決着

 瞬間、メリーネの姿が消える。


「!?」


 次の瞬間、ロータスが吹き飛んだ。


 吹き飛んだロータスと入れ替わりで、彼が立っていた場所に現れたのはメリーネ。

 しかし、その姿はさっきまでとは違う。


 雷で形成された、帯のようなものがメリーネの体を包むように浮かんでいる。


「さすが師匠。まさか防御されるとは思いませんでした」


「ま、見えてはおったからの。だが、なるほど。たしかにこれならワシに有効じゃな」


 そう言ってロータスは闘争心に溢れた笑みを浮かべる。


「それがお主の神器か」


「『雷王の剛剣』の能力『剛力の雷衣メギンギョルズ』――この能力の発動中、わたしの身体能力が2倍になりますっ!!」


 地味、などとは言ってはいけない。


 もともと身体能力が極まっているメリーネだ。

 それが2倍になるのだから、それはもうめちゃくちゃな力を発揮する。


 実際、メリーネの動きが速すぎて俺の目では完全に消えたように見えた。


 まさに雷速。

 雷王の名に相応しい力だ。


「師匠が未来を見てわたしの攻撃を防ぐなら、防ぎようもないほどの力でその未来ごとやっつけます!!」


「クク、あまりにも強引じゃな。だが、未来を見たところで防げないほどの速度で攻撃されたら意味がない。馬鹿みたいな解決法だが、理にはかなっておるわい」


「これなら師匠にも勝てますよっ!」


 そうして、再び戦いが動き出す。

 今度はさっきまでとは違い、劣勢に立つのはロータスの方だった。


 メリーネがどこから攻撃してくるかは、『悪魔の義眼』によってわかっているだろう。

 だが、見えているからといって雷速の攻撃に対処するのは至難の業。


 なんとか致命傷を防いではいるが、ロータスは防戦一方で反撃することなどできない。


「クク、たぎるわ。これほど追い詰められるのは、いつぶりかの」


 劣勢でありながらもロータスは笑う。

 今のメリーネは間違いなくこの世界でも最高峰の実力者。そんな相手との戦いこそ、戦闘狂であるロータスの求めるものなのだ。


「な、なんだか。お姉ちゃんの攻撃に少しずつ慣れてきてる……?」


「まぁ、ロータスだからな」


 首をかしげるスラミィに、俺は苦々しく思いながら答えた。


 ゲームでのロータスを知る俺は、この圧倒的な優勢の状況でもメリーネの勝ちを確信できない。

 なにせロータスの強さの本質は『悪魔の義眼』による未来予測ではない。


 それは強者との戦いに対する飽くなき探究。

 決して諦めず死中においても最後まで模索する勝利への渇望。

 そして戦いの中で常に成長し、絶対を覆すことのできる人類最高の武の才能。


 それが、ロータスの強さの本質。


「――なんで、押し切れない……!?」


「ククク、カカカカカ、クハハハハハハハ!!!! 楽しい、楽しいぞ我が弟子よ!! ワシは今、最高にたぎっておるわ!!!!!!」


 ロータスは壮絶に笑う。


「一手で足りぬなら二手先に。それでも足りぬならもっと先へ。間合いは見えたぞ――十手先、その未来でワシはお主を上回る!!!!」


「ば、化け物……!!」


 身体能力は天と地ほどの差。

 人間は雷の速度についていくことなど不可能。


 だが、それでも先の先のそのまた先まで読むことでロータスはメリーネの速度に対応してしまった。


 なんという怪物。

 呆れ返るほどの理不尽。

 衰えてもなお隔絶した人外の強者。


 これが剣聖――最強の剣士。


「っ!」


「む? やっと面白くなってきたというのに、終わりか?」


 メリーネは、ロータスから距離を取る。

 その体に怪我はないが、大きく息を切らして冷や汗を浮かべている。


 対して、ロータスは変わらぬ好戦的な笑顔。

 その体は致命傷だけをなんとか凌いだかのようなボロボロさで、体がふらついている。


 2人の様子を見ればどちらにより余裕があるかは歴然。

 だが、ロータスには凄みがあった。歴戦の中で培われた、本物の強者の重圧。


「師匠、本当に化け物ですね。七竜伯ってみんなこうなんでしょうか」


「さて、どうじゃろうな。まぁ、今のお主なら七竜伯に並んでもまったく見劣りせんよ」


「ほ、本当でしょうか……?」


 ロータスはそう言うが、メリーネは疑わしげだ。


「それでメリーネよ、もう諦めたのか?」


「そんなわけないじゃないですか! このまま続けてても師匠がわたしの速度に慣れる一方で勝てないみたいなので、さっさと決めちゃおうと思いまして」


「クク、いい判断じゃな。しかし策はあるのか?」


 ロータスが問うが、メリーネはそれには答えずに左手のミストルテインを鞘に納める。

 そして、神器である『雷王の剛剣』を両手で握った。


「これ、絶対に人間に撃っていい攻撃じゃないと思うんですけど、師匠は人間とは思えないので大丈夫ですよね」


「ひどいやつじゃの」


 口ではそう言うが、ロータスの好戦的な笑みが深まる。


「行きますよ、師匠! とっておきですっ!」


 メリーネの持つ黄金の剣が爆発的な力に包まれると、金色の光をまとい雷轟のような唸りを上げた。

 物理的な圧力をともなった雷光が、演習場の地面を砕きながら迸る。


 それを前に、ロータスは楽しそうに構えをとった。


「『神の鉄槌ミョルニル』――! 正真正銘、わたしの奥の手ですっ! これで決めますっ!!」


「面白い! お主の全身全霊、見せてみよ!!!」


 メリーネが、雷光を放つ剣を大上段に構える。


 そして、踏み込み――


「――わたしは! 師匠に勝ってレヴィさまと結婚するんですっ!!!!」


 一筋の雷火となって、振り下ろした――


 静寂。


 遅れて、落雷のような爆音。


 その一撃は、演習場の地面をまるで大地震のように揺らした。

 地面から伝わる立っていられないほどの衝撃。


 俺はなんとか神器の力によって獲得した闘気を纏うことで倒れずにいられたが、純魔法使いのネロはぷるぷると脚を震わせながらスラミィに縋りついていた。


「あ、あれ大丈夫なんですか? 剣聖さん、無事とは思えないんですけど……」


 土埃が舞い上がるなか、ネロが青い顔をしながら言う。


 気持ちはわかる。

 まさに落雷そのものと言えるような一撃。モロに命中したとしたら大抵の敵は跡形もなく消し飛ぶような威力だ。


 やがて、土埃が晴れていく。


 そこには、演習場の地面を抉る深いクレーターがあった。

 その中心にはぜぇぜぇと肩で息をしながら立つメリーネ。


 そして彼女の前に何事もなく立っているロータス。


「え、えぇ……なんで今の攻撃でなんともないんですか……」


 メリーネが、驚愕を通り越して呆れた様子で呟く。


「なんともなくはないぞ。お主が奥の手を使ったように、ワシもを使わされた。危うく死ぬところだったわ」


 ロータスはそう言って笑うと、何を思ったか剣を納めた。

 その表情にさっきまでのような好戦的なものはなく、好々爺然とした普段の彼が戻ってきていた。


「師匠?」


「ほほ、これでしまいじゃ。お互いに切り札を使った結果、どちらも倒れずに立ったまま。これが結果じゃな」


 メリーネが首をかしげる。


「えっと、この場合わたしは」


「――合格じゃ。メリーネ、お主の実力は間違いなくワシと同格。後を継ぐのはお主しかいないと確信した。今日から剣聖を名乗れ」


「!」


 ロータスの言葉を聞いたメリーネが、ぱあっと明るい表情になる。


「で、では! 養子入りの話はっ!」


「そっちももちろん、受けよう。約束じゃしな」


「やっっっったっ!!! やりましたレヴィさまっ!!! わたしたち結婚しましょう!!!!」


 満面の笑みで、手をブンブンと振るメリーネの元へと行く。

 そして頑張った彼女の頭を撫でてやった。


「メリーネ、頑張ったな。さすがだ」


「えへへ、レヴィさまのおかげで頑張れたのですよっ!」


 俺はそこで、ふと思った。

 もしかしてこのタイミングってアレじゃないのかと。


 そう、ムードとかいうアレ。


 あのときは間違えた俺だが今回は間違えない。

 俺は正面からメリーネを見据え、彼女のあごに右手を添えた。


「メリーネ」


「レ、レヴィさま!?」


 メリーネは一瞬慌てるが、すぐに落ち着いて俺を受け入れるように目をつむる。


「メリーネ……」


「レヴィさま……」


 少しずつお互いの距離が近づいていき、後ほんの少しで触れ合う――


 というタイミングでメリーネの全身から力が抜けた。


「え、メリーネ?」


 倒れないように慌てて抱き止める。

 さっきまで元気にしていたメリーネだが、規則的な呼吸をして眠っているようだった。


「あれほどの大技を使ったんじゃ。疲れて眠ったのじゃろ。寝かしといてやれ」


「あ、うん」


 そうだよな、そりゃそうだ。

 俺だって『輝きの銀クラウ・ソラス』を使ったときは気絶したし。


 俺の場合は魔力枯渇によるものだったけど、メリーネだってあの大技を何の代償もなく撃てるわけないよな。

 なにせ神器だって獲得したばかりで、まだ使いこなせていないだろうし。


 だが、しかしである。


「なんか……なんなんだ、これ」


「えへへ、レヴィさまぁ……」


 俺は幸せそうに眠るメリーネを抱えたまま、なんとも言えない気持ちでため息を吐いた。

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