3000倍

「へ、変態……!」


 みんな揃って息を呑む。

 まさか、こんなところで七竜伯の一角と遭遇するとは思っていなかった。


 自らを『変態』と名乗った筋肉の男――マックスはにっこりとした表情のまま俺を見た。


「うむ、うむ。貴殿がレヴィ・ドレイク氏であるな」


「そ、そうですが。何か俺に用があるのですか?」


「ふむ。用があったのですが、それは貴殿の様子を一目見ただけで解決いたしましたぞ」


「なんなんだいったい……」


 マックスはにっこりと笑うと、うんうんと1人納得するように頷いた。


 なんとも勝手なやつだ。

 しかし、予想外の邂逅かいこうとはいえこれは俺にとっても好都合だった。


 俺もこいつに聞きたいことがあったのだ。


「俺も、マックス様に聞きたいことがありまして――」


「――おっと、みなまで言う必要はありませんぞ。おそらく貴殿の疑問は、拙者が貴殿に抱く疑問と同じものでしょう。そしてその問いには、拙者は『是』と答えさせていただく」


「では、やはり……」


「それとついでに、貴殿であれば拙者に対して言葉遣いなど気にする必要はありませんぞ。呼びかけも好きなもので結構。なんと言ったって、我らはですからな」


 ずいぶんと抽象的な物言いだが、俺は彼の言っていることをすべて理解できた。

 この男――『変態』マックス・プロテーンは俺と同じ転生者なのだということを。


 マックスが俺に会いに来たのも、同じようにこの世界のレヴィ・ドレイクに対して転生者疑惑を抱いていたから。


 俺はこれまでゲームのレヴィと同じ動きなんてまったくしてきていなかった。

 転生者からしたら、同類なのではないかとすぐに思い至ることだろう。


「そうか。なら、マックス。1つこれだけは聞いておきたい。お前は、人類の味方か?」


「それは、愚問というものですな」


 マックスはにっこりと微笑む。


 その言葉を聞いた俺は、安心して息を吐いた。

 転生ものの漫画やアニメなんかで、自分以外の転生者が敵という展開はよくある。

 だが、現実となったこの世界でそれをされたら洒落にならない。


 七竜伯になるような実力者で、それに加えてゲームの知識を持つマックスが味方のようで良かった。


「では、拙者はこれにて。本日は入学式で新入生への激励の言葉を『賢者』氏より任せられておりましてな」


「……そうか」


 筋肉の塊で、『変態』の2つ名を持つ上半身裸の男。

 そんなやつが入学式の挨拶など、それは大丈夫なのかと思ったが口にはしなかった。


 マックスは俺たちに背を向け、ウォーデン学園の敷地内へと歩いて行く。


「さ、さすがは『変態』でしたね。な、なんというか、クセが強すぎて」


「あれで、七竜伯ですか……なんかやだなあ。師匠はすごかったのに」


 マックスの異様な姿を目撃したネロは頬を引きつらせ、メリーネは遠い目をしていた。


「レヴィ様も、新入生総代として挨拶があったのではないですか? 早く向かわれた方が良いかと」


「ああ、そうだったな。マックスのインパクトが強すぎて頭から抜けてた」


 エルヴィンに言われた通り、俺は今年の新入生でもっとも成績が良かったらしく首席入学となった。

 ゲームではたしか、ヒロインの1人であるエンデ辺境伯家の娘アネット・エンデがその役目だったはず。


 それが俺に代わったわけだが、それはそうなるだろうって感じだ。

 なにせ、神器を持つ俺と持たないアネットでは実力が雲泥の差だからな。


 多分、俺かメリーネのどちらかで考えた結果、教師たちが俺を選んだのだろう。


「さて、行くか」


「はい! ご一緒しますっ!」


 メリーネの元気な声を合図に、俺たちは全員で移動を開始した。





 入学式は滞りなく終わった。

 俺は用意された文章を読むだけだったから、とくに変わったことはなく。

 上裸の『変態』が登壇したときは会場がざわついたが、意外と普通のことを言っていたので特筆することもない。


 その後、クラス分けをされた俺たち新入生はそれぞれのクラスへと移動した。


「同じクラスでよかったですねっ!」


「だな」


 俺とメリーネは同じクラスに配属となった。

 成績が良い者から順番にクラス分けされていくので、主席である俺とおそらく次席のメリーネは当然同じクラスだ。


 といっても、このウォーデン学園の仕組みは日本で言うところの大学に近い。

 決められた必修科目以外は、それぞれが好きにカリキュラムを組んで勉強する仕組みだ。


 なので、クラス分けというのはそれほど大きな意味はない。


「さて」


 席が埋まり始めた教室をぐるりと見渡す。

 すると、ちらほらと見覚えのある奴らがいることがわかる。


「始まった、って感じだ」


 ぴんと姿勢を正して座る金髪碧眼の真面目そうな少女、アネット・エンデ。


 赤髪を2つに結び、好奇心旺盛に周囲をきょろきょろと見回しているエミリー・ミューリン。


 他にも『エレイン王国物語』に登場した人物が居並ぶ姿を見ると、否応にも物語の始まりを実感する。


「そして、あいつが」


 視線を一点に集中する。そこにいたのは、金髪の男。

 どこか落ち着かない様子でそわそわしている姿は、はっきり言って少し情けない。

 突然貴族社会に放り込まれた、どこにでもいるような普通の平民といった感じだ。


 だが、この男こそがこの世界でもっとも重要な存在。


 なんたってあいつこそが、この世界の主人公。


「――ジーク・ロンド」


 それがやがて世界を救う、勇者の名前。


 そして同時にほとんどのルートでレヴィ・ドレイクを殺す、俺にとっての天敵のような男。


 俺は転生してからこの1年、ひたすら努力を重ねてきた。

 死なないために。

 魔族に殺されないように。

 メリーネをはじめとした大切な人たちを守れるように。


 そして俺にとっての死の象徴――主人公を上回るために。


 その成果を確認する。

 そんな軽い気持ちで、ジークの魔力を探る。


「……!」


 ジークの魔力を正確に感知した俺は、その結果に思わず衝撃を受けた。


「……今の俺の魔力量はジークの3000倍くらいか」


 ――もしかして、努力しすぎたか?

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