森の賢者
「うへへ、助かりました。も、もうダメかと」
「いや、助けられたのは偶然だ」
ぺこぺこと礼を言いながら頭を下げる目の前の骸骨に、俺は戸惑いを隠せないままそう返事をした。
この骸骨は自身のことを、ネロ・クローマと名乗った。
こんな容姿でありながら、彼は自身のことを人間だと主張している。
ネロが言うには、彼はダンジョン探索を仕事とする探索者だったらしい。
しかしこの階層に挑戦したところ、遭難してしまったのだという。
出口を見つけられないまま数日さまよい、食料は尽き。
魔物を倒して食料をなんとか現地調達するも、やがて水が足りなくなってしまう。
水を求めて探し回ったがついぞ見つけることができず、やがて渇きから自身の死を悟ったネロはとある魔法を使った。
――死霊魔法。
アンデッドを操る希少魔法。
ネロはそんな死霊魔法の適性を持っている珍しい魔法使いだったのだ。
第4階層で遭難し、自身の死を悟ったネロは死にたくない一心で
その魔法によって自分の魂を現世に縛り付け、死した後の自分の肉体を魂のみで発動する死霊魔法で操ったのだ。
そうすることによって、ネロ自身がアンデッドとなり死を乗り越えることができたという。
骨の体は、水を手に入れられないうちに肉体が干からびてしまったからとのことだ。
ネロは魂だけで生きているので、体が骨だけになって心臓や脳がなくなっても問題はないらしい。
驚くべきことだ。
魂だけで生き続ける魔法なんてどれだけ高度なものなんだと驚愕する。
もともと死や魂を身近なものとする死霊魔法使いだったとはいえ、擬似的な不老不死化の魔法だ。
とんでもない代物なのは明らかである。
ただ、ネロ本人は自身の大魔法を誇るようなことはせず、腰を低くして俺たちへとひたすら感謝している様子だった。
「ぐ、偶然でも本当に助かったんですよ。あなたたちのおかげで、やっとここから出ることができます」
「10年もこの階層に閉じ込められていたら、たとえ偶然でも感謝したくなってしまいますよね」
「うへへ、そ、その通りです」
メリーネは最初、ネロの姿にびびって青い顔をしていた。
しかし彼が見た目はともかく一応人間なのだと知ってからは、落ち着いてきたようだ。
今ではネロと普通に会話ができている。
それにしても、ネロ・クローマか。
俺はその名前に聞き覚えがあった。実は彼は、『エレイン王国物語』に登場した人物なのだ。
とはいっても、ボスの1人としてだが。
ゲームに登場した際の名前は『嘆きのネロ』。
魔族の手駒として現れ、発狂したような言動を繰り返す骸骨というホラー感満載の敵だった。
ゲームでは1回きりの登場なこともあり、設定も語られることもなく。
まさか、こんなところで遭遇するとは想定外だった。
しかも今目の前にいるネロは発狂などしていないし、敵意もまったく感じない。
ゲームのネロは魔族に発狂させられたか。
あるいはダンジョンから出られないまま絶望して狂ってしまったか。
現時点で10年も遭難し、ゲームで登場する際にはさらに数年経過しているはずだ。
こんな場所に1人きりで、それだけの期間遭難していたら狂うのも仕方ない。
むしろ、よく10年も耐えたものだ。
何にせよ。
発狂したあげく魔族の使いパシリにされ、最終的に主人公に殺されるネロの境遇にはどこか親近感がある。
死亡ルートしか存在しないレヴィ・ドレイクと同類だ。
過酷な運命を背負う同士、ここで偶然助けることができたのは喜ばしいことだった。
「ネロ、俺たちはこの後ボスを倒してから今日の探索を終わらせる予定だ。お前も来るよな?」
「はい、あの、よ、よろしければご一緒したいです」
「一応聞いておくが、戦力にはなれるか?」
「は、配下がもういないので、あの、あまり大きなことはできませんが。す、少しだけなら」
ネロは自信なさげだが、第4階層まで来られる探索者だったのならそれなり以上に強いはずだ。
死霊魔法で従えるアンデッドがいないとはいえ、最低限の戦闘はできそうだった。
「よし、ならさっさと攻略して帰るぞ」
一行にネロを加えた俺たちはダンジョンの先へと続く階段を探して回る。
それからしばらくして、階段を発見した。
「ここにあったか」
「レヴィさまのおかげで、とっても楽ができちゃいました」
「ムスペルヘイムで魔物も障害物も焼き払ったからな。魔力こそ消費したが今までで1番楽だったのはたしかだ」
「さすがレヴィさまです! この階層をこんなに簡単に攻略できた人は他にいないんじゃないですか?」
俺とメリーネが2人で話していると、隣でネロが感慨深い様子で階段を見つめていた。
「や、やっと、やっと出られるんだ。10年……う、うぅ」
「ネロ、気持ちはわかるが喜ぶのはボスを倒してからにしてくれ」
「は、はい! 頑張ります! レヴィさんには感謝してるんです。ぜ、絶対にお役に立って見せます!」
ネロは気合い十分な様子だ。
頼もしい限りだな。
俺たちは階段を降りていき、その先にあるボス部屋へ続く扉を開けた。
「あれがこの階層のボスですか。……強そうですね」
部屋の中央に座す魔物の石像を見て、メリーネが警戒した声を上げる。
大きさにして3メートルくらいはあるだろうか。
見上げるような巨体を持った石像が俺たちの侵入を感知して、動き出す。
悪魔のようないかめしい顔。
強靭で力強さを感じさせる筋肉と、それを覆う真っ黒な毛皮。
丸太のような太い2本の腕。
暴力的な印象を抱かせる体とは裏腹に、その目は冷静な理知を感じさせる青い色。
それはまさしく――ゴリラであった。
「ルインコング、S級の魔物だ。いくぞお前ら!」
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