輝きの銀

 視界が戻ると、そこはダンジョンの最奥だった。


 さっきまでいた不思議な空間は影も形もなく、まるで夢や錯覚を見ていたのかとさえ思う。

 しかし、俺の右腕には変わらず義手の形をした神器が宿っていた。


 確かめるように、義手の右手を動かす。


「まさに注文通り。この神器の能力ならきっとリルフィオーネを倒せる」


 ならばさっさと上の階に戻らなくてはな。

 すぐにメリーネたちの救援に行こう。


 そう考えた俺は、上の階に戻る階段へと足を向ける。

 しかし、その矢先。階段を降りるような足音が聞こえてきた。


「誰かが降りてくる……まさか」


 最悪の可能性に行き着いた俺は、いつでも動けるように構えながら階段から降りてくる誰かを待つ。


 これで降りてくるのが、メリーネやネロならばいい。

 俺が離脱している間に2人がリルフィオーネに勝ってくれているというなら、それは願ってもないことだ。


 しかし、リルフィオーネの強さを知る俺はそんな楽観などできなかった。


 カツ、カツ、と。

 階段を降りる足音は次第に近づいてきて、やがてその姿が見える。


 赤い髪に青い目の小さな少女。

 蝙蝠のような羽や長い耳、角などの人間ではありえない特徴。

 そいつは、俺を見ると人を小馬鹿にしたような嘲笑の笑みを浮かべた。


「あは! よかった〜、おにーさん逃げてなかったのね!」


 やはり、階段を降りてきたのはリルフィオーネだった。

 俺は動揺を押し殺し、カラカラに渇いた喉を震わせて彼女に尋ねる。


「2人はどうした」


 俺を言葉を聞いたリルフィオーネは嗜虐的に笑う。

 そして、心底楽しそうな声音で言った。


「――殺したわ」


 頭が真っ白になる。

 リルフィオーネの言葉を、理解しようとするのを脳が拒む。

 しかし、そいつは俺の動揺した様子を見てより一層機嫌良さげにする。


「ねぇ、あの剣士の娘。もうすぐ死ぬってときになんて言ったと思う? 『レヴィさま、愛しています』だって! あはは! 人間って死の間際に愛を囁くのね。勉強になったわ!」


「……」


「よかったじゃないおにーさん。あの娘にあ〜んなに愛されて! あたしは人間の愛なんて感情知らないけど、愛ってとっても素敵なことなのよね? まぁ、もう死んじゃったけど!」


「……」


「あの骨も傑作だったわ! あんなにあたしにびびってたのに、出てきたのは命乞いじゃなくて感謝の言葉! 『レヴィさん、ありがとう。短い間だったけど楽しかった』ですって!」


「……」


「感謝の気持ちって、それならあたしもわかるわ! 人間を殺すとす〜っごく気持ち良くなれるの。そうしたら、実は死んでくれた人間にありがと〜って思うのよ? これって感謝の気持ちでしょ! 素敵ね!」


「……」


「だからあたし、おにーさんにも感謝してるの! あの2人をあたしに殺させてくれてありがとうって! きっと、おにーさんがそのまま残ってたらもう少し時間かかったわ。おにーさんのおかげで、あの2人をさくっと殺せちゃった! 感謝ね!」


 もはや、聞くに絶えない。

 俺は今この瞬間、自分の生存とか死亡フラグとか滅びの運命をたどる世界とか。

 そんなものは何もかもどうでもよかった。


 とにかく俺は、今すぐこの手で目の前の魔族――リルフィオーネを殺したい。


 ごうっと、風が吹く。

 解放された俺の魔力が空間を満たし、物理的な圧力さえともなって荒れ狂う。


「あは! す〜っごい魔力!! あたし以上ね! 公爵級に届くかしら? まぁ、多少魔力があったところでよわよわなおにーさんがあたしに勝てるわけないけどね!」


 リルフィオーネが楽しそうに笑う。

 その姿が、とにかく不快だった。もはや、不快害虫かそれ以下。道端の犬のフンにすら劣る。

 魔族という生物は、生かしておいてはならないと俺は今再認識した。


「あはは! 怒ってるのね? こわ〜い顔! ざぁこな人間がすごんだところでまったく怖くなんてないけどね!」


「お前、いいのかそれで?」


 体中の魔力を躍動させ神器となった右手を構える。


「――遺言だぞ」


 そして俺は、神器に宿る力を発動させた。


 俺の膨大な魔力がまったく別の力へと変化していく。

 イメージするのは、俺の最愛の人メリーネ


 強く、速く、怒涛のように鮮烈で。

 敵を打倒する、力の証。


 ――闘気。


「ゴッ!?」


 地を蹴り、一瞬でリルフィオーネに肉薄する。

 彼女のふいをつき、ありったけの力を込めた拳でその顔面を殴り飛ばす。


「『レーヴァテイン』」


 魔力を組み上げ、構築した炎の剣を右手に握る。


「死ね」


 吹き飛び壁に叩きつけられたリルフィオーネを追いかけて、炎の剣をその腹へと突き立てた。


「あが、ぐ、うぐ――!」


 炎の剣を突き立てたまま、あえて過剰な魔力をレーヴァテインへと流し込む。

 やがて術式を保てなくなるほどに魔力を溜め込んだ炎の剣は、その内側にこもる魔力を暴走させる。


「爆ぜろ」


 轟音。


 俺自身すら巻き込んだ魔法の暴走は、空間を揺らすほどのエネルギーを解放し爆発した。


 爆風で吹き飛ばされた先に、なんとか着地する。

 闘気を纏うことで体を守ったが、見ると左の肩から先と腹の半分ほどが失われていた。


 だが、問題ない。


 再び神器が力を解き放ち、俺の魔力を変化させる。

 イメージするのは、大切な仲間ネロ


 魂を操る、死の支配者。

 あいつは誰よりも死に近く、誰よりも死を遠ざけた。


 ――生命力。


 俺の怪我が、みるみるうちに回復していく。

 失われた腕も腹も元に戻り、それどころか疲労や体調すらも全快する。


「な、なんなのよ。その力は……!」


 声が聞こえる。

 爆発によって生じた煙が晴れると、そこには無傷のリルフィオーネが立っていた。

 ダメージは権能によって回復したのだろうか。


 回復されないよう一撃で殺すつもりの攻撃だったのだが、さすがにしぶといらしい。


「わ、わかんない! あたしの権能でも、正体が掴めない……奪えないわ! 何なのその力!」


「なるほど、能力をコピーする権能でも神器の力は対象外なのか」


「じ、神器? それって、ま、魔王様の言ってた……!」


 リルフィオーネが動揺した様子で呟く。

 どうやら、神器の存在は魔王に聞かされていたらしい。

 だが、人間がダンジョンで手に入れる力ということまでは知らなかったのだろう。

 そうでなければ、こんなダンジョンの奥で襲ってくるなんて不用心なことするわけがない。


「魔王様は、神器持ちには、ぜ、全力でって――!」


 リルフィオーネが剣を作り出す。

 それは今まで彼女が見せてきたどの剣よりも、圧倒的な存在感を持つ剣だった。

 きっとリルフィオーネの奥の手なのだろう。


 本気になったときだけ使う、全力の力。

 人間を雑魚と罵り、手加減していたぶるようなリルフィオーネが初めて見せようとする力。


 だが、何もかも遅すぎる。


「――全力なんて、出させるわけないだろ」


「あっ……」


 リルフィオーネが剣の能力を使うよりも速く、その腕ごとレーヴァテインで焼き斬る。

 俺が闘気を纏っているとはいえ、身体能力で言えばまだリルフィオーネの方が上のはずだ。

 だが、焦りと動揺の渦中にいる彼女は隙だらけだった。


 リルフィオーネは、じりと足を引き逃げ出すそぶりを見せる。

 だが、逃してやるわけがない。


「ゴフッ――!?」


 左手で胸ぐらを掴み上げ、壁に思い切り叩きつける。


「『黒炎斬』」


 叩きつけたまま、魔法を発動してリルフィオーネの残った四肢を切り落とす。

 こいつは剣を振るう手がなければ権能を使えない。

 足がなければ、逃げることも叶わない。


 これで終わらせる。


「お前が全力を出すことも、逃げることも許さない。ナメくさった驕りと油断を抱えたまま、無様に死ね」


 神器となった右腕にすべての魔力を集める。

 そうして発動するのは、銀腕に秘められた真なる力。


 俺のすべての魔力を消費する力は、この世のありとあらゆる敵を滅する必殺の一撃。


「あ、嫌! ま、待って! そんなの、そんなの無理よ! 死んじゃう! 嫌嫌嫌! やめてぇ!!」


 俺の右腕に集まる圧倒的な力。

 それに勘付いたらしいリルフィオーネが、必死に俺の拘束から逃れようと暴れ出す。


 首を必死に横に振り、嫌だ嫌だと現実を拒絶する姿。

 それを見ても、俺はいっさい容赦する気なんて起きなかった。


「ご、ごめんなさい! 謝る、謝るから! 剣士の娘を殺しちゃってごめんなさい! 骨を殺しちゃってごめんなさい! 謝る、謝ったから! だから許して! 殺さないで! 死にたくない! 死にたくない! 死にたく――」


「――どうやら、魔族は死の間際に命乞いをするらしいな。勉強になったよ」


 俺はすべての力を込めた『真銀の義腕』の指先を、リルフィオーネの額にそっと当てた。


「『輝きの銀クラウ・ソラス』」


 絶死の極光が、リルフィオーネを呑み込んだ――

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