やばい

 王立学園都市コルヴァス。


 王家直轄領にあるこの都市の中心には、エレイン王国ができるよりもはるか昔の先史文明の時代にできた城がある。


 すでに滅びた過去の時代の遺物。

 そのはずが、今でもその姿を損なうことなく綺麗な形を残している不思議な城だ。


 コルヴァスの始まりはこの遺物を解析することを目的として建てられた研究都市だった。

 それが後に歴史研究者だけでなく他の分野の研究者も集めるようになり、いつの間にか先史文明に関わる歴史だけでなく多方面の知識が集積するようになった。


 やがて集積された知識を活用するため研究者の卵たちの学びやとなり、今では研究都市ではなく王国の未来を担う子どもたちに学びを与える学園都市となっていった。


 いまだに謎は残りつつも、そのほとんどを研究され尽くした先史文明時代の城――ウォーデン城は今では学園として運用されている。


 叡智の城には子どもが集まり、彼ら彼女らにこの都市で蓄積されてきた知識を授ける役目が与えられた。

 すべては、エレイン王国の繁栄のために。


 それが、ウォーデン学園。


 そんな城の中の一室に、多くの人が集まっていた。

 彼らはこの学園に籍を置く研究者であり、同時にその研究内容を子どもたちに教える教師たちだ。


「……今年は、豊作という言葉では生ぬるいほどの傑物揃いですね。もはやこれは異常事態です」


 顔を突き合わせる教師たちの1人。

 ローブを身にまとった女がポツリと言った。


「とくに目立つのは5人だな」


 そう言って、神経質そうな男が資料を指差す。


「平民の特待生。歴史上でも他の例のない魔力と闘気の両持ちという鬼才。――ジーク・ロンド」


「魔力と闘気を同時に扱えるというのは、言わずもがな強力よ。魔法使いと戦士、それぞれの弱点を自身1人で解消させることができるのだから。こんなもの、あまりにも前代未聞すぎるわ。しかも2つの力に分散しているというわけでもなく、どちらも極めて高水準。はっきり言って異常ね」


 眼鏡をかけた女が、眼鏡のフレームをくいっと上げてまとめた。


「校長先生、この者についてどう思われますか?」


 ローブの女が、豊かなひげを蓄え右目に眼帯を着けた老人に問う。

 校長と呼ばれた老人は、目を瞑りながら答える。


「やばいのう」


 校長の言葉に、他の者たちも一様に重々しく頷いた。

 実際、やばいのだ。

 それはこの場の全員の総意であった。


 続いて神経質そうな男が再び口を開く。


「次に、帝国との境界を守る最前線である超武闘派貴族、エンデ辺境伯家の娘――アネット・エンデ」


「試験では実技、筆記、面接すべてほぼ満点。『空間魔法』という魔法適性の希少性もさることながら、実力はすでに宮廷魔法使い級。それでいて辺境伯家の者として実戦経験も豊富で、高位貴族にありがちな傲慢さなども見えない人格者。完璧という言葉が相応しい少女よ。例年ならまず間違いなく首席ね」


 眼鏡をくいっと上げて、眼鏡の女が言う。


「校長先生、この者についてどうでしょう?」


 ローブの女の問いに、校長は答える。


「ふむ――やばいのう」


 校長の言葉に、その場に集まる者たちは同意するように頷いた。

 この少女もまた、やばい。


「3人目は、ジークと同じく平民でありながら特待生として選ばれた少女――エミリー・ミューリン」


「15歳という若さで、ダンジョンの第3階層までの単独攻略を成し遂げた1級探索者。筆記試験はダメダメだったけど、実技試験ではさすがのものだったわ。あの槍捌きは、今すぐでも騎士団の隊長格を務めることができるほどでしょうね」


 眼鏡の女は、眼鏡をきらりと光らせる。


「校長先生、この者はどうですか?」


 ローブの女が言うと、校長はうむと頷く。


 そして、言った。


「なかなか――やばいのう」


 一同は頷く。

 なかなかに、やばい。それは、そう。


 神経質そうな男は次に、大きく深呼吸をすると意を決したように一枚の資料を取り出した。


「そして、4人目はこの少女だ。先日、突如として現れた『剣聖』の継承者――『二代目剣聖』メリーネ・コースキー・リンスロット」


「七竜伯の座を退いてから後継を探していたという剣聖様。かのお方が指名した彼女は謎に包まれているわ。ドレイク侯爵家で騎士をしているということ、そしてかの家の後継者と婚約したということは掴んだけど、いったいどういった経緯で『剣聖』を継ぐことになったのか。……きっと、私程度では想像もできない尋常ではない何かがあるのでしょうね」


 眼鏡の女は、緊張した様子でごくりと喉を鳴らす。


「実技試験で直接見たとき、私は情けないことに恐怖してしまったのよ。あの世界に悲鳴を上げさせるような強大な闘気。かつて騎士団で隊長をしていたことのある私ですら、速すぎて見逃してしまった超高速の剣技。見てよ、これ。思い出しただけで手の震えが止まらないわ」


「こ、校長先生、この人は……」


 怯えた様子で校長に尋ねるローブの女。


 それに対して校長は、やはり目を瞑りながら重々しく口を開いた。


「これはさすがに――」


 校長の言葉を固唾を呑んで待つ一同は、緊張の汗を流す。


 そして、ややあって校長は続きの言葉を口にする。


「――やばいのう」


 一同は頷く。

 さすがに、やばすぎた。


 冷や汗を浮かべ、顔を青くし。一部の者は、あまりの緊張に呼吸を乱していた。


「そして、最後――」


 神経質そうな男は青い顔をして最後の資料を手に取る。


「魔法の天才、ドレイク侯爵家の神童――レヴィ・ドレイク」


 眼鏡の女は深く深く深呼吸を1つ。


「先の4人。『二代目剣聖』すら抑えての首席入学。彼の噂を多いけど、とくに大きなものは約1年前に魔族を倒して村を救ったというものね。火と闇の複数適性を持つ魔法使いで、試験では複数の強力無比なオリジナル魔法に『並列魔法』、さらには『合成魔法』という前代未聞の技術まで披露した」


 眼鏡の女は、カタカタと震えながら眼鏡を――置いた。


「何よりあの魔力! 戦士である私でも肌で感じられるほどの膨大な魔力。ううん、膨大なんかじゃ言葉じゃ表せられない。あんなの……あんなの人間じゃないわ! 私はあの少年が、かつて戦場で見た七竜伯と同じに見えたのよ!! こんなのおかしいじゃない! 15歳の子どもよ!!???」


「こ、校長先生!!」


 ぷるぷると震えるローブの女は、叫んだ。


 呼びかけられた校長は、ずっと閉じていた目を――開く。


 そして、言ったのだ。































「やばすぎて、やばいのう」


 実際、やばい。

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