太い

「あ、ご主人さま! 起きた!」


 目が覚めたら目の前に女の子がいた。

 長い青髪に、同じ色の青い瞳。10歳ほどの容姿をした少女だ。


 きらきらと目を輝かせて、ニコニコと笑みを浮かべ。

 仰向けで眠る俺の上にまたがって、俺の顔を覗き込んでくる。


 ちなみに、少女は全裸であった。


 そう、全裸である――


「!? だ、誰だお前!? というか服を着ろ!!!!」


 叫んだ。

 びっくりしすぎて、叫んだ。


 まず目の前の少女のことを俺は知らないという事実。

 そんな少女が、あろうことか俺が寝てる間に部屋に潜り込んでいたという事実。

 ついでに全裸という事実。


 寝起きに襲いかかってきた当然のできごとを前に、俺はなかばパニックだった。


「わあ! びっくりした!」


 少女は俺の叫び声に驚いたようで、俺の上に跨ったままもぞもぞと動く。


 おい、やめろ。

 そんなふうに寝起きから刺激されるとちょっとまずい。朝の生理現象というものが男にはある。


 というか、この少女。

 体は普通に子どもなので魅力のかけらもないが、太ももの存在感がすごい。

 太ももが、やたらと太い。


 ――太すぎる。


「ん? ご主人さま、何かポッケに硬いものが入ってる?」


「ああああ! クソっ! 勘弁してくれ!」


「わ!?」


 俺はガバリと起き上がり、またがる少女を強引に俺の上からどかした。


 しかし、そこで我ながらよくわからないことが起きる。

 毛布やら何やらが引っかかり、体勢を崩してしまったのだ。


 その結果、俺はベッドの上に手をついて倒れ込み。

 その下には全裸の少女が――


「――レヴィさま、何やら悲鳴が! 敵襲ですかっ!?」


 そんなタイミングで、俺の部屋の前で寝ずの番をしていたらしいメリーネが飛び込んできた。


「レ、レヴィさま……?」


 メリーネと、目が合う。

 彼女の視線の先には、ベッドの上で全裸の少女を押し倒す俺の姿。


 メリーネの目が潤む。

 目に涙を溜め、信じられないものを見るような目で俺を見ていた。


 ――最悪だ。

 俺はすぐに弁解をしようとするが、時すでに遅し。


「――レヴィさまのバカあああああああ――!!!!!」


 メリーネは叫ぶと、踵を返して部屋を出ていってしまった。


「待っ――」


 伸ばした手は無常にも空を切る。


「終わった」


 俺は頭を抱えて、うなだれた。


「?」


 騒動の中心となった少女だけが、よくわからない様子で首をかしげた。




 俺はその後、なんとかメリーネを呼び戻した。

 部屋には俺とメリーネ、それから青髪の少女が集まる。ちなみに服を着せたので今は全裸ではない。

 子ども用のメイド服が城にあったので、とりあえずそれを拝借した。


「……それで、この娘はいったいなんですか」


 メリーネはまだ機嫌が直っておらず、むすっとした顔で尋ねてくる。

 それに対して俺は首を横に振って答える。


「わからない。朝目が覚めたら、なぜかこいつが俺の部屋にいたんだよ。さすがの俺も驚いて取り乱してしまった」


「ふうん。そーなんですね。ところでレヴィさまって、小さい女の子が好きですよね? ベアトリスさまとルーテシアさまにすごく優しいですし、イブちゃんの件もありますし」


 メリーネは、じっとりとした視線で俺を睨む。


「本当なんだ。信じてくれ。俺が好きなのはメリーネだけだ」


「も、もー! そんなこと言ったってわたしは誤魔化されませんよ!」


 と言ってメリーネはそっぽを向くが、猫耳がぴくぴくと震えていた。

 少し機嫌が良くなったか?


「ご主人さまとお姉ちゃん、喧嘩しちゃダメだよ!」


「いや、お前が原因なんだが」


 腰に手を当てて言い聞かすように言う少女に、思わずつっこむ。

 というか、俺がご主人様でメリーネがお姉ちゃんか。

 謎が深まる。


 と、そこでふと気がついた。

 なんだか、目の前の少女の顔に見覚えがある。


「レヴィさま?」


 俺が考え込んでいると、メリーネが首をかしげた。


「いや、どこかで見覚えが……」


「言われてみると、たしかに」


 どうやらメリーネも同じらしく、2人で頭をひねる。


 俺とメリーネが揃って見覚えがある相手。

 きっと2人いるときに会った相手で、見覚えがあるのだからそれほど前ではないはず。


 そう考えて、ハッとする。


「――リルフィオーネだ! リルフィオーネに似てる!」


「それですっ!」


 髪は青くなっているし、顔立ちもあくまで似てるだけで同じではない。

 長い耳に角や翼といった魔族の特徴もない。


 青い目や体型はまさにリルフィオーネと同じもの。


 しかしリルフィオーネはたしかに俺がこの手で倒した。

 となると――


「もしかして、スラミィか?」


「うん! スラミィはスラミィだよ!」


「え!? ス、スラミィですか!?」


 どうやら、俺の予想はあたったらしい。

 この少女はスラミィだったのだ。


「ということは、その姿はリルフィオーネを吸収した結果か」


「そーだよ。魔族だからなのか、そのまま変身することができなくてこんな感じになっちゃった!」


 やっぱり、フィロソフィーズスライムの本来の吸収対象である魔物以外だと完全には変身能力を発揮することができないみたいだ。


 変身できるようになるまでしばらく時間がかかったのもそのためだろう。


「ですが、かえって良かったかもですね。リルフィオーネの姿だったら一緒にいられませんけど、これなら人間の中に混じっても違和感まったくないですよ」


「だな。それにリルフィオーネの姿は見たくなかったし」


「あはは、それもですね」


 初めて戦うことになった上級魔族は、もう完全に俺たち共通のトラウマである。

 本当になんであそこで出てくるんだよ。

 草野球やってるところに現役のプロが殴り込んでくるようなものだぞ。

 二度とごめんだ。


「でも、スラミィとお話できるようになれて嬉しいです!」


「えへへ、スラミィもご主人さまとお姉ちゃんとお話できて嬉しいよ!」


 2人はニコニコと笑い合う。これに関しては、俺も素直に嬉しい。

 俺とメリーネ、ネロに加えてスラミィ。この4人が仲間だ。意思の疎通ができるようになって、より結束が強まるだろう。


「能力はどうなんだ、リルフィオーネの権能は使えるか?」


「む〜ん」


 俺が聞くと、スラミィは難しい顔をして唸る。


「ほいっ!」


 そんな気の抜ける掛け声とともに、スラミィの手元に現れるのは一振りの剣。

 それはまさしく、リルフィオーネの権能と同じ現象だ。


 スラミィは作り出した剣を、その場で何もない空間目掛けて振るう。


 すると、隣にもう1人スラミィが現れた。

 表情は無機質で、意思は感じないが魔力量などはまったく変わらない。

 おそらく、戦闘能力も同じだろう。


 その能力はとある魔物の能力と酷似していた。


「これって、ラビットグローの分身と似てますね」


 どうやら、メリーネも同じことを思ったらしい。

 数こそ違うが強さがまったく同じ分身を作るという破格の能力は、ラビットグローの専売特許に他ならない。


「権能は使えるってことでいいのか?」


 俺が問うと、スラミィは首を横に振る。


「一度見ただけの能力をコピーするようなことはできないかな〜。スラミィが吸収した魔物の能力を持った剣を作る能力になっちゃった」


 そんな感じに権能が変質したのか。

 まあ、そもそもあまり期待はできなかった。権能というのは、特別なものだ。

 それこそ、人間にとっての神器のようなもので本質はかなり似ている。


 こればっかりは仕方ないだろう。


「ですけど、十分すごいですよね?」


「ああ。今まではわざわざ変身しないと魔物の能力を使えなかったが、この能力があれば少女の姿ですべての能力を使えるってことだからな」


 加えて言えば、吸収したすべての魔物の能力を同じ姿で同時に組み合わせて使えるようにもなったということ。

 これはとても大きい。

 どうしても戦力的に俺やメリーネ、ネロと比べて一枚落ちていたスラミィだがこれでかなり強くなったはずだ。


「権能以外はどうだ。身体能力はリルフィオーネのままか?」


「そっちはばっちり! 今ならお姉ちゃんにも負けないと思うよ!」


「わ、わたしのアイデンティティが!?」


 メリーネが、ガーンっとショックを受けた顔をする。


 というかアイデンティティって。

 お前、身体能力が高いことそんなふうに思ってたのかよ。


「なんにせよ、よくやったな。エリクサーを作ってくれたりグリフォンになってくれるだけでもありがたかったが、これからは頼れる戦力になってくれそうだ」


「にへへ! スラミィもがんばってご主人さまに喜んでもらうんだ!」


「わあ! 良い子すぎます! よしよししてあげちゃいますっ!」


「きゃあ、お姉ちゃんも大好き!」


 仲良さげにする2人を見て、俺は安堵する。

 朝起きたときはどうなるかとめちゃくちゃ焦ったが、とりあえず丸く収まったかな。

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