優しさ

「あ、ああ! 外だ――!」


 ダンジョンを出ると、ネロが感極まったように天を仰いだ。ダンジョンに10年も閉じ込められていたら、そりゃあ外の景色に感動もするだろうな。


 一応、影収納の中に入っていたローブをネロに着せたのでその姿は外からだと見えない。

 顔にも仮面をつけさせているので、頭蓋骨が剥き出しなインパクト抜群の顔は隠れている。


 しかし、気持ちはわかるがそれはそれとしてあまり目立つような行為は控えて欲しいものだ。

 万が一姿がバレて面倒ごとになったりしても困る。


「ネロ、行く当てはあるか?」


 尋ねると、ネロは力なく首を横に振る。


「も、もう10年も経ったんです。きっと、僕のことは死んだと思われてるかと。そ、それにこんな姿じゃ知り合いに会っても問題になるだけ、です。そもそも、家族も友人もいないというか……」


「そうか。なら、俺の家――ドレイク家に来るか?」


「い、いいんですか!?」


「ああ、ネロのような優秀な魔法使いを手元に置いておけるなら俺にもメリットがあるからな」


「あ、ありがとうございます! よ、よろしくおねがいします!」


 ネロは単身でダンジョンの第4階層まで攻略を進めた強者だ。不運にもそこで遭難してしまったわけだが、その実力は疑いようもないだろう。


 ドレイク侯爵家としても、俺個人としてもネロを身内に引き込めるのはメリットしかない。


「これからはネロもダンジョン攻略に同行してもらいたい。お前にも、神器を手に入れてほしいからな」


「じ、神器、ですか?」


 疑問符を浮かべるネロに俺は神器について説明する。


「そ、そんなすごいものが、ダンジョンの奥に……」


「ああ、これを手に入れて今よりもさらに強くなることが俺とメリーネの目的だ」


「そ、それを僕も、ですか。じ、神器なんて初めて知りましたよ」


「まあ、あまり知られていないことだからな」


 神器の存在を知っているのは、多くの情報を集められる一部の権力者や世界有数の強者たち。

 もしくは、俺のような転生者だけだ。


 神器を求めて無闇に人がダンジョンの奥を目指そうとしないよう、意図的に隠されている面もあるのだろう。

 そうでなきゃ、ダンジョン関連の死亡者は現在の何十倍にも増えるかもしれない。


 ダンジョンでは自分の実力で安全に狩れる魔物がいる階層で、ひたすら獲物を狩って金を稼ぐというのが普通だ。

 危険をおかしてまで奥を目指す変人はなかなかいない。

 だからダンジョンで死ぬ人はあまり多くないのである。


 そんな中に神器の情報なんて流しても、いたずらに死人が増えるだけだろうから世間一般に知られていない現状が一番だ。


「よ、よくレヴィさんは知っていましたね? ところでその、神器というものを持ってる人ってどんな人なんですか?」


「七竜伯は、全員持ってるだろうな」


「な、なるほど。ほ、他には?」


「王国にはいないぞ」


 と、言ってから気づいた。

 剣聖が七竜伯を辞めたということは、七竜伯以外の神器もちが現れたってことか。

 まあ、元七竜伯も実質的に七竜伯みたいなもんだし間違ってはいないだろう。

 訂正はいらないな。


「……そ、そんな、七竜伯しか持っていないようなものを、これから取りに行くんですか。ぼ、僕も一緒に……」


 ネロが突然、カタカタと震えだす。

 もしかして怯えているのだろうか。しかし、神器の獲得は絶対に必要なことだ。

 たしかにダンジョンの攻略は大変で、危険もある。

 しかし、魔族の危険性はダンジョン程度の比ではない。そんな奴らに対する対策を今から打とうと言うのだ。

 これは、悪くない話だと思う。


 そう、俺はネロのためを思って一緒にダンジョンを攻略することを提案しているのだ。


 すなわちこれは――優しさだ。


「ひ――!?」


 カタカタと震えるネロの肩に手を置き、安心させるためににっこりと笑顔を浮かべる。


「ネロ、これから一緒に強くなろうな?」


 にっこり。


「は、はいいいいい!!」


 俺の提案が嬉しかったのか、ネロは頭を縦にぶんぶんと何度も振って了承の返事をしてくれた。


 よし、これで将来に備えた新しい戦力を確保できたな。

 死霊魔法の使い手で、ゲームでもボスを務めたネロ。メリーネとスラミィに続く、頼もしい新たな仲間だ。


 城に戻って、叔父上にネロのことを報告する。

 叔父上はあっさりとネロのことを受け入れてくれた。骸骨の姿を見てもその事情を理解し、同情までしてくれるのだから叔父上は人格者である。


 しかし、他のドレイク家の者は骸骨姿のネロを見ればパニックになってしまうかもしれないと叔父上は懸念した。

 まったく持ってその通りである。ネロの姿は普通の人からしたらかなり怖い。

 そのため、ひとまずネロの扱いは食客ということにした。


 仮面をつけて、全身をすっぽりとローブで覆った人物など怪しい限りだが骨の姿を晒すよりはマシ。

 俺や叔父上が受け入れているのだから、他のドレイク家の者も表だって何か言うことはあるまい。


 ルインコングとの戦いから、この先のダンジョン攻略が厳しいとみた俺たちは一時攻略を中断。

 しばらくは戦力の強化に打ち込むことにした。


 そんな鍛錬に励む日々の中で、領都アルマダの城に来訪者が現れた。


 白髪の老人だ。

 歳のせいか痩せ細った体は一見すると弱々しい。

 しかし、その立ち姿には一切の隙はなくただものではない雰囲気を放っていた。

 腰に下げるのは一振りの剣。


 そんな老人の来訪を、城の主である叔父上は冷や汗を流しながら出迎えた。


「ようこそおいでくださいました――剣聖様」


「ほほ、出迎えご苦労」


 ――『剣聖』ロータス・リンスロット。


 かつて七竜伯だったエレイン王国最強の1人。

 剣聖が、俺の前に現れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る