弟子ができました
「師匠! 今日もよろしくお願いしますです!!」
「ああ、昨日の続きから始めるぞ」
「はいです!」
ドレイク侯爵家の王都別邸。
その中庭で、俺はとある少女と対面していた。
桃色の長髪、桜色の瞳。
ケール村で出会った、イブという少女だ。
彼女にとてつもない魔法の才能を見た俺は、魔法の教師をつけるよう父上に手紙で頼んでいた。
それもあってケール村を魔族が襲った事件の後、イブはすぐに父上の元に来て魔法の教師をつけてもらっていたらしい。
しかし、イブの才能は並ではない。
宮廷魔法使いを教師につけたのだが、なんとすでにイブに教えられることはなくなってしまったとか。
はっきり言って尋常ではない才能だ。
10歳かそこらで宮廷魔法使いを上回るなど、間違いなく魔法使いとして人類最高峰の素質を持っているだろう。
そんなわけで、俺が直接魔法を教えることにした。
学園が始まるまでの短い期間になるが、やれるだけのことはやろうと思っている。
なにせ、俺は気づいてしまったのだ。
イブ・リースという少女のことを、俺は前世から知っていたということに。
「? 師匠、私の顔を見つめてどうしたの?」
首をかしげるイブ。
その姿は、やはり見覚えがある。
厳密に言えば、より成長した数年後のものだが。
――おそらくイブは『エレイン王国物語』の登場人物だ。
初対面のときは気づかなかったが、数日間もともにいればさすがに気づいた。
まあ、初めて会ったときも引っかかりはあったが。
前世で遊んだ『エレイン王国物語』に『氷獄の少女』というキャラがいた。
超威力の氷魔法を放つボスとして現れ、主人公たちを苦しめる桃色の髪をした少女。
ゲームでのネロと同じように、魔族に洗脳された人間。
今ならわかる、あれはイブが成長した姿だった。
「何の因果だろうな」
ぽつりと呟く。
不思議なことだ。
ネロにイブ。とくに意識せずに助けた相手が、たまたま悲惨な未来の運命を背負った人間だった。
俺がレヴィとして転生してなければ、この2人はいずれ魔族の手に落ち人類の敵となってしまっていた。
助けられたのは良かったが、何というか都合が良すぎるようにも感じる。
「まぁ、考えすぎても仕方ないことだけどな」
そもそも俺を転生させたのは女神だ。
ならば俺の行動は人類にとって悪いことにはならないだろう。
女神のことはあまり好きではないが、ダンジョンの存在や俺の転生など人類のために動いているのは間違いない。
そこだけは、信じても問題ないはずだ。
きっと、難しいことなど考えずに俺は俺が思うように進んでいけば良いのだろう。
まずは、イブに魔法を教えて強くなってもらう。
別に戦力としようとは考えていない。
子どもだしな。
ただ、魔族に狙われた過去があり本来の歴史では魔族に洗脳されるという未来がある。
そんなイブが再び魔族に襲われないという保証はない。
であれば、イブには自衛の手段を得てもらいたい。
魔法に対する本人のモチベーションも高いので、とりあえず子爵級魔族くらいは倒せるようになってくれれば良い。
もちろん、あわよくば神器を手に入れてほしいが。
「まずはおさらいだ。昨日教えたことをやってみてくれ」
「わかったです!!」
俺が持つ魔法の知識をひたすらイブに詰め込む。
やはり彼女は、天才だった。
教えたことはすべて余さず吸収し、階段を駆け上がるように強くなっていく。
これだけ飲み込みが良いと、教える側も楽しくなるというもの。
しかし学園に行く日を迎えるまでそう長くはない。
なので駆け足気味だ。それでも、1を教えれば10を理解するイブには十分な時間かもしれない。
今日も朝からイブに魔法を教えて、気づけば日が落ちる時間になっていた。
「今日はここまでにするぞ」
「はぁ、はぁ、疲れたです……」
「頑張ったな」
ぐてりと座り込むイブの頭を撫でてやると、ぱあっと嬉しそうに笑う。
「でも、楽しいです! 魔法は楽しくて、師匠に教えてもらえるのは嬉しいです!」
「そうか、魔法は楽しいよな」
うんうんと頷く。
魔法は楽しい。その気持ちは、よく理解できる。
俺なんてとくに魔法がない世界からやってきたのだから、なおさらその気持ちが強い。
魔法に憧れないオタクはいないからな。
「師匠は、本当にすごいです! 私もけっこう上手く魔法が使えるようになったけど、師匠と比べたらまだまだです!」
イブはそう言って、きらきらと目を輝かせる。
「まあ、そう簡単に追い抜かされるわけにはいかないからな」
「どうやったら師匠みたいに強くなれる?」
「ひたすら努力すればいい」
俺の場合は常に魔力負荷の魔道具を使って、全身に苦痛を味わいながら寝る間も惜しんで――というか寝てる間も鍛えまくった。
だけど、イブに同じことをさせるつもりはない。
あんな鍛え方は我ながら頭がおかしいと自覚しているからな。
俺は強くならないといつか死ぬと確信していたから頑張れたけど、そうでなければ魔力負荷の魔道具の痛みに耐えられなかったと思う。
なにせ、腕がぶっ飛ばされる痛みを我慢できるくらいの苦痛耐性ができてしまうほどだ。
我ながら異常である。
おそらくイブの才能は俺以上。
俺が今の強さを得られたのは手段を選ばなかった結果によるものであって、普通にやってたらイブの才能には及ばないだろう。
そんなわけだから、イブはまっとうに努力していればきっとそれで十分だ。
「わかったです……! 私、もっともっとがんばって、師匠と同じくらいのすごい魔法使いになる!」
「そうか」
「それですごい魔法使いになったら、師匠と結婚するです!」
「ま、まだ言ってる……」
俺は思わず呻いた。
子どもの言うことだからきっとすぐに気が変わるだろうと思っていたのだが、1年経っても言い続けてるとは。
「……イブ、前に言ったが俺には婚約者がいるぞ」
言わずもがな、メリーネのことである。
先日ドレイク家とリンスロット家で取り決めたもので、すでに貴族社会で公式に発表もされている。
なので、イブと結婚することはできない。
それはすでに彼女に伝えてあることなのだ。
しかし、イブは俺をまっすぐに見つめてなんて事のないように言う。
「私、側室でもいいですよ?」
「えぇ……」
そんな言葉をイブに教えたのはいったい誰だよ。
俺はそもそも側室を作る気はないし、メリーネ以外の女と結ばれたいとも思わない。
なので、イブの想いに応えることはできない。
しかし、いつぞやイブに言った『立派な魔法使いになれば結婚できるかもしれない』という言葉が、彼女が魔法を鍛えるモチベーションの1つとなっているのも事実。
安易に否定して、イブが魔法を鍛えるのをやめてしまっては困る。
いったい、どうしたらいいのだろうか。
俺は頭を抱えて、自分の過去の軽率な発言を呪った。
「……とりあえず、後5年は経ってからその話をしよう」
「はいです! 師匠と結婚できるの楽しみにしてます!」
とりあえず、問題を先延ばしにしておく。
5年も経てば子どもの言う『結婚したい』なんて言葉は忘れるだろうし、きっと本当に好きな人もできるだろう。
そのはずだ。
そうであってくれ。
俺は一抹の不安を抱えながら、そっとため息を吐いた。
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