フィールドワーク
「現実的な話として、お前らはここで学ぶことないだろ」
そのフロプトの言葉に、突然の卒業発表によって動揺していた俺はたしかにと納得してしまう。
「はっきり言って、この学園の教師の中にドレイクよりも優れた魔法使いはいない。我なら教えられることもあるだろうが、我は生徒を取ることはないしの。忙しいから」
フロプトの言葉は何ひとつ間違ってはなく。
ダンジョンを完全攻略できる実力者である神器持ちの魔法使いに魔法を教えるなど、そんなのは七竜伯クラスの力がなくては話にならない。
「リンスロットについても、『二代目剣聖』に剣を教えるなんて誰ができると言うのだ。そんなのいたらやばいだろ」
「た、たしかに……!」
メリーネもまたその言葉にハッとした様子で同意する。
そもそも、彼女にはロータスという師匠がいるのだ。
剣聖に剣を教わっている二代目剣聖のメリーネに剣を教えることのできる奴がいるなら、そいつは何者だよって話である。
「うぅ、わたし卒業するのかあ。結構楽しみだったのにな。レヴィさまと学生らしいあんなことこんなことがしたかったです……」
メリーネはがっくりとうなだれた。
制服も気合い入れて特注したみたいだし、本当に楽しみにしていたのだろう。
さすがに可哀想だ。
「校長先生、たしかに俺はこの学園で魔法を教わる必要はないかもしれません。ですが、学びというのは魔法だけではないと思います」
「そうだの。魔法以外にも歴史や語学、魔道具作成などいくらでも学べることはあるだろうな」
「それなら、別に卒業する必要はなかったのではないですか? そもそもウォーデン学園は一部の必修科目以外、学びたい授業を個々が自由に選択して勉強する形式ですよね」
ウォーデン学園は単位制の学園で、必修以外の授業は好きなように選ぶシステムだ。
自身の家業や将来やりたい仕事を想定して、興味ある授業や役立つ授業だけを学ぶことができるのである。
なので最初から魔法の授業を選ばないという選択がとれる。
たしかに魔法についてこの学園で学べることはないかもしれないが、別に俺は全知全能ではない。
知っていることと知らないことでは、当然ながら知らないことの方がはるかに多い。
魔法以外の授業であれば、学べることは多いのだ。
「まあ待て。別に、学びを妨げるつもりはない。それでは、
「ええっと、でも、卒業なんですよね?」
メリーネが首をかしげる。
「ああ、ウォーデン学園の
そう言ってにやりと笑ったフロプトは、机の引き出しから2つの
銀製で、杖と本に花冠が象られている。
「これは?」
「ウォーデン学園の研究者としての身分を示すものだ。この学園都市において、正式な研究者として認められた者にのみ与えられる」
「研究者……」
ウォーデン学園のシステムは前世の日本で言うところの大学と近い。
それは教師に関しても同じこと。
ここの教師は生徒に勉強を教える専門職ではなく、その本質は研究者である。
各々が研究してきたことを生徒たちに教えるというスタンスをとっており、教えることは教科書に載っているものではなく自身の研究成果。
自身の知識をエレイン王国の未来へと繋げる仕事だ。
それゆえ、このウォーデン学園の研究者は各分野で功績を認められたエリートが揃っている。
「研究者って……つまり先生ですよね。わたしが学園の生徒たちに剣を教えればいいのですか?」
「その辺は、とくに強制することはない。もちろん、授業を持つというのであれば好きにすれば良いがの」
フロプトは手持ち無沙汰にひげを撫でながら続ける。
「研究者といっても、全員が全員生徒に勉強を教えているわけではないのだ。その本懐はあくまでも研究。研究者が授業を持つのも、言ってしまえば見返りとして出される研究資金のためだ」
「そうなのですか?」
「ああ。実際、ウォーデン学園で教鞭をとっている研究者はこの学園都市の研究者の1割ほどだからの」
1割となるとかなり少ない。
とはいえ学園都市の中心的な施設はこのウォーデン学園で間違いないが、それ以外にも研究施設は山ほどある。
それを考えればあたりまえの話だ。
研究者が全員教師なんて、そんなの教える側が多すぎて講義の数がおかしなことになってしまう。
「教師としての役割を求めていないのであれば、校長先生はいったい俺たちに何をやらせようと言うのですか?」
「単刀直入に言うと、フィールドワークだな」
「フィールドワーク、ですか?」
首をかしげて疑問を浮かべるメリーネに、フロプトは少し顔を曇らせて続ける。
「――昨今、魔族の目撃情報が増えている」
「魔族――!」
まさか、ここでその名前を聞くとは。
「ドレイクにリンスロット。お前たちなら、心当たりはあるだろう?」
フロプトの問いかけ。
おそらく、ケール村の1件のことだ。
すでに王家には父上を通して報告が入っているので、七竜伯であるフロプトなら知っていて当然だろう。
リルフィオーネのことは、誰にも言っていないから違うはずだ。
フロプトの口ぶりからあのケール村の1件のようなことが、各地で起こっているのだろう。
そしてそれは、ゲーム知識を持つ俺にも心当たりのあることだった。
ゲームではやがて人類と魔族の全面戦争に発展するが、その前から少しずつ魔族による被害が増えていく。
今は、ちょうどその時期だ。
「魔族の目撃情報が増えているが、奴らは神出鬼没だ。それでいて、強力な力を持つゆえに対応はどうしても後手に回る」
「あいつらは突然現れますからね」
「その通りだ。正直な話、王家はこの事態への対応に苦慮している。なにせ、生半可な者では魔族には敵わない。かといって、神出鬼没の敵を相手するために七竜伯のような特級戦力を闇雲に動かすこともできない」
「なるほど、それで俺たちってことですね」
話が読めたぞ。
「七竜伯のような立場を持たないために身軽で、戦闘能力は申し分なく魔族に遅れをとることもない。神出鬼没の魔族に対して、しがらみもなく即応可能な準七竜伯とも言える戦力。……適任ですね」
「ふっ、ドレイクはさすがに理解が早い。やばいな」
にやりと笑うフロプト。
「レヴィさま、どういうことですか?」
首をかしげるメリーネに、答える。
「要するに。神器を持つ俺たちを生徒として遊ばせる時間がもったいないから、さっさと卒業させてしまおうってことだ。そして、校長先生の指揮下である研究者という立場を与えることで、対魔族の即応部隊として運用しようという話だな」
「な、なるほど。つまり、国中を巡って魔族を倒して回れってことですねっ!」
「まぁ、そうだな」
メリーネのわかりやすい物言いに苦笑する。
学園都市の支配者であるフロプトにとって、研究者はわりかし自由に動かせる部下という立場になる。
なにせ研究総長だからな。
だから、俺たちを研究者にする。
名目はさしずめ『魔族研究者』といったところか。
そしてその仕事として、魔族を倒して回るフィールドワークをこなしてほしいと。
要約すると、そういう話だ。
ずいぶんと強引だが、事実として俺たちを数年間も生徒としてこの学園に留めるよりはそうした方が世のため人のためになる。
それについては俺としても納得しかない。
なにせ神器を手に入れた俺たちは、ゲームで言えばすでに終盤の強さを手に入れているのだ。
序盤のイベントをちまちまとこなしても意味がない。
ただの時間の無駄である。
「責任者は我だ。だが、これは『変態』の提案により決まったもので、王家――竜王女殿下が主導して形になった話だ。王家からの十分な報酬も期待して良い。それに、研究者でも生徒と同じく授業に出ることはできる。フィールドワークの合間に、学びたいことがあれば勉学に励む時間を過ごしても構わない」
たしかに、それなら勉強はいくらでもできそうだ。
メリーネが楽しみにしていたという学生らしいことも経験することができるだろう。
「名付けて、対魔族即応部隊――竜の剣。
俺とメリーネはどちらからともなく目を合わせると、頷きあう。
そして、目の前に置かれた銀章を手に取った。
「――さすがに、やばいの」
フロプトはにやりと笑った。
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