史上最速

 やはりメリーネも校長に呼ばれたらしく、道中で合流した俺たちは校長室へと足を踏み入れた。


 そこにいたのは豊かなヒゲを蓄えた、白髪の老人だった。

 右目に眼帯を付けているこの男が、ウォーデン学園の校長だ。


「ふむ、来たか」


「お呼びと聞き伺いました。新入生のレヴィ・ドレイク、並びにメリーネ・コースキー・リンスロットです」


 椅子に座って出迎える校長に俺が言うと、メリーネも隣でぺこりと頭を下げた。


「礼儀の正しい子供だな。感心感心」


 校長は機嫌良さげに頷く。


「我はフロプト・ルパンデュ。この学園の長であり、学園都市の研究総長であり、『賢者』の名を戴く七竜伯だ」


「し、七竜伯――!?」


 メリーネがびっくりした顔をする。


「すごいですよ、レヴィさま! 賢者様です。すごいなあ。師匠もそうでしたけど、本物の七竜伯はやっぱり雰囲気から違いますね!」


 嬉しそうな様子でこそこそと言うメリーネ。


「マックスのときとは反応が違うな」


「……あの人はちょっと、あんまり尊敬できないというか」


「気持ちはわかるが」


 公衆の面前で上裸をさらし、自らに『変態』なんてふざけた2つ名をつける男だ。

 実際の能力は七竜伯として相応しいものがあるのだろうが、七竜伯の持つ英雄的な雰囲気はかけらもなかった。


 英雄譚が好きで、七竜伯に憧れがあったメリーネですらこの反応。哀れなやつである。

 もっとも、マックス本人は自分がどう思われようとも気にしないタイプだろうけど。


「とにかく、賢者様といえば多くの英雄譚に名前を残す最古の七竜伯ですよ! 人間でありながら1000年以上を生きたとされる生きる伝説です! 単独の戦力としての武勇はもちろん、軍師としても数々の戦いをエレイン王国の勝利へと導いてきた救国の英雄。この世のすべてを知る賢者!」


 メリーネが目をキラキラとさせて語る。

 英雄譚が好きなだけあって、めちゃくちゃ詳しいな。


「なんじゃ、ずいぶんと我のことを知っておるな。今時の若者にもよく知られておるとは。さすがは我、やばいの。リンスロットよ、サインでもいるか?」


「い、いいんですか!?」


「よいぞ」


 そう言うと、フロプトは机の引き出しを開けた。

 ちらりと見えたその中には、これでもかと大量の白紙の色紙が詰め込まれていた。


 彼は色紙にペンを踊らせ、手慣れた様子でさっとサインを書く。


「こんなもんだな」


「わあ!」


 崩されすぎてまともに読めない無駄にスタイリッシュなサインであった。

 端の方には2羽のカラスと2頭の狼のイラストが描かれており、宛名には『栄光を継ぐ銀色の剣へ』と書かれている。


 それを手渡されたメリーネは大切そうに抱えて喜んだ。


「さすが、我。サインを書くだけでここまで人を喜ばせてしまうなんて、さすがにやばいのう」


「これが『賢者』かあ」


 ――『賢者』フロプト・ルパンデュ。

 ゲームでも大活躍だったこの老人は、強力な魔法を操る七竜伯の1人。

 それに加えて、1000年を生きた経験と蓄えた知識によってエレイン王国で1番の軍師としても力を振るう。


 だが、そんな彼の性格はひとことで言うと――


「はあ、やばすぎてやばい。我はまさしく、女神に愛された男だ」


 ――キザなナルシストのジジイだ。


 俺は小さくため息を吐く。

 ゲーム知識でわかっていたことだが、こうして対面するとやはりクセが強い。


 まぁ、これでも優秀で、魔族との戦いでは彼がいないと始まらないくらいには活躍するのでいいのだが。


「それで、校長先生。俺たちを呼んだ理由を聞いてもいいですか?」


「おっと、そうだったそうだった」


 俺が尋ねると、フロプトはこほんと仕切り直すように咳払いをする。


「では、単刀直入に聞こう。ドレイクにリンスロット、それと後ろのメイドもだな。――神器を持っておるな」


「な、なんでわかるのですか!?」


 フロプトの言葉に、メリーネが驚愕する。


「我はな、目が良いのだ」


 そう言って、フロプトはもったいぶったゆったりとした動作で右目の眼帯を外す。

 そこにあったのは緑色の左目とは異なる、灰色の右目。


 彼の右目が、怪しく光った。


「ま、まさか! 師匠と同じような神器ですか!?」


 メリーネの師匠であるロータスの神器は、未来予測の能力を持つ義眼型のもの。

 それを知っているからこそのメリーネの疑問に対して――フロプトは首を横に振った。


「いや、我の神器は杖だ。これはただ、オシャレでつけてるだけ」


「な、なんでこんなに思わせぶりに、取ったんだろ……」


 ネロの呟きに答えるものはいない。

 フロプトはキメ顔で目を怪しく光らせ、早とちりしたメリーネは無言で顔を赤くしている。


 仕方ないので、俺からこの沈黙を破ることにする。


「ともかく。校長先生は俺たちが神器を持っていることを知れるような、魔法か何かの能力を持ってるってこといいですよね」


「ああ、やばいだろ?」


「そうですね。それで、俺たちを呼んだ理由が神器を持っていることだとするなら、それについて何か聞きたいことかやらせたいことがあるんじゃないですか?」


「話が早いの。やはりドレイクは優秀だ」


 フロプトはうんうんと満足気な頷く。


「本題の前にの。まずはこれを2人に渡したい」


 そう言って2枚の書類を取り出したフロプト。

 俺とメリーネはそれを受け取ると――2人揃って驚愕した。


「……メリーネ、これ」


「レ、レヴィさま」


 思わず顔を見合わせる。

 そしてすぐに、にやりと笑うフロプトへと視線を向けた。


「おめでとう、2人とも。――お前たちは今日をもってウォーデン学園の生徒を卒業だ!」


「――さっき入学式してきたばっかなんですけどっ!!!???」


「ちなみに史上最速だ」


「ぜんぜん嬉しくないっ!!!!!」


 メリーネの絶叫が、校長室に響く。


 俺たちが手渡された書類。

 それは、ウォーデン学園の卒業証書だったのだ。

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