剣聖
「あの、レヴィさま。どうしてわたしは今、剣聖さまと対峙しているのですか……?」
城に併設された騎士団の演習場。
その真ん中で、剣聖ロータスと対峙するメリーネがおそるおそるといった様子で聞いてくる。
「どうしてって。そのためにロータス様を呼んだからな」
「レ、レヴィさまが剣聖さまをお呼びしたんですか!? っていうかそのためって!?」
「最近、少し伸び悩んでたよな。だが俺は剣士のことはわからないからアドバイスも難しい。だから代わりに剣聖を呼んだんだ。これ以上ない手本になるだろ」
「!? な、ななななななんですかそれ!? わたし聞いてないですよっ!」
「言ってないからな」
「言ってって! わたし前も言いましたよねっ! 大事なことは! ちゃんと言ってって! ていうか失礼じゃないですか?! 相手は剣聖さまなのに気軽に呼びつけたりして、元七竜伯ですよっ!」
「でも、今は七竜伯じゃないだろ」
「今は七竜伯じゃなくても、普通そんなに気軽に呼ぼうとする相手じゃないですっ! そもそも、なんで剣聖さまはレヴィさまの求めに応じたのですか!!」
「ははは」
「わ、笑って誤魔化した――!?」
しかしせっかくはぐらかしたというのに、俺たちの言い合いを聞いていたロータスがにやにやと笑いながらメリーネの問いに答えた。
「手紙に、『いずれ剣聖を超えて世界最強の剣士になる娘がいるから、悔しかったら見にきてください。今なら師匠枠が空いてますよ』と書いてあったので、興味本位で見にきたのじゃ」
「――!!!??」
メリーネは白目を剥いて驚愕した。
剣聖ことロータスはもう80を超えるような歳だ。
そのため、彼は自身の後継者になる剣士を探している。
それをゲームで知っていた俺は、あえて言葉を選ばずに挑発するような手紙を送ったのだ。
これなら、ロータスは興味を抱くと。
普通だったらイタズラか何かだと思われるだろう。
しかしそれを送ったのは国内で5本の指に入るような大貴族の跡取りで、魔法の天才と称される俺だ。
ロータスほどの人物なら俺が魔族を殺したという情報もつかんでいるだろう。
これにはさすがに彼も興味を持たざるを得ないよな。
実際にこうして来てくれたのだから、目論見は成功だ。
「それでドレイクの小僧、この娘っ子がワシを超える剣士というのじゃな」
「そうです。……おいメリーネ、驚いてないでなんとか言え」
「――はっ! レ、レヴィさま! どどどどどーすんですか! わたしが剣聖さまを超えるって、正気ですか!?」
ずいっと顔を近づけてきたメリーネは、信じられないものを見るような目で俺を見る。
「正気だし、俺はいずれそうなると思ってる。それにメリーネ、これはチャンスだぞ。ロータス様に認められて弟子になれば、俺たちの目標にぐっと近づくだろう」
「も、目標……レヴィさまと、婚約するために」
ゲームでも主人公は剣聖ロータスに認められることで弟子入りし、その後に養子になるという流れがあった。
それと同じことを、メリーネにもしてもらうのだ。
そうすれば、俺たちは身分がつり合い婚約者になれる。
剣聖ロータスにメリーネが認めてもらうのは、遅かれ早かれやらなきゃいけないことだったのだ。
ならば、それは今この瞬間でも問題ないだろう。
「うう、レヴィさまとの婚約のためなら……わたしが剣聖さまを超えるなんて、そこまで強くなれるかは分かりませんが、がんばってみます」
メリーネは気合いを入れるように胸の前で拳を握る。
「話はまとまったようじゃな?」
「はいっ! 動揺してお恥ずかしいところを見せてしまいました」
「ほほ、構わぬ。ワシを超えるというお主の剣が見れればそれで良いのでな」
好々爺のように鷹揚な笑みを浮かべたロータスは鍛錬用の木剣を手に取ると、ゆったりと構えをとった。
瞬間、重圧。
剣を構えただけ。たったそれだけで、目に見えぬプレッシャーがこの場を支配する。
その発生源は、剣聖ロータス。
「これが、王国最強」
ごくりと唾を飲み込む。
剣を握るだけでこれほどの圧を発するとは、七竜伯はエレイン王国最強と呼ばれるだけのことはある。
しかし、メリーネは青い顔をしながらも意を決してロータスの前に立つ。
その手には木剣を2本。
「さて――」
王国最強の剣士と、俺が最も信頼する剣士。
対峙した2人は互いに構えをとり。
「――ワシを超えると大言を吐くお主の剣、とくと見せよ」
戦いが始まった。
「やあっ!」
最初に動いたのはメリーネだ。
いつも通りスピードを活かして、2本の剣に息をつかせぬ怒涛の攻めを見せる。
「ふむ、速いの」
しかし、ロータスはメリーネの攻撃を的確に捌く。
剣で受け流し、最小限の体捌きで怒涛の攻めを躱す。素人の俺が見ても、ロータスの動きには無駄がなく。
精密機械のように最適解を取り続けているように見えた。
まるで、メリーネの動きのすべてが。
――
「それに、力も強い。スタミナもある。身体能力は人類でも最高峰じゃな」
口ではメリーネを褒めるロータスだが、その動きによどみはなく。
ただ淡々と自身に迫る剣の嵐を捌いていく。
メリーネが攻め、ロータスが守る。
ひたすらその繰り返し。
しばらく続いたその攻防が終わるのは、突然だった。
「ふむ、だいたいわかった」
「――は、えっ!?」
メリーネの動きが止まる。
体力を切らしたわけではない。呼吸は乱れつつあるが、スタミナはまだまだあるだろう。
攻撃を受けたわけじゃない。メリーネの体に傷はひとつもなく、ダメージなど皆無だ。
それなのにメリーネの動きが止まったのは。
その首元に、いつの間にかロータスの木剣が添えられていたからだ――
「ドレイクの小僧……いや、レヴィと言ったかの?」
メリーネの動きをいともたやすく止めてみせたロータスは、俺に目を向けて言った。
「最初はずいぶんと無礼な手紙をよこすクソガキだと思ったが、たしかにあの手紙に嘘など1つもなかったわ」
ロータスは笑った。
それは、今までのような好々爺然とした笑みではなく。
まるで獲物を目の前にした捕食者のような、凶悪な笑みだった。
「此度の招きに感謝しようレヴィよ。――この娘は
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