性別とか正直どうでもいいっていうか

 病的とも言えるような真っ白な肌に、足元まで届くかというほどの黒髪。

 長い前髪の間からのぞく目は紫色で、整ってはいるが自信なさげな表情。

 身長はメリーネより高く、ぶかぶかの大きなローブを羽織っている姿はよくある魔法使いのようだ。


「か、勝手に殺さないでくださいよ!」


 そう言って彼女は抗議する。


「ネロだよな? なんだその姿は」


「え、ネロさんなんですか!?」


「レヴィさん、よくわかりましたね。ぼ、僕自身でも初対面じゃ同一人物だと思えないと思う」


「いや、なんとなく。魔力がネロと同じだからな」


 魔力は誰でもまったく同一のものというわけではなく、それぞれに雰囲気の違いや特徴――色のようなものがある。

 おそらく魔法の適性とかが関係しているのだろう。

 その点で、目の前の女からはたしかにネロの魔力と同じものを感じ取れた。


「さ、さすがですねレヴィさんは。でも、説明が省けてよかったです」


 黒髪の女性――ネロは安堵したように息を吐く。


「実は、そこで寝てたら夢を見て」


 ネロが指差す先には、寝転がる人骨。


「ゆ、夢の中の女神様が神器を与えるから、『むくろの使徒』としてレヴィさんを助けるようにって」


「で、起きたらその体になってたというわけか」


「そ、そうなんですよ。この体自体が神器みたいで。骨じゃない、ちゃんとした体が欲しいとは日頃から少し思ってましたけど、まさか本当にこんなふうになるなんて。び、びっくりですよね」


「神器はわりと何でもありだからな」


 俺も腕が神器に置き換わってしまったわけだし、体そのものが神器というのも不思議な話ではないな。


「め、『冥府の屍姫』っていう神器らしいです」


 なぜ女の姿なのかという点がまったくもって不明であるが、きっと女神の趣味か何かなのだろう。


「そ、そんなわけで。今の僕は魂がこっちに移ってるので、もとの僕の体は抜け殻というか」


「なるほど、それでか」


 かつてネロであったはずの骨からは、魔力や生命力などといったものが何1つ感じ取れない。

 骨にそんなものあるのかというと、俺も疑問だがネロの魂が宿っていたときはたしかにあったはずだ。

 おそらく、体ではなく魂に魔力や生命力が宿っていたのだろう。


 そのため、俺は死んだのかと思ってしまったのだ。きっとメリーネも同様だろう。


「ネロ、体が変わって問題はないのか? お前もともと男だったろ」


「い、違和感はあります。でも、それは性別がどうとかじゃなくて久しぶりの肉体だからでして」


 ネロはそう言って手足を動かして見せる。

 言われてみると、たしかにその動きは少しぎこちない。


「男とか女とかって、そんなの骨には関係なかったので。も、もう性別とか正直どうでもいいっていうか」


「まぁ、骨の体で10年も経てばそんな感覚にもなるか」


 俺が言うと、ネロは何度も首を縦に振って同意する。


「うへへ。むしろ、今は本当に嬉しいんです。や、やっとこれで人間らしい生活ができるようになる……!」


 そう言ってネロは笑う。

 しかし、その笑顔は何だか怪しく不気味であった。これも表情なんて作ることのできない骨だった弊害か。

 それに加えて長すぎる髪とか生来の臆病でネガティブな性質とかもあってのことだろう。

 悪役笑いの俺と同じくらい怖がられそうである。


「ネロさんがこんなふうになっちゃうなんて、なんだか慣れるまで時間かかりそうです」


「そう言うメリーネは神器を受け取ったか?」


「いえ、わたしはまだです……どうしましょう、ネロさんの神器を見て少し不安になってきました。わたしがもし男の子になっちゃっても、レヴィさまは変わらず好きでいてくれますか?」


「いやあ、それはちょっと」


「そ、そんなぁ!」


「だ、大丈夫ですよ、メリーネさん! もしそうなったら、僕が代わりにレヴィさんと一緒になりますからね! うへへ」


「え!? レ、レヴィさまとネロさんが!?」


「それもちょっと……」


 元女の男、あるいは元男の女。

 どちらも嫌である。


「うわーん! レヴィさま、捨てないでぇ〜!」


 しくしくと涙を流しながら、ひしりと抱きついてくるメリーネの頭を撫でて落ち着かせる。


「ネロはさすがに特殊なケースだ。そもそも女神はある程度俺たちの意思を尊重して神器をくれる。安心していいと思うぞ」


 俺の場合はリルフィオーネを倒せるような神器が欲しいと願い、『輝きの銀クラウ・ソラス』という奥の手を備えた神器を与えられた。


 ネロの場合はもっと単純に肉体が欲しいと願った結果だ。能力もきっと、ネロにぴったりなものを備えているに違いない。


 なのでメリーネの不安はまったくもって的外れである。


「そ、そうなんですね。ほっとしました……」


「まったく、ネロも悪ノリして変なこと言うな」


 まぁ、こうやってメリーネに冗談を言えるくらい仲良くなっているのだと思えば悪いことじゃないけどな。


 そんなふうに考えながら苦笑してネロに言う。

 すると、ネロは俺の言ってる意味を理解していないような様子できょとんと首をかしげた。


「――え? ぼ、僕変なこと言いましたっけ。悪ノリとか、別にしてないと思いますけど」


「え?」


「え?」


「??」


 思わず固まる俺とメリーネ。

 不思議そうな顔をしてそんな俺たちを見つめるネロ。


 え?
























 ――え?

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