、露天がずらりと建ち並び人々が思い思いに物色している。

 宝石、魔物素材、本、食材、食べ物の屋台。

 さらには怪しい雰囲気がただよう出どころ不明の曰く付き魔道具まで。


 大陸中のあらゆる物が集まる街だ。


「これは、なかなかすごい街だな」


「ぼ、僕はちょっと苦手です。なんというか、うるさいです」


「まぁ、少しわかる」


 ネロの物言いに苦笑する。

 エネルギーに満ちていて多くの人で賑わう通り。この街はなんとなく前世の繁華街に似ている雰囲気だ。


 だからこそ、うるさくて苦手というネロの気持ちもよくわかる。


 こういうのは好きな人にとっては本当に楽しいのだと思う。

 しかし前世の俺のような、陰キャで引きこもり気質なやつにとってはただうるさいだけに思ってしまうのだ。

 人が多くて、無駄に疲れるだけ。


 思えば、前世の俺はこういう街を意図的に避けていた。


 まあでもこういうのが好きな人は多いからな。

 実際、今俺の目の前にもいるし。


「あ、レヴィさま! あれも美味しそうですよっ!」


「……メリーネ、お前楽しみすぎだろ」


「えへへ」


 両手いっぱい、紙袋に入った屋台の料理の数々を大切そうに抱えるメリーネがそこにいた。


 さっきから屋台の良い匂いにつられてはフラフラと。

 ものすごい食べっぷりである。


 メリーネはロイズの出店通りをこれでもかとエンジョイしていた。


「レヴィさまとネロさん、スラミィも食べましょう? ほら、これとか美味しかったですよっ!」


「お、イカ焼きか」


「どうぞどうぞっ!」


 メリーネが紙袋から取り出した串に刺さったイカ焼きを受け取る。タレの匂いとイカの匂いが食欲をそそり、腹が鳴り出しそうだった。


 かじりつくとイカの旨みが口いっぱいに広がる。

 さすがは港町といったところか、新鮮さを感じるようなかなり美味しいイカ焼きだった。


「うまい」


「えへへ! ですよねっ! ささ、ネロさんとスラミィもどうぞどうぞっ!」


「い、いただきます。……うへへ、この体になって1番嬉しいのは、美味しいご飯を食べれるようになったことかもです」


「うんうん、スラミィもネロの気持ちわかるよ! 人間の食べ物って、美味しいよね〜!」


 そんなふうに俺たちも周囲の人に負けず劣らず賑やかに街を歩いていく。

 いつのまにか、俺とネロのこういった場所に対する苦手意識はなくなっていたような気がする。


 結局、仲の良い誰かと一緒だからこそ楽しめるんだよな。こういうのって。


 俺とネロはほどほどのところで買い食いをやめたが、メリーネは美味そうな屋台を見つけるたびに買っていく。

 彼女は食いしん坊というか、かなり食べるタイプだ。

 しかし、それにしても限度はある。

 ずいぶん食べているのでそろそろ満腹になってきた様子であった。


「ふう、たくさん食べました。レヴィさまとネロさんは、あまり食べなかったみたいですけど良いんですか?」


「ああ。十分食べたよ。それに、この後この街を治める貴族に会いに行くんだ。校長先生から書状を送ってくれているらしいし、夕飯も含めた歓待くらいあるだろ」


 俺がそういうと、メリーネの表情がぴしりと固まった。


「――レ、レヴィさま! そんな、歓待なんて……美味しい夜ご飯が出るなんて聞いてませんよっ!!??」


「いや、少し考えればわかりそうだけど」


「うわーん! 目の前の屋台に気を取られてそこまで思い浮かばなかったですー!!」


 メリーネは、さめざめと泣いた。


「もうお腹いっぱいなんですよー! 貴族様の歓待! 高級で新鮮な海の幸! 食べれないなんて嫌ですー!!!!」


「そんなん言われても困る」


「うわーん!!!!」


 メリーネは、号泣した。

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