勝ち

「レヴィ氏、なかなか良いパワーですな!」


「効いてなさそうだけどな」


 立ち上がったマックスを見ると、やはりというかなんというかダメージはなさそうだった。


 俺の『劫火炎槍』でわずかなダメージにしかならないのだから、当然と言えば当然ではあるが。

 ただ殴っただけだし。


「しかし、素晴らしいですぞ。魔法使いとしては紛れもなく至高の領域。戦士としても今の一撃からして相当なもの。それがレヴィ氏の神器の力ですかな?」


「さてな」


「ふむ。しかし両持ちはこの世界でただ1人。であれば、やはり神器の力と見るのが自然ですぞ」


 転生者であるマックスなら、そりゃあわかるよな。

 だってゲームにおいて魔力と闘気の両持ちは主人公であるジークただ1人と、明言されているのだから。


「知られたところで何かが変わることもないし、隠す必要もないけどな」


「その通りですな。しかし、それがレヴィ氏の神器のすべてとは思えませんぞ。であれば、何もせぬままやられてしまう前に拙者も使いましょうぞ」


 ――来るか!


「これが拙者の力。まずは手始めに――!!」


「!」


 ――速い!


 さっき以上の速度で迫るマックスに、俺は闘気を纏ったまま即座に対応する。


「『レーヴァテイン』!!」


 右手に炎の剣を呼び出して、迫るマックスの拳を受け止める。


「ふんっ!!!!」


「っ! 重いな!!」


 かなりのパワーに押し込まれそうになるが、俺は握る炎剣に力を込めてマックスを弾き返す。


「ふぅ、なかなかの火力ですな。熱い熱い」


 マックスの拳には大きな火傷跡ができていた。

 熱を冷ますように、手をぷらぷらと振っている。


 過重魔法によって威力を高めた『レーヴァテイン』は、さっきの『劫火炎槍』よりも強力だ。

 そんな炎剣と生身の拳で鍔迫り合いをして、この程度のダメージで済むのか。


 本当に呆れるほどの耐久力。


「速いし、重い。だが、これくらいならメリーネの方がよっぽど強い」


 俺は何度かメリーネと模擬戦をしている。

 だからこそわかるが、耐久力はともかく速度と力はメリーネの方がまだまだ上だ。

 それも圧倒的に。


 だからこそ、俺は警戒する。

 七竜伯に名を連ねる男。それがこの程度なわけがない。


「おっと、これは手厳しい。ではもう少し本気を出しますかな――!!」


「だよな! まだ上がるよな!」


「ぬははははははは!! それそれそれそれそれ!!」


「くっ!」


 乱打乱打乱打乱打乱打乱打。


 四方八方から迫り来る攻撃に何とか対応する。

 すでに闘気開放を使っている俺は、戦士として全力の力で対処していた。


 実は神器によって闘気を得られるようになってからメリーネに剣を教わっていた。

 それが今、かなり役立っている。


 マックスの速度がさらに上昇していた。

 力も強化され、驚くべきことにもともと超人的だった耐久力すらも向上しているようだ。


 マックスの攻撃を炎剣で受けているというのに、彼の拳は新しい火傷を負っているようには見えない。


 そして、驚くべきことはもう1つ。


「マックスさん、闘気を使ってないですっ!!」


 メリーネの驚愕の声が聞こえる。


 そうなのだ。

 この男、今の今まで闘気を一切身にまとっていない。

 正真正銘、生身だ。


 生身の身体能力だけでこれほどの強さを発揮している。


「おかしい、だろ!」


 そんなことは絶対にあり得ない。

 ロータスが人類としての最高峰と称したメリーネですら、闘気を使わずにここまでの動きはできない。


 たしかにマックスは身体能力が高そうな姿をしている。

 筋肉だし。

 しかし、それにしても限度がある。


 闘気を使わずに圧倒的な身体能力を発揮する生物は、たしかにいる。

 魔族や魔物だ。

 だが、マックスは人間。


 明らかな異常。

 であるならば、そこには必ずからくりがある。


「それが、お前の神器の力か――!!」


「ぬはははは! その通りですぞ!!!」


 マックスの攻撃が止む。

 彼は大仰に手を広げた。すると、彼の背後の空間がガラスのように割れ、そこからぞろぞろと魔物が現れる。


 ハーピィ、ナーガ、セイレーン、アルラウネなど。

 そのすべての魔物が、人間の女性のような特徴を備えた姿をした魔物たち。


 魔物たちからは、それぞれかなりの力を感じる。


「拙者の神器は『絆の魔器』!! 嫁たちのステータスを拙者に上乗せする神器ですぞ!!」


「!」


 魔物のステータスを自身に上乗せする神器。

 ステータスは、この世界をゲームとして知っているマックスがわかりやすく考えたであろう特有の表現だろう。

 実際の能力としては、配下の魔物の身体能力や魔力などを自身に上乗せするもの。


 であれば、マックスの身体能力の高さにも納得がいくたいていの魔物は人間よりも身体能力が高いのだから。


 さっき彼はと言っていた。

 それはつまり、魔物7体分の身体能力ということなのか。


 だとすればいったいどこまで上がるのか。

 今目の前に現れた魔物の数は、10だ。

 7体分でこれほどの強さなのだから、フルパワーになればどれほど無茶苦茶な力を発揮するのだろうか。


「おっと、安心するといいですぞ。嫁たちは戦闘には介入させませんからな。あくまでこれは拙者とレヴィ氏の一騎打ちゆえ」


 マックスがそう言うと、彼の背後にいた魔物たちは溶けるようにその姿が消えていく。


「ぬかせ。弱点を隠しただけだろ」


「ぬはは! やはりバレバレですな!!」


 マックスの神器『絆の魔器』の弱点なんて、一目見てわかる。

 配下の魔物だ。

 マックスにステータスを加算させている魔物を倒せば倒すほど、同時に彼は弱体化していく。


 だからさっさと退場させたのだ。

 俺に魔物たちを倒される前に。


「そして、もう気づいていると思いますが拙者には闘気がない。つまり、これが使えるということ」


 マックスは、俺に向けて手のひらを向ける。


「『風旋砲』!」


「魔法か!」


 渦を巻いて周囲を巻き込みながら迫り来る風の大砲。

 それに対して、俺は『レーヴァテイン』を振りかざすことで消し飛ばす。


 しかし、その隙をマックスは見逃さない。


! ここですぞ!」


「っ! ――『竜炎装衣』!!」


「おっと」


 今まで以上の速度を発揮して背後から狙うマックスに対して、俺はとっさに『流炎装衣』を使うことで対処した。

 それもただの『流炎装衣』ではなく、再編魔法によって威力を極限まで強化されたもの。

 その名も『竜炎装衣』。


 これにはさすがに危険を感じたようで、マックスは退く。


「ふうむ。自動追尾の極めて強力な攻勢防御魔法。その魔法はなかなか厄介そうですな。今の拙者でも容易には近づけそうもない」


「本当かよ」


 まともに当てたわけではないが、『レーヴァテイン』と拳で接触して無傷なマックスだ。

 果たして、この『竜炎装衣』がどこまで効くのか。


 本当に厄介などと思っているのか疑わしい。


「しかし、どうするのですかな? 近接戦闘なら拙者が有利。レヴィ氏の魔法も、はっきり言って嫁の力を借りた今の拙者にはあまり効きませんぞ。その防御魔法も、強力ではありますが無視できないほどではない。本気の拙者は、単純なステータスであれば七竜伯の中でもに並びますからな」


「そうみたいだな」


 だが、やりようはある。

 膨大な魔力を右腕に集め、その神器に秘められた能力を使う。


「潰れろ」


 ――魔力転換・重力。


「ぐっ!? これは……!!」


「お前にかかる重力を10倍にした。お前ならいずれ慣れるだろうが、すぐには動けないだろ?」


 身動きの取れなくなったマックス。

 作り出した隙を逃すはずもなく、俺は次の手を打つ。


 右手に持つ『レーヴァテイン』へと莫大な魔力を注ぐ。

 やがて過剰な魔力が飽和し、術式を保てなくなった炎剣は空間すら軋ませるほどの圧力を生み出す。


 意図的な魔法の暴走。


 リルフィオーネとの戦いでも行ったそれを、マックスにもぶつける。


「さすがにこれは効くよな。そら、爆ぜろ!」


「!?」


 投げつけた『レーヴァテイン』が着弾と同時に大爆発。

 演習場を揺らす衝撃がマックスを包んだ。


「もう1発だ!!」


 さらに暴走させた『レーヴァテイン』を発動し、続けてマックスに投げ込む。


 再びの轟音。


 これならさすがのマックスも無傷とはいかないだろう。

 今までのあいつの耐久力を見ていれば死ぬことはないと思って、遠慮なくぶち込んだがさて。


 やがて砂煙が晴れると、そこには全身をボロボロにしたマックスが膝を突いていた。


「ゲホッ、ゲホッ……よ、容赦ないですな、レヴィ氏。拙者でなければ死んでましたぞ」


「お前だから使ったんだよ」


「ハァ、ハァ。それは、光栄ですな。ぐっ……!」


 息も絶え絶えな様子のマックス。

 これは、俺の勝ちってことでいいよな。これ以上やるならそれはもう殺し合いだ。


「ここまでだな。ドレイク、はっきり言って想像以上だったぞ。『変態』などと名乗るふざけたやつだが、プロテーンの実力は本物だ。七竜伯を相手によもや打ち負かしてしまうとは」


「今回は勝てましたが、次はどうかはわかりませんよ」


 10回やって10回とも勝てるような相手ではなかった。

 おそらくまだ隠している能力もあるだろうし、これが七竜伯の実力のすべてなどとは思えない。


 だけどまあ、今回は勝てたのでそれは素直に喜んでおこう。

 この世界の最上位層に位置する強者である七竜伯から勝ちを拾えるなら、俺の努力は間違ってなかったということ。

 しっかりと結果が出てよかった。


 マックスの能力も知れたし、この模擬戦は俺にとっても得るものが大きかったな。


 俺はマックスにかけた重力を解除して、膝を突く彼へと手を差し伸べた。

 マックスは俺の手をがっしりと掴む。


「いやはや、本当に強かったですぞ。遠距離、中距離、近距離、攻守すべてにおいて隙がない。今すぐでも七竜伯になれるのではないですかな」


「別に七竜伯の座に興味はないよ」


 何もしなくてもドレイク侯爵家の当主になれるのだから、それ以外の地位も名誉も金もいらない。

 死亡ルートを跳ね除けるだけの運命とか力とか、俺が欲しいのはそれだけである。


「さすがレヴィさまですっ!」


「し、七竜伯に勝つなんて。すごすぎます!」


「ご主人様かっこいー!!」


 メリーネたちがわいわいと盛り上がる中、フロプトが俺の元へとやってきた。


「ドレイクよ、お前の力を存分に見させてもらった。よくぞその若さでそこまでの高みまで至ったものだ。賞賛に値する」


「なんとか、うまくいっただけですよ」


 ただ死にたくないのでがむしゃらに努力しただけ。

 メリーネのような切磋琢磨する仲間がいたのも大きかった。

 ここまで強くなれたのはたまたま、運が良くて上手くいっただけだ。


「まったく、謙虚だな。可愛げがない。だが、若者はそれでいい。その強さに満足せずより高みを目指すのだ」


「もちろんです」


「では『竜の剣』のこと、お前に任せたぞ」


「はい」


 俺が答えると、フロプトは満足げに頷いた。

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