ネロ・クローマ

 ネロ・クローマは波瀾万丈な人生を送ってきた。


 まず、親がクソだった。

 酒癖が悪くストレスが溜まるとすぐに子どものネロを殴ってくる父親。

 夜の酒場で働いていて、仕事終わりには誰とも知らぬ男と遊んで昼頃にやっと帰ってくる母親。


 そんなクソみてえな親の元に生まれ、家ですら安心できない生活。

 常に親の顔色を伺って波風立てぬよう生きてきた少年時代を過ごしたネロは、過剰に人を気にする卑屈で臆病な性格にならざるを得なかった。


 そんなネロに転機が訪れたのは、8歳くらいの頃だった。


『あ、お前売ることにしたわ。酒代の足しになってくれ』


『!?』


 父親のそんな言葉とともに、ネロは違法な闇奴隷商人の元へと売り払われた。


 そこでネロは、奴隷商人から人を人とは思わぬ扱いを受けながらも懸命に生きた。


『お、ちょうどいいところにいるな。お前、椅子になれ』


『!?』


 ある日は、突如として椅子代わりにされ。


『お、ちょうどいいところにいるな。お前、俺の靴を舐めて綺麗にしろ』


『!?』


 ある日は、屈辱的な靴磨きをさせられ。


『お、ちょうどいいところにいるな。お前、ストレス発散に付き合え』


『!?』


 ある日は、鞭で数時間叩かれ。


 食事は腐りかけのパンと味の無いスープ。

 朝から深夜まで過酷な肉体労働を強いられ、身体的にも精神的にも追い詰められる極限の日々。


 そんな中、ネロに救いの手がもたらされた。


 違法奴隷商人が突如として国の治安機関に逮捕され、ネロは解放されたのだ。

 奴隷になって2年後。10歳のときだった。


 そして、ネロは孤児院に引き取られることになる。


 孤児院では生まれて初めて友人を作ることができた。

 子どもたちは無償でネロを受け入れてくれて、大人たちは暖かく彼を包み込む。

 初めて触れる人間の暖かみ。


 ネロはクズ親の元に生まれ、ゴミ人間の元で過酷な日々を送ってきたのだ。

 そんな人生を乗り越えて初めて体験する普通の人間の生活。充実していて、満ち足りている毎日。

 そんな生活を送れることに対する感謝を噛み締めていると、再び転機が訪れた。


 魔法の才能が開花したのだ。


 しかし、その魔法が問題だった。


『え、死体を操るって何それ……こわ』


『悪趣味すぎる。暗くて臆病でお前にぴったりな魔法だ』


『死霊魔法なんて聞いたことない。不気味だ。もしかして人間じゃないんじゃ?』


『キモくて臭くて汚い魔法。人間としてどうなの?』


『もともと暗いやつで、一緒にいてつまらなかったよね』


『!?』


 めちゃくちゃ罵倒されたのである。

 挙げ句の果てには、孤児院の子どもたちだけでなく職員からすらも気味悪がられる始末。


 凄まじい手のひら返しであった。

 ネロが友人だと思っていた人たちは、どうやら彼のことを友人とは思っていなかったらしい。


 これに、ネロは絶望した。

 最底辺から始まって、ついに手に入れた普通。そこから再び底辺まで逆戻りした気分だ。

 上げて落とされるのは、つらい。


 そしてそこに、追撃が加わる。


『魔法が使えるなら、もういいよね。孤児院出て行きなさい』


『!?』


 孤児院を追い出されたのである。

 実際、死霊魔法はその見た目はともかく強力な魔法だ。

 これさえあれば、ネロは1人で自立して生きていくことなんてたやすかった。


 そうして追い出されたネロは、仕方ないのでダンジョン探索者を始めることにした。

 身元が不確かな彼ができる仕事は少なかったが、探索者なら実力さえあれば問題なく。

 強力な魔法を使えることも都合が良かった。


 しかし、そこでも悲劇がネロを襲う。


『ちょっと、あなたと組むのは……』


『!?』


『死霊魔法かあ。倒した魔物を支配下にするって、手に入る素材も減るよな? 組むのはパス』


『!?』


『いやあ、君暗いしパーティの雰囲気悪くなりそう』


『!?』


 なんと、さまざまな理由によってネロと組んでくれる探索者がいなかったのだ。

 なので仕方なく彼は1人で探索者を始めることにした。


 だが、ここでネロの才能が開花する。

 ただでさえ強力な魔法である死霊魔法。

 それに加えて、才能にも恵まれていたらしく実戦の中でメキメキと成長していくのだ。


 ネロはあっという間にそれなりに知られる探索者へと。

 彼自信が人と会話するのが苦手なのもあって、他者と関わることがなかったため知る人ぞ知る強者と呼ばれた。

 そんな感じではあるが、たしかにネロは探索者として頭角を表していたのだ。


 しかし、そこでまたもや悲劇に見舞われたのだ。


 そう、アルマダのダンジョン第4階層で遭難し閉じ込められてしまったのである。


 死という最悪の結果はなんとか死霊魔法によって乗り越えた。

 だが、それ以降の10年。

 レヴィに助けられるまでひたすら孤独との戦いだ。


 だからこそネロはレヴィに感謝していた。

 自分を救い出してくれて、気味の悪い死霊魔法を使う自分を受け入れてくれて。

 仲間であり、友人であると。

 ネロが欲していた言葉をかけてくれたことが、何よりも嬉しかった。


 そんなネロに与えられた神器は『冥府の屍姫』。

 能力は複数のアンデッドを合成し、より強力な個体を作り出すというものだった。

 言わずもがな、強力な神器だ。

 もともと数という戦力面で見れば他の追随を許さない死霊魔法。

 それに加えて、神器の能力で個の戦力においても活躍できるようになった。


「うへへ、僕のすべてはレヴィさんのために」


 鍛え上げてきた死霊魔法。

 強力な神器の力。

 そのすべてを使って友人であるレヴィの役に立ちたい。


 それが、ネロの偽らざる本物の気持ち。


 黒い長髪、白い肌。

 ローブに隠された、暴力的とも言える抜群のスタイル。


 彼――改め彼女となったネロはレヴィに誓った。


「レ、レヴィさんのためなら僕、なんでもしますからね。本当になんでも。だ、だからその代わり、僕とずっと一緒にいてください。うへへ」


「!?」


 生まれて初めて得られた本物の他者との繋がり。

 それをもたらしてくれたレヴィに対するネロの想いは、とても重かった。


 あまりの重さに、レヴィは引いた。

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