し、死んでる……

 ふと、目が覚める。


「あ、レヴィさま。起きました?」


 頭上から降ってくる声。

 見ると、寝転ぶ俺をメリーネが覗き込んでいた。


 これは、膝枕されてるのか。

 メリーネに規則的に撫でられる頭が心地よく、疲れ切った体が少しずつ癒えていくようだった。


 だが、何よりもまず。


「――生きてて、よかった」


 安心した俺はほっと息を吐く。


 今こうして冷静になって考えると、リルフィオーネの言葉が真実ではないことはわかるはずだった。

 なにせ、事前に2人は死んでないと女神が言い切っていたのだから。


 頭に血が昇ってしまって、リルフィオーネの言葉を鵜呑みにしてしまったのだ。

 我を忘れて怒りのままに戦うなんて俺はまだまだだな。


「レヴィさまが絶対死ぬなって言ったんですよ?」


「まぁ、そうだが」


「それより、レヴィさまはなんで気絶してたのですか? リルフィオーネは息が止まってたのでレヴィさまが勝ってくれたっていうのはわかったんですけど」


「魔力が切れたんだよ、魔力枯渇」


 魔法使いは魔法を使いすぎて魔力を空にすると気絶してしまう。それが魔力枯渇という現象。

 魔力枯渇を避けるために、熟練の魔法使いは常に魔力量に気を配りながら先を見据えて立ち回るので普通は魔力枯渇なんて起こさない。

 基本的に、初心者魔法使いがやりがちなミスだ。


「レヴィさまが魔力枯渇ですか? そんなミスするとは思えませんけど。そもそも、レヴィさまの魔力が枯渇するなんて想像もできません」


 メリーネが首をかしげる。


「神器の能力の代償みたいなものでな」


「神器……ずっと気になってたのですけど、もしかしてその腕がそうですか?」


「ああ」


 リルフィオーネを倒した一撃は俺の神器の奥の手だった。


 ――輝きの銀クラウ・ソラス

 魔力をすべて消費して、消費した分に応じたダメージを敵の魂に直接ぶち込むという能力だ。

 ゲーム的に言えばMPをすべて使い、消費したMP量分の固定ダメージを防御無視で与えるといったところか。

 奥の手として相応しい、破格の威力の必殺技だ。

 

 ただし発動条件がすべての魔力の消費というものである以上、強制魔力枯渇という大きなデメリットがあった。

 決してむやみやたらに使っていい能力ではない。


「リルフィオーネを倒すための作戦って、神器を取りに行くことだったんですね。見事に成功させてリルフィオーネを倒すなんて、さすがレヴィさまです!」


「まぁ、正直賭けだった。リルフィオーネを足止めしてくれたメリーネたちのおかげだ」


 苦笑する。

 神器を獲得したところで、必ずしもリルフィオーネに勝てるほど強いものを得られるとは決まっていなかった。

 だが、あのままズルズルと負け戦を続けるよりはと起死回生の一手を打って運良く勝てただけだ。


 実際、神器があったところでリルフィオーネとそこまで力の差はなかった。

 やつの動揺を逃さず勢いで押し切っただけだ。

 もっと神器の力を慣らしてからじゃないと、侯爵級となんて戦ってられないな。


「メリーネの方は?」


 俺が問いかけると、メリーネはため息を吐いて答えた。


「かなり危なかったです。リルフィオーネに負けちゃったんですけど、『そのままた〜っくさん苦しんで死んでね』ってあえて即死しないよう放置されて」


「なんだそれ、魔族ってやっぱクソだな」


 あえて苦しめるために即死させないとか、頭がおかしいとしか思えない。


「あはは。でもその後、隠れてたスラミィが助けてくれたんです。即死じゃなかったのが不幸中の幸いでした」


「スラミィのエリクサーか。あいつにも感謝だな。ネロとスラミィは?」


「スラミィはリルフィオーネを吸収中です」


「ええ……吸収って。魔族なんて食べて腹壊さないか?」


「そ、そんな腐った食材みたいな」


「似たようなものだろ」


「そうかな……そうかも」


 ゲームでフィロソフィーズスライムが吸収できる対象は魔物だけで、魔族は対象外だった。

 なのでどういった結果になるかわからず少し心配だ。

 リルフィオーネの力を手にできるのならかなりの戦力になるが、精神汚染とかないよな?


「スラミィ。そんな汚いもの、もし変な感じしたらすぐに吐き出せよ」


 そう声をかけると、スラミィは返事をするようにぷるぷると小さく震えた。

 とりあえず今のところは問題なさそうである。


「ネロさんはあっちにいますよ」


 メリーネが指差す方を見ると、白骨化した人間が部屋の片隅に転がっていた。

 ぴくりとも動かず、仰向けで大の字に倒れる人体骨格の姿からはまるで生気を感じられない。


「し、死んでる……」


「レヴィさま、ネロさんは最初からあんな感じですよっ!」


「ふっ、冗談だ」


 おそらく寝ているのだろう。

 フェンリル戦から休む暇もなくリルフィオーネとの連戦と、厳しい戦いだったから疲れて眠ってしまったのだ。


「まったく、仕方のないやつめ」


 名残惜しいが労ってやるためにメリーネの膝枕から起き上がって、ネロの元へと歩いていく。


 しかし目の前にやってきて、違和感に気づく。


「え、死んでる……」


「レヴィさま!? 冗談はもういいですって! ネロさんに失礼ですよ、まったく!」


 ぷんすかと文句を言いながらメリーネもネロに近づく。


 そして、驚愕に目を見開いて呟いた。


「し、死んでる――っ!?」


「――生きてますよ!!!!!???」


 その声はなぜか後ろから。

 振り返ると、そこにいたのは1人の女だった。

 

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