個にして軍

 第4階層を攻略してから、約2ヶ月。

 この期間、鍛錬に専念していた俺たちの戦力は大きく向上した。


 メリーネはロータスの指導によって剣士としての実力をかなり伸ばし、ネロは配下のアンデッドを充実させる。


 そうして戦力を整えた俺たちは満を持して第5階層のボスに挑戦することにした。


 第5階層の階段の位置は、ネロのアンデッド作成を手伝う傍らすでに見つけていた。

 ここに現れるA級の魔物はもうすでに俺たちの敵ではない。

 さくさくとダンジョン内を進んですぐにボス部屋の前までやってきた。


「よし、開けるぞ」


 2人に声をかけると、しっかりと頷きが返ってくる。

 第4階層のボスであるルインコングであれほどの強さ。当然、第5階層ともなればより難易度は増す。


 しかし、今の俺たちに緊張はない。

 たった1ヶ月とはいえ、ルインコング戦の頃よりも確実に強くなっているのを自覚しているからだ。


 ゆっくりと扉を開け、ボス部屋の中へ足を踏み入れる。

 何度も見たような戦闘のための広い空間。


 その中心には、やはり魔物の石像。

 だが、今回は今までとは少し毛色が違っているようだった。


「ち、小さいですね?」


 メリーネが困惑した様子で言う。

 部屋の中心にたたずむ魔物の石像は、今まで見たどのボスよりも小さな姿をしていたのだ。


「ほ、本当に強いのでしょうか。で、でもルインコングより強いはずですよね?」


 ネロも頭に疑問符を浮かべているようだった。

 魔物は強くなればなるほど基本的に大きくなる。ルインコングなどまさにその典型例だ。


 それに比べて、目の前のそれはボスとして考えるにはあまりにも頼りない姿に見えてしまう。

 俺の膝下くらいの大きさの小さなうさぎ。愛らしい見た目で、どこからどう見ても強い魔物になんて見えない。


 しかし、俺は油断しない。

 メリーネやネロはこの魔物を知らないようだが、ゲーム知識を持つ俺だけはこの魔物のことを知っていた。

 ――ラビットグロー。


 まごうことなきS級の魔物。

 それも、S級の中でもとびっきりに危険な魔物だ。

 

「2人とも、油断するな。こいつはルインコングよりもかなり厄介だぞ」


「! はいっ!」


「レ、レヴィさんが言うなら、間違いなんてないですね。が、頑張ります」


 メリーネは剣を構え、ネロは杖を握る手に力を入れる。


 やがて石像が動き出す。

 真っ白な体に赤い目を持つ、ただの白うさぎにしか見えない魔物は俺たちの方へと駆けてくる。


ぞ! 気をつけろ!」


 俺が叫ぶと同時。

 ラビットグローの姿は2つ、4つ、8つと増えていく。


「え、数が!?」


「な、なるほど。これは、厄介そうです……」


 倍々に増えていくラビットグローはその数をあっという間に増やしていく。

 数はすでに100を超えるだろう。

 その上、一体一体の強さはまごうことなくS級。


 さすがに単体同士で比べるのであればルインコングの方が強いが、とにかく数が多かった。

 一体の魔物でありながら軍隊を形成する極めて危険な魔物。

 それが、ラビットグローだ。


「こ、これは僕の出番、ですよね」


 自信なさげに言うネロだが、彼が杖を振ると背後の空間から続々と魔物が姿を現す。

 この2ヶ月間の間に集めたアンデッドだ。


 総数は、およそ400にも及ぶ。

 そしてそのすべてがA級の魔物。数には数と言わんばかりの、死の軍勢がラビットグローを迎え討つ。


「きょ、強化します――『死重唱』」


 そこにさらに、死霊魔法によって能力を強化を加える。

 100と400。数では勝っていても、S級とA級では強さに差がある。

 その差が多少でも埋まるだけで、アンデッドの軍勢はうさぎの軍勢を押し止めることができそうだった。


 しかし、それも今だけだ。

 長引けば地力で上回るうさぎの軍勢がやがてアンデッドの軍勢を打ち破るだろう。


 そうはさせないため、俺たちはすぐに攻勢に出る。


「行きますっ! 『闘気開放』!!」


 メリーネが叫ぶ。

 すると、その体から金色のオーラが立ち上る。

 ゆらゆらとゆらめくオーラは、やがてメリーネの全身を包む。


「メリーネ、習得したか!」


 メリーネの姿を見た俺は思わず声を上げる。

 ゲーム知識によって、その存在は知っていた。


 ――闘気開放。

 それは闘気を持つ者だけが使える奥の手の1つだ。その特徴から、闘気の鎧とも称される技術である。


 普段体内で循環し、身体能力を強化している闘気。

 そんな闘気を、体外に放出することで発動するのが闘気解放だ。


 内側から身体能力を強化する闘気と、闘気解放によって体の外側を覆う闘気。

 この2つを合わせることで身体能力をより高め、さらに外を覆う闘気が敵の攻撃を防御する鎧にもなる。


 闘気開放を使えるのはこの世界でもかなり上澄みの実力者である証。

 剣聖に弟子入りしてたった2ヶ月で習得してくるなど、さすがはメリーネだ。


 今のメリーネなら、ルインコングが相手でも簡単に打倒してしまうだろう。


「えへへ、レヴィさまのお役に立ちたくてがんばりましたっ!」


「ふっ、ならば俺も負けていられないな。――『流炎装衣』」


 本来俺1人を守る魔法である流炎装衣。

 それを即席で調整し広範囲化。後衛の俺とネロを守るように展開する。

 これで、もしグローラビットがアンデッドを抜けて後衛に迫ってきても問題ないだろう。

 

 メリーネとネロが強くなっていく中、もちろん俺もこの2ヶ月の間ひたすら鍛錬に打ち込んだ。

 といっても、残念ながら魔力量の伸びはかなり悪くなってきている。

 おそらく、1人の個人が保有できる魔力の限界近くまでたどり着いてしまったのだろう。

 であればと、俺はアプローチを変えて魔力操作や魔力制御といった基礎技術を見直すことにした。


 その結果の1つが、この魔法の即席アレンジといったような技術。

 過重魔法のような魔力によるゴリ押しで威力だけを上げたものではなく、その場その場で術式自体に手を加えることで魔法の自由度を広げることができる。


 名付けて――『再編魔法』とでも言おうか。


 もともと高等魔法である流炎装衣を再編魔法の対象とするのは、難易度がとんでもなく高い。

 2ヶ月前の俺だったらとうていできなかったことだろう。

 だが、今の俺なら問題ない。


 俺は常に努力を続けているのだ。

 死亡フラグにまみれた過酷なこの世界で生き残るために。


「そら、これも食らえ――『炎竜爆破』」


 再編魔法に加えて、さらに並列魔法。

 炎の竜を召喚する。

 2ヶ月で鍛えに鍛えた技術を駆使して2つの高等魔法を同時に扱い、ラビットグローを攻撃する。


「レ、レヴィさん見てると、魔法使いとして自信が。き、規格外すぎて……」


 ネロが何やらぼやいているが、彼はアンデッドの軍勢に的確な指示を出しつつ死霊魔法によるサポートを行っている。

 この戦いの要は、うさぎの軍勢を抑えるネロのアンデッドたちだ。


 ネロのアンデッドがラビットグローを押し留め。

 敵の渦中に飛び込んだメリーネがまるで無双ゲームのように敵を蹂躙し。

 俺は流炎装衣で守り、範囲魔法を放ち。

 スラミィもルインコングの姿に変身して、メリーネと同じように突撃した。


 終始優勢のまま戦局は進み、やがてラビットグローの数が3割ほどまで減ったころに変化が訪れる。


「! ラビットグローが集まっていきます!」


 残ったうさぎたちが1つに集まって同化していく。

 そうして現れたのは、小さかった姿とは正反対の巨大なうさぎ。


 その姿は力強く、今までのラビットグローたちとは一線を画す戦闘能力を感じ取れた。


 これがラビットグローの戦い方。

 まず、圧倒的な数で攻めよせ。それで勝てないのであれば、今度は強力な個となって立ちふさがる。


 さすがはS級の中でも最高峰の魔物。

 ラビットグローは、一筋縄ではいかないらしい。


「第2形態だな」


 俺は目の前に立つ巨大なうさぎを睨んだ――

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