前日譚の終わり
学園が始まる日が近づいてきた。
そのため俺は今日、領地を出て王都の別邸へと出立することになる。
その見送りに叔父上とベアトリス、ルーテシアがわざわざ城の前まで出てきてくれた。
「レヴィ、元気でね」
「はい。叔父上も無理はなさらぬよう」
「はは、気をつけるよ」
叔父上と言葉を交わす。
ニコニコと微笑む彼の手には、歩行補助のための杖が握られている。
今の叔父上は体の病気も治っていてこんなもの必要ないが、急に元気な姿を見せては他の貴族などに余計な探りを入れられるかもしれない。
エリクサーで治ったなんて言えるわけがないので、今後もこうして見た目だけ取り繕っておくようだ。
「お兄さま、長期休暇の際はちゃんと帰ってくるのよ」
「お兄ちゃん、お勉強がんばってね!」
「ああ、2人も元気でな。叔父上の言うことはちゃんと聞けよ」
ベアトリスとルーテシアの頭を撫でる。
2人ともしばらく会えないが、基本的には悪いことするような子どもではないので心配はいらないな。
「では、行ってきます」
最後に叔父上に声をかけて、馬車に乗り込む。
「にへへ、馬車の旅楽しみ!」
「ぼ、僕は馬車苦手なので、外の騎士に混じって馬で帰りたいんですけど」
「ネロって、馬に乗れるの? 運動音痴でしょ」
「う、うへへ。ひどいです」
今回同乗するのはスラミィとネロ、ジーナの3人。
あとは御者として執事のエルヴィン、馬車の周りを並走する護衛の騎士が10人だ。
馬車の中では俺の隣にスラミィ。正面にジーナとネロが並ぶ。
「レヴィ様、メリーネがいなくてちょっと寂しいよね」
「仕方ない。あいつはリンスロット家でやることがあるからな」
メリーネは養子入りの件などを含めた手続きと挨拶のために、ロータスとともにリンスロット伯爵家へと数日前に出立した。
そのためしばらくは別行動。
次会えるのはおそらく学園に入学したときになるだろうな。
学園にはエレイン王国中から人が集まることになる。
平民の場合は優秀な者や貴族の縁者、金持ちの商人の子どもなどの一部の者が学園に入学することになるだろう。
だが、貴族の場合は基本的に全員が入学しなければならないとされている。
そのため新しく伯爵家の娘になったメリーネは、俺と同じ学年として学園に入学することになるのだ。
「はああ。あの娘が貴族様になるなんて、なんだか不思議な感じ。今からちゃんと、メリーネお嬢様にメイドとして対応できるように練習しとこうかな」
「お前がそんな殊勝なことを言うなんてな。からかいたいだけだろ」
俺が言うと、ジーナはちろりと舌を出して笑った。
「まったく、不良メイドめ。スラミィの教育に悪い」
「にへへ、スラミィ知ってるよ。こういうのって反面教師って言うんでしょ!」
スラミィが言うと、ジーナはガーンっとした顔で固まった。
スラミィが初めて今の姿になった日、応急処置的にメイド服を着せたのだが彼女自身がこの服を気に入ってしまった。
そのため、今のスラミィは俺付きのメイド見習いということになっている。
もともと従魔として連れていたのだが、今のスラミィをそのまま従魔と呼ぶにはいささか倒錯的だ。
見た目は完全に魔物ではなく人間だから、従魔扱いは要らぬ誤解を招きかねない。
なのでメイドとしておくのは都合が良かったのもある。
「よよよ、あんなに純粋でかわいかったスラミィがこんなひどい言葉を覚えるなんて。いったい誰が……」
「は、犯人探しするよりも、ジーナさんは反省した方がいいと思います」
ネロの追撃に、ジーナはがっくりと肩を落とした。
「今更だが、ネロはついてきてよかったのか?」
ふと、そんなことを尋ねる。
ドレイク侯爵家においてネロは食客という扱いだ。
別にメリーネのような俺付きの人員ではないので、ドレイク家に貢献してくれるのであれば俺についてくる義務はない。
もちろん魔族との戦いには協力してもらう約束はしているが、戦力を整える意味でもダンジョンのあるアルマダにいた方がやりやすいはずだ。
しかし、俺の問いかけにネロはぶんぶんと勢いよく首を縦に振って答えた。
「ぼ、僕はレヴィさんのいるとこなら、どこまでも一緒にいます。ぜ、絶対です。絶対に一緒にいます。僕を救ってくれたレヴィさんの、お、お役に立つんです!!」
「そ、そうか」
――こいつなんか、重くね?
「お、重いなこの女……」
言葉にしなかったはずの俺の思いは、ジーナが代弁してくれた。
やっぱそうだよな。
こればっかりはジーナに全面的に同意であった。
なんかダンジョンの完全攻略を達成したあたりから、ネロはこの調子なのだ。
よくわからないが、一応害などはない。
それどころか気弱でネガティブな面が少し薄れて、その分が俺への貢献欲へと変わった形だ。
それなりに前向きになったわけだし、ネロにとって良いことだとは思うのだが俺としては複雑である。
そんなふうな、賑やかな馬車の旅は続く。
領地を目指すときにあったような不測な事態などは起こらず、一行は順調に街道を進んでいった。
そうして数日。
俺たちはようやく王都へと辿りついた。
王都に入り、街中を進んで行くとやがて見覚えのある建物の前で馬車は停まる。
「なんだかもう、ずいぶん昔みたいだ」
ほんの数ヶ月前までここにいたのだがな。
記憶を取り戻して、領地へと向かって、ダンジョンを攻略して。
この数ヶ月本当にいろいろなことがあったのだ。
この王都の家がとても懐かしく思えた。
だけど俺はこの家で前世の記憶を思い出し、そこからすべてが始まった。
そしてここでしばらく過ごし、今度は学園へ行く。
「なんとか準備は間に合った――」
俺の力はこの家を出たときとは比較にならないほどの高みまで至った。
メリーネも俺と同じく成長し、さらにネロとスラミィという頼もしい仲間まで加わった。
そして目標だった神器まで入手したのだ。
理想的と言っていい。これにて準備は滞りなく。
これから、本格的に始まるのだ。
この世界の運命、『エレイン王国物語』が。
俺は無意識のうちに、拳を握りしめた。
「――絶対に生き残ってやる」
待ってろ、俺の死亡ルートども。
全部ぶっ壊してやるからな。
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