二代目を目指して
メリーネは、騎士の娘として産まれた。
主家であるドレイク侯爵家に仕える父は、騎士として実力を示すことで騎士爵を賜り一代限りの貴族となった。
メリーネもまた、そんな父の才能をすべて受け継ぎ幼いながらに優秀な騎士と称された。
そんなメリーネの人生が変わったのは、ドレイク侯爵家当主であるルードヴィヒ・ドレイクにとある話を持ちかけられたことがきっかけだった。
『メリーネ、息子の騎士にならないか?』
そんな言葉に、メリーネはすぐに頷いて答えた。
栄誉なことだ。
将来、侯爵家を継ぐことになる嫡男の護衛騎士を任されるなんて、信頼と期待の最高の形だと思った。
才能があったとはいえ努力は怠らなかった。
だからこそメリーネは、齢にして10代の身で一人前の騎士として頭角を表すことができたのだ。
その努力を、認められた気がした。
『本日付けで、レヴィさまの専属護衛に着任いたしました! メリーネ・コースキーです! よろしくお願いいたします!』
『……ふん』
初対面は、最悪だった。
期待に応えようとやる気に満ちあふれたメリーネが出会ったレヴィ・ドレイクという少年は、なにごとにも無関心な人間だった。
メリーネの挨拶に対しては視線でちらりと返すだけ。
使用人たちについてはまるで存在しないかのような扱い。
自分のことにしか興味がなく、そのくせ努力もする気がない。
はっきり言って、メリーネの嫌いなタイプだ。
メリーネは幼い頃から立派な父や物語の英雄に憧れて、ただがむしゃらに剣を振って努力してきた。
だからこそ、才能があるのに努力をしないレヴィが気に入らなかったのだ。
専属護衛なのに会話を交わすことは滅多になく。
名前を呼ばれたことすらない。
メリーネは、レヴィはきっと自分の名前すら覚えていないのだろうと思い悲しくなった。
それでも、仕事は仕事。
メリーネはそう割り切って、忠実にレヴィの護衛としての任をまっとうしてきた。
そんな退屈な日々が変わったのは、突然だった。
『おい、街に出る。ついてこい』
メリーネは耳を疑った。
まず、レヴィが自分に話しかけてきたこと。そして、目的地を告げてきたこと。さらに、騎士としての仕事を求めてきたこと。
そのすべてが、本当に珍しいことだった。
それからレヴィはどこで知ったのかわからないような旧市街の店に赴いて、その怪しい店に入ろうと言うのだ。
『こんな怪しい店、レヴィさまの身に何があるかわかりません。危険です!』
レヴィを嫌っていようと、嫌われていようと。
護衛としての責務を果たすため、メリーネはレヴィを引き止めようとした。
しかしレヴィが次に言った言葉で、メリーネはまたもや耳を疑った。
『であれば、何かあればお前が守れ。そのために連れてきたんだ』
疑いすぎて、幻聴ではないかと思った。
さらにそこからは、驚きの連続だ。
名前すら覚えられていないと思っていたのに、しっかりと覚えていてくれたこと。
怪しい魔道具に手を出そうとしたレヴィを心配して止めると、おとなしく引き下がってくれたこと。
今も着けている猫耳の魔道具。今ではメリーネの宝物となったものを、レヴィがプレゼントしてくれたこと。
あれだけ努力を嫌っていたのに、寝る間も惜しんで魔法の研究や鍛錬に没頭し始めたこと。
いったいどんな心境の変化があったのか。
レヴィはメリーネに積極的に話しかけてくるようになったし、使用人たちへの態度もかなりよくなった。
ドレイク侯爵家内で、レヴィの悪評が覆されていくさまを見てメリーネは嬉しくなった。
レヴィの鍛錬になぜか巻き込まれて、今までの努力をあざ笑うかのような厳しい鍛錬に身を投じることになった。
ときおり意地悪になるレヴィに振り回されて、苦労することもあった。
護衛としてダメだとわかっていながら、物語の英雄のような強さに頼ってしまうこともあった。
メリーネは、気づけばいつのまにかレヴィのことが好きになっていた。
一緒に魔族に襲われた村を助け、お揃いの指輪を身につけて、やがて想いは実り心が通じ合った。
だからこそ、メリーネは強くなりたいと願うのだ。
大好きなレヴィと一緒にいるため。置いていかれないため。隣に立ち続けるため。
すでにあれだけ強いにも関わらず、常に何かに怯えているように強さを求め続けるレヴィを1人ぼっちにしないため――
「ほほ、愛じゃの」
「えへへ」
手でハートマークを作りウインクをするロータスを前に、メリーネは照れくさく笑った。
メリーネはロータスに弟子入りして最初に、なぜ強くなりたいのかを問われた。
目の前にいるのは元七竜伯の大英雄。
かの剣聖に嘘をつくわけにもいかず、メリーネは自身の思いを赤裸々に語ってしまった。
強くなりたいのは好きな人の役に立つため。
頑張れるのは好きな人も隣で頑張っているから。
人に語るには恥ずかしいばかりだが、メリーネにとっては嘘偽りのない本当の気持ちだ。
「師匠、もしわたしがあなたに認められるほど強い剣士になれたら、そのときはわたしを養子にしていただけませんか?」
メリーネはこの話をするなら今だと感じ、かねてからレヴィとともに計画していたことをロータスに話した。
貴族と従者。
立場が決定的に違い、身分にも大きな差があるメリーネとレヴィ。
しかしそれでも、2人は将来を共にすることを約束した。
だが、それには障害が多くある。
そのひとつが身分の差。
騎士爵の娘であるメリーネでは、天地がひっくり返っても侯爵家の跡取りであるレヴィにはつり合わない。
その障害を乗り越えるため、メリーネは元七竜伯という肩書以外にも伯爵家の前当主という地位を持つロータスの養子となることを望んだ。
侯爵家の跡取りと、伯爵家の令嬢。
これなら身分はつり合い、婚約することに誰も文句など言わないだろう。
「ふむ。レヴィと結ばれるためじゃな」
「はい、わたしはレヴィさまと一緒になりたいんです!」
「うむうむ、良いの。愛じゃな」
メリーネの思いを聞いたロータスは、にこやかに微笑み満足気にうなずく。
「じゃがの、愛には障害がつきもの。そしてその障害が大きければ大きいほど、より大きく燃え上がる。それが愛じゃ」
「わかります!」
ロータスの言葉に、メリーネは大きく頷いて理解を示す。
メリーネの好きな英雄譚の中には、いろいろな物語があった。
その中にはもちろん、恋愛をテーマとしたものも。
さらわれた思い人を助けるために凶悪な魔物に立ち向かったり、姫と結ばれるために英雄となり王から認められたり。
主人公が困難を乗り越えて好きな人と添い遂げる。
そんな物語を読むと、心が動き感動があふれるものだ。
「もともと、ワシは後を継ぐ剣士を探しておった。やがて見つけたワシの後継――二代目剣聖を養子にして、七竜伯の座も継いでもらいたかったのじゃ」
「二代目剣聖……」
「ワシはもう七竜伯ではないが、その気持ちは今も変わらぬ。今のワシには七竜伯の座は用意してやれんが、それでも良いならワシの後を継げ」
「後を継ぐ。つまり、わたしが二代目剣聖になれば養子にしてくれるのですね」
「うむ、ワシの後を継いだ二代目剣聖になる。当然ながら壁は果てしなく高い。――とびきりの障害じゃろう?」
そう言って笑うロータスの表情は、さっきまでの優しい笑みではない。
剣聖として、戦いに身を置くものとしてのロータスの本質。
闘争心に満ち溢れた好戦的な笑顔だった。
しかし、闘争心をあらわにする剣聖を目の前にしていながら、メリーネは気後れせずに胸を張る。
「――望むところです! わたしが師匠の後を継ぎ、二代目剣聖としてレヴィさまのお嫁さんになりますっ!」
「くく、好いた男の嫁になるため剣聖を目指す。こりゃあ痛快じゃあ。メリーネ、徹底的に鍛えてやるからしっかりついてくるのじゃぞ」
「はいっ!」
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