まことに失礼
俺は与えられた寮室のベッドの上に寝転んだ。
「何というか、少し肩の荷が降りたな」
この世界に転生して初めて主人公であるジークを見た。
しかし、その魔力量は俺と比べるべくもなかった。
ジークの場合は魔力だけでなく、闘気を同時に扱えるため魔力量だけで力量のすべてを計れるわけではない。
それに、ゲームで言えばまだ始まったばかり。
言うなれば今のジークは成長する前の初期ステータスだ。
だが、現状で言えば間違いなく俺の方が強い。
それも圧倒的に。完膚なきまでに。
ジークはこれから成長していくだろうから油断はできないが、それは俺も同じこと。
俺だって神器を手に入れたからといって努力をやめたわけではないのだ。
その証拠に神器の獲得によって人間の限界すら超えて増えるようになった俺の魔力量は、神器獲得前と比べてはるかに高まっている。
「まぁ、ハナから敵対する気はなかったが」
レヴィの死亡ルートのほとんどで直接的な死因になるジークに、天地がひっくり返っても害される心配はないという確信を得られたこと。
それは間違いなく、
「さすがに安心した。努力をした甲斐があったというものだな」
ふっと息を吐く。
だが、これで完全に気を抜くわけにもいかない。
ジークが俺の命を脅かす可能性は少なくなったが、他にも魔族など危険が多いのだ。
勝って兜の緒を締めよ。
忘れてはいけない。
この世界における、俺の命の軽さは紙風船。
肝に銘じておかなければな。
「レ、レヴィさん。部屋の支度、終わりましたよ」
「ん、そうか」
ネロの声に、がばりと体を起こす。
メイド服姿のネロが寝室のドアの前でぺこりと頭を下げた。
「ネロ。お前は俺の使用人ということでここに来てるが、別にメイドの仕事はしなくてもいいんだぞ?」
彼女に使用人の役割は別に求めていない。強いていうならば護衛といったところだろうか。
この学校にいる間は、メリーネが俺の護衛として動くことができないからその穴埋めだ。
なので、メイドの仕事はしなくてもいいのだ。
なんなら部屋でゴロゴロしてるだけでも俺は別に何か文句を言ったりする気はない。
「うへへ、僕がレヴィさんのお役に立ちたくて、やってるだけなので。そ、それにスラミィと一緒にメイドの仕事をするのは、楽しいので」
「まぁ、ネロがやりたいのなら構わない。助かるよ」
「は、はい! レヴィさんのためなら、なんでもしますので頼ってください!」
「お、おう」
ネロはずいぶんと気合が入ってるらしい。
スラミィはまだメイドとして未熟だし、エルヴィンにかかる負担が大きかったのでやってくれるならそれはそれでありがたい。
ネロの仕事ぶりがどうかは知らないが、いないよりはエルヴィンもきっと助かるだろう。
ウォーデン学園にはいくつかの寮がある。
従者を連れてきた上位貴族用の広い部屋が入った寮と、それ以外の1人で暮らすことを想定した寮。
俺の場合はもちろん前者の上位貴族用の寮である。
キッチンが付いたダイニングに、リビング、空室が2つに従者用の部屋が2つ、加えてトイレとシャワーが付いたかなり大きな部屋だ。
その分家賃が高いが、上位貴族にとってはとくに困るような額でもない。
空室はそれぞれ魔法の研究室と寝室にしている。
従者用の部屋は、ネロとスラミィの2人部屋とエルヴィンの1人部屋で男女に分けてある。
……ネロが女判定で良いかは諸説あるかもしれないが、スラミィも純粋な女ではないのでセーフだ。
「レヴィ様、お待たせしました」
「おまたせしましたー!」
寝室を出てリビングに行くと、エルヴィンが頭を下げて出迎える。
それを真似するように、スラミィもぺこりと頭を下げた。
「ご苦労だったな」
借りたばかりのリビングはずいぶんと殺風景だったが、家から届けた荷物や家具を綺麗に配置してくれたようでとても過ごしやすそうな空間になっていた。
「エルヴィン、2人の働きはどうだった?」
「ネロさんもスラミィも、良い働きぶりでしたよ。私もかなり楽をさせていただきました」
「ご主人様、スラミィ頑張ったよ! にへへ」
「そうか、ありがとうな」
自慢げに胸を張るスラミィの頭を撫でてやると、嬉しそうに笑う。
「エルヴィンはこの調子で引き続き2人に指導を頼む」
エルヴィンに言うと、彼は心得たとばかりにすっと頭を下げて答えた。
やはり熟練の執事であるエルヴィンは頼もしいな。
連れてきてよかった。
「さて、俺はこれから少し出る」
俺はそう言って、制服の上着を羽織る。
「レ、レヴィさん、どこに行くんですか?」
「校長室だ」
「校長室!?」
俺が言うと、なぜかスラミィはびっくりした顔をする。
「スラミィ知ってるよ! それって、悪いことしたら呼ばれるやつでしょ!」
「そ、そうなんですか? レ、レヴィさん、あの、まだ初日ですよ?」
「さすがご主人様! きっと新入生の中で1番早いよ! それでそれで、どんなことしたの?」
「何もしてねえよ!」
何で俺が悪いことした前提なんだ。
俺ってそんなに悪いことしそうに見えるのか?
「そ、そうなのですか……? まことに失礼ながら、レヴィさまの顔的に私はてっきり本当に……」
「悪役顔で悪かったな! まことに失礼すぎるだろ!」
というか、エルヴィンは悪ノリするな。止めろよ。
なんだかんだこいつも、やっぱりジーナの父親じゃねえか。いい性格してるわ。
「はあ、そうじゃなくて、入学式のときに校長に後で話したいことがあるって言われたんだよ。別に怒られるわけじゃない」
「は、話ですか。いったいどんな」
「まぁ、だいたい予想はついてる」
ゲームの知識を持つ俺は知っている。
このウォーデン学園――ひいては王立学園都市コルヴァスの支配者である校長が何者なのか。
それを考えれば彼が俺を呼び出した理由も察しは付く。
おそらく、俺と同じようにメリーネも呼ばれていることだろう。
なにせ俺たちは――神器を持っているからな。
「一応、ネロも来てくれ。その方が話はスムーズに進むだろうからな」
「そ、そうなんですか? よくわかりませんが、レヴィさんが言うならもちろんついていきます!」
さて、俺を呼んだ校長――七竜伯の1人である『賢者』の顔を拝みに行くとするか。
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