第6階層

 日を改めダンジョンの第6階層へと挑む。


 そこは、洞窟だった。

 今までのような広大な空間ではなく、閉塞感へいそくかんのある狭い道。


 洞窟内は暗い。

 壁にはめ込まれた光る石が光源となっているが、あまり強い光ではなく足元がかろうじて見えるくらいだ。


 とはいえ足をとる長い草や探索するのが困難な密林、じりじりと日の光が照りつける砂漠などと比べれば、地形的にはかなりやりやすい階層だった。


「なんだか、今までと雰囲気が違いますね」


「な、何というか、怖い感じです」


「洞窟の中で見るお前ほど怖い存在はないだろ」


「うへへ、たしかに」


「あはは、ネロさんって骸骨ですからね。わたしは人間だって知ってますけど、知らないままこんなところで遭遇したら叫んじゃいそうです」


「うへへ、きょ、恐縮です」


「恐縮って、別に褒めてないだろ」


 足音が響く洞窟の中を進んでいく。

 階段から降りた先は1本道になっていて、しばらく歩いていくと道の先に部屋があるようだった。


「2人とも、気を引き締めろ。あの部屋に魔物がいるぞ」


 俺の言葉に、2人が頷いて返す。

 部屋の中に足を踏み入れると、さっそく魔物が襲いかかってくる。


 漆黒の毛皮に包まれた、大きな図体をしたクマの魔物。

 ルナティックベア。S級の魔物だ。


 俺たちを視認したルナティックベアが両腕を広げて威嚇する。

 相対するように、メリーネが前に出た。


「わたしに任せてくださいっ!」


 闘気をみなぎらせたメリーネが、敵の懐へと飛び込む。

 それに対してルナティックベアは腕を大きく薙ぎ払って攻撃する。

 しかし、それよりも一瞬速く振るわれたメリーネの剣により腕を斬り飛ばされる。


「グウウアアア!」


 ルナティックベアは痛みに絶叫しながらタックルを仕掛けてくるが、メリーネはすでに次の攻撃の準備を終わらせていた。


「遅いですっ!」


 光を放つミストルテインが、敵の首を斬り飛ばす。

 ルナティックベアは自分の身に何が起きたのかを理解する間もなく、絶命した。


「……倒しましたよね?」


 メリーネが倒れ伏したルナティックベアから離れて、剣を構えたまま俺たちの前に立ち警戒する。

 ラビットグロー戦で油断したばかりだからか、過剰に警戒しているらしい。


 しかしさすがに、今回は大丈夫だ。

 あれは真っ二つにされても死なないラビットグローが、特殊すぎるのである。


「せ、生命反応はない、ですよ?」


 死霊魔法使いとしての能力なのか、魔物の生命反応がわかるらしいネロが言う。

 するとメリーネはほっとしたように構えを解いた。


「さすがだな、メリーネ。もうS級の魔物は敵じゃないか」


「えへへ、レヴィさまとロータスさまのおかげですっ!」


 ひどくあっさりとルナティックベアを倒したが、こいつはルインコングと同等の強さを持つ魔物だ。


 成長を感じるな。

 ロータスというこれ以上ないほどの師匠の教えもあって劇的に強くなってきている。


 メリーネは魔道具の重りも500キロを克服したと言っていた。

 もっとも、出てくる魔物がすべてS級の第6階層では俺もメリーネも魔道具はオフにしているが。

 さすがに強さを制限したまま攻略できる階層ではない。


「ネロ、こいつもアンデッドにできるか?」


「や、やってみます! 『アンデッド作成』!」


 ネロが魔法を使うと、ルナティックベアはたちまち白骨化した姿へと変化していく。


「はぁ、はぁ、で、できました! S級魔物、ルナティックスカルベアです!」


 息を切らしながら、ネロは嬉しそうに報告する。

 どうやら魔力の消費が激しいらしい。一気に魔力を使うとかなりの疲労感を感じるものだ。

 俺もムスペルヘイムを放ったときは呼吸が整うまでしばらくかかった。


「よくやった。魔力はどうだ?」


「え、えっと今のでかなり使ってしまったので……S級の魔物をアンデッド化させられるのは、た、多分1日に3体までです」


「十分だな」


 1日に作れるアンデッドが8体のA級と比べるとさすがに少ない。

 しかし毎日3体のS級魔物を戦力として支配下に置けるなんて、かなりめちゃくちゃなことをしている。


 これ、俺なんかよりもよっぽどネロの方がチートだな。


「わあ、こうやってネロさんのアンデッドは作られるのですね」


「は、はい。メリーネさんの前では、初めてでしたね。うへへ」


 第5階層でアンデッドを補充していたのはネロと、手伝いをしていた俺だけ。

 メリーネがこうやってアンデッドを作る場面を見たのは初めてだ。


 感心した様子で、メリーネはネロに質問する。


「アンデッドって、生前の能力と同じ強さなのですか?」


「え、えっと、だいたい同じです。ただ、種族は変わってしまいますので、種族由来の能力なんかは残ったり残らなかったり。ぎゃ、逆にアンデッドとしての特性が追加されます」


「なるほど。死霊魔法って、すごいのですね!」


「うへへ」


 そんな会話の中、ふとした様子でメリーネは呟く。


「それって、ラビットグローをアンデッド化したらどうなるのでしょうか」


「!?」


 メリーネの呟きに、俺とネロは揃って驚愕する。


「メリーネ、お前……マジか」


「は、発想が、恐ろしすぎます。こ、怖い」


「えっ、あれ!? なんでわたしが引かれてるんですか!? ちょっと思いついちゃっただけですよっ!」


「いや、さすがに」


「うわーん! 引かないでよレヴィさまーっ!」


 メリーネが泣きそうな顔でしがみついてくる。


 だがまあ、たしかに良い案ではある。

 ラビットグローは1体の魔物でありながら100体に分身する。


 そんな魔物をもしアンデッド化し支配下に置くとなれば、1日で300体のS級魔物を戦力として補充できるってことだ。

 10日で3000。100日で30000。

 1年で約110000だ。


 ちなみに地上ではC級魔物が1体で小さな村を壊滅させる被害を出すことがあるという。


 これもう世界滅ぼせるだろ。


「お、大きすぎる力は、身を滅ぼします……」


 自分がもしアンデッド化したラビットグローの軍勢を率いることになったら。

 想像してしまったらしいネロはカタカタと震え始めた。


 俺はネロの肩をそっと叩いた。


「うわーん! レヴィさま、違うんですよーっ!」


 まあ恐ろしい話ではあるが、戦力はいくらあってもいいからな。

 ダンジョン攻略のためにも、俺の死亡フラグを折るためにも、近い未来に戦うことになる魔族との戦いのためにも。


 俺はしがみついているメリーネの頭を優しく撫でてやった。


 とりあえず、もう1度ラビットグローと戦うか。

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