軍にして個

 巨大化したラビットグローの大きさは、ルインコングすら上回る。

 それでいて動きが鈍くなるわけでもなく。


 その大きさからは考えられない身軽さで、ラビットグローは地を蹴り飛び跳ねた。


「う、上から!?」


 空中で体勢を変えたラビットグロー。

 片足を前に突き出し、まるで一本の槍のように空からものすごい勢いで落ちてくる。


 ラビットグローが狙う先にいるのは、メリーネ。

 おそらく、まずは厄介な前衛を倒してしまおうという判断なのだろう。


 それに対して、メリーネは右手に持つミストルテインへと闘気を込める。


「撃ち抜きますっ! それっ!!」


 光を放つ魔剣を、勢いよく空へと投げる。

 その先にいるのはもちろんラビットグローだ。


「キュウ――!?」


 驚いたような声を上げたラビットグローは、なんと空中を蹴りつけて方向転換。

 空気を裂きながら飛翔するミストルテインの一撃を紙一重でかわしてみせる。


 しかし、さすがに無理な動きだったのかラビットグローは空中で体勢を崩した。

 そのまま不格好に落ちていく敵を逃すはずもなく。


 メリーネは残ったもう1つの剣を両手で持ち、下段に構えて落ちてくるラビットグローを狙う。


「やあっ!!!」


 一閃。


 力を込めたメリーネの剣が、ラビットグローの大きな体を真っ二つに斬り裂いた。


 巨大化したラビットグローを、メリーネはたった一太刀で片付けたのである。


「メ、メリーネさんもおかしいです。ぼ、僕だけが凡人だ……」


 ネロが、ぽつりと呟く。

 しかし死霊魔法を操るネロの強さもたいがいだ。


「レヴィさまっ! やりましたっ!」


 ラビットグローを真っ二つにしたメリーネは、振り返ると俺に向かってピースサインを送る。

 その顔は満面の笑み。

 ルインコングに勝てなかった2ヶ月前と比べ実力が格段に上がり、その成果を実感したおかげだろうか。

 とても嬉しそうだった。


 だが、油断しすぎだ。


 真っ二つになったラビットグロー。

 その体が形を失い、やがて何体もの小さなうさぎが現れる。

 同化して巨大化したうさぎたちが、再び分裂したのだ。


 そして、分裂したラビットグローは目の前で背中をさらすメリーネへと一斉に襲いかかる。


 背後の物音、魔物の気配。

 それらを認識したメリーネもすぐに気がつくが、構えを解いていたためにとっさには動くことはできない。

 彼女が振り返ったときには、すでに敵は目と鼻の先で――


「――『黒炎波』」


 人を効果範囲外にした黒炎が、メリーネを素通りしてその向こうにいたラビットグローたちを吹き飛ばす。


 発動速度を重視して威力を上げていなかったから、この一撃で倒せたわけではない。

 しかし、これでメリーネが攻撃されることはなくなった。


「メリーネ、油断するな」


「ご、ごめんなさい、レヴィさま! 助かりましたっ!」


「謝罪も礼もいらん。さっさと片付けるぞ」


「はいっ!」


 メリーネはすぐさまミストルテインを呼び戻し、ラビットグローの残党へと斬りかかる。

 俺も、魔法を発動させる。


「『劫火槍』」


 合計で20体ほどだろうか。

 かなり数を減らしたうさぎの軍勢に、次々と魔法を撃ち込んで討伐していく。

 圧倒的な身体能力で接近戦を挑むメリーネ。

 だいぶ数を減らしたが未だ健在のネロのアンデッド。

 さらに、ルインコングへと変身したスラミィ。


 4人がかりでラビットグローの相手をしていれば、すぐに敵を倒し切ることができた。


「これで最後ですっ!」


 メリーネが最後の一体となったラビットグローを、今度こそ真っ二つに斬り裂いた。

 すると、その一体を残して倒された他のラビットグローたちはすべて霞のように消失する。


 どうやら、最後の一体が本体だったようだな。


「お、恐ろしい魔物でした……」


 ネロが呟く。


 たった一体の魔物が100を超えるS級魔物に分身し、さらに個として強化される第2形態まで持ち合わせる。

 ネロの言う通り、ラビットグローはかなり恐ろしい魔物だ。S級の中でも間違いなく最上位と言えるだろう。


 もし地上に現れれば、もたらされる被害は甚大になるだろうな。


 だが、そんなラビットグローはさっそくスラミィの腹の中に飲み込まれている。

 今後、大きな戦力となってくれるだろう。


「レヴィさま、油断してしまいました……」


 メリーネが、暗い顔をする。


「次に活かせ。実力は間違いなく上がっているんだ。そんな暗い顔をするな」


 落ち込むメリーネの頭を撫でる。

 俺たちの中で、前回のルインコング戦からもっとも成長したのは彼女だ。

 きっとロータスの下でかなり過酷な鍛錬をしてきたのだろう。

 その頑張りは、今回の戦いの中で十二分に伝わった。


 油断して怪我されるのは困るが、あまり落ち込みすぎる必要はない。


「これから気をつけてくれれば良い」


「えへへ、やっぱりレヴィさまは優しいですね」


 メリーネは顔を赤くしてはにかむ。


「今回は守ってもらいましたので、今度はわたしがレヴィさまを守ります」


「ああ、それでいい。頼りにしてるぞ」


 ラビットグローを倒し、アルマダのダンジョン第5階層を攻略した俺たちは外に出る。

 これで、残すところは最終階層となる第6階層だけ。


 神器の獲得は、もうすぐだ――

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