死なない程度に

 フロプトの話から一夜明け、次の日。


 たった1日だけクラスメイトだった同級生が授業を受けている時間、俺とメリーネとネロの3人で寮の部屋に集まって話し合いをしていた。


「なんだか、サボっているみたいで落ち着かないですね」


「気持ちはわかるな」


 そわそわとするメリーネに苦笑する。


 つい昨日までは学生気分だったのだ。

 いきなり卒業して、これからは学生ではないので授業を受けるも受けないも自由で良いなんて言われてもである。


 すっぱりと簡単には意識は切り替わらないよな。


「ところで、レヴィさまはどうして校長先生の話を受けたのですか? レヴィさまって実はあんまり戦いが好きじゃないですよね」


「バレてたか」


 首をかしげるメリーネにそう言うと、彼女はふふんと胸を張る。


「これがわたしの分析力ですっ! レヴィさまのことはよく見ていますから!」


 メリーネの言葉に、ネロはびっくりした顔をする。


「え!? レ、レヴィさんって戦闘が嫌いなんですか!? 僕、てっきり戦うことが大好きな戦闘狂かと……」


「いやまぁ、戦うこと自体はとくに好きでも嫌いでもない。俺は単純に死にたくないから、危険な敵とは極力戦いたくないだけだ」


「で、でも、ダンジョンの攻略をしようなんて、死にたくない人は思いませんよ」


「それについては、神器が欲しかったからだ」


 神器がないとこの先の魔族との戦いで死ぬからな。

 この世界での俺の命はとにかく軽いから、備えとしてどうしても必要だった。


 ダンジョン攻略でSS級の魔物と戦う危険を選ぶか、いずれ訪れる魔族との戦いに神器を持たず巻き込まれるかであれば当然ながらダンジョンの方が危険は低い。


「神器があれば、上級魔族が相手でも死ぬ危険は減るだろ?」


「た、たしかに。リルフィオーネみたいなのにまた襲われたら、神器がないと死んじゃいますよね」


 ネロは、納得した様子でこくりと頷いた。


「それで、なぜ校長先生の話を受けたかという話だったな」


「そうですそうです」


「メ、メリーネさんも一緒になって頷いてましたよね」


「わたしはレヴィさまがあのお話を受けそうだなあって、雰囲気で感じ取ったので。レヴィさまが断るならわたしも断ってましたよ」


「そ、そうですよね。やっぱり、レヴィさんがやると決めたことなら、安心できますからね」


「なんたってレヴィさまですからねっ!」


 メリーネとネロがうんうんと頷きあう。

 こいつらそんなこと言ってるけど、俺が神器を一緒に取りに行くぞと言ったときはそれぞれ動揺してたり拒否反応を示してたりした気がするんだが。


 まぁ、それだけの信頼関係が出来上がってると前向きにとらえることにしよう。


 俺はこほんと咳払いをして、2人に言う。


「理由としては単純。これから起こる魔族との決戦――その準備を進めるために、今回の話は都合が良かったからだ」


「魔族との決戦ですか!?」


 メリーネがびっくりした様子で声を荒げる。


「そ、そんなことが、起こるんですか」


 ネロは、怯えるようにカタカタと震えた。


 魔族との決戦が起こるというのは、もちろんゲーム知識から来る情報だ。

 いくら婚約者であるメリーネと、仲間のネロとはいえ、前世の記憶とかこの世界がゲームだったなんて荒唐無稽な根拠は話せない。


 だが、それ以外でも俺は明確な根拠を得ている。


「神器を与えられるとき、女神が言っていた。魔族を倒し、滅びを回避しろとな」


 正確には滅びの運命を覆せという話だったが、人類の滅びの原因が魔族なのだから意味合いとしては同じだ。


「それに昨日の校長先生の魔族が増えているという情報もある。実際、俺たちはたった1年の間にケール村の魔族やリルフィオーネと戦ってきた。これだけの要素があれば、近いうちに大規模な魔族との戦いがあると推測できるだろ?」


「そ、そんな未来なんて、僕には怖くて思いつきませんでした。でも、改めて考えてみるとレヴィさんの言う通りです」


「それに備えて、今のうちに魔族の数を減らしたり弱点を探ったりしたいってことですね! さすがレヴィさまです!」


 そんなたいそうなことではなく、答えを知っているからこそのずるい推測である。

 なのでさすがとか言われても居心地が少し悪い。


「そんなわけでだ。俺には家族や領民、守りたいものが多くある以上どうせその戦いにも巻き込まれる。ならば、こっちから先手を打って準備を進めておくべきだろ?」


「じ、自分から危険に飛び込んでいるように思えますけど、実際はちゃんと準備しておいた方が死ぬ確率は低くなりそうです」


「先の先まで、見据えてのことなのですね!」


「ああ」


 とは言ったものの、今まで話したことはぶっちゃけ本音ではなく建前だ。


 準備して備えておくというのは間違いではない。

 だけど、その方向性が少し違う。


 俺は魔族の個体数を減らすことやら弱点を見つけるやらといったことをしたいわけではなく。


 ただ単純に魔族による被害を減らしたいのだ。

 ゲームでは主人公であるジークの周りでさまざまな事件が起こる。

 だけど、ジークが関わらない学園の外でだっていくつもの事件が起こるのだ。


 とある町が魔族に滅ぼされただの、魔族との戦いで誰が戦死しただのと。

 物語の中で、ナレーションのたった一行でしか語られない被害者たちがこの世界にはたくさんいる。


 俺は思うのだ。

 この学園にいては救えない、そういったところを今の俺なら助けることができるのではないかと。


 もしかしたらその先で、本来の運命では敵に洗脳されてしまったり殺されてしまったりするネロやイブのような、人類の希望となれる才能を拾うことができるのではないかと。


 それはきっと、ジーク主人公ではなく転生者悪役だからできることだ。


 もちろん、最優先は自分の命。

 そしてそれと同じくらいに大切なメリーネやネロ、家族たちの命。

 それは決して間違えることはない。


 だけど人を助けられる力が自分にあって、手を伸ばせば助けられる人がそこにいて。

 それを黙って見過ごせられるほど俺は達観できない。


 良くも悪くも、俺は普通だ。

 多少力を得ただけの普通の悪役だから、無理のない範囲でやりたいようにやるだけだ。


「まぁ、死なない程度に頑張るぞ」


「はいっ!」


 俺の言葉に、メリーネとネロは揃って元気のいい返事を返した。

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