森を燃やしましょう!!

 グリフォンを倒してダンジョンの第3階層を攻略した俺たちは、日を改めて今度は第4階層へと進む。


 第4階層は密林のような階層となっていた。

 草木が生い茂り、足元は木の根や石などで不安定。視界を遮る木々のせいで自身の位置関係もわかりにくい。


「これは魔物の強さがどうとかいうレベルじゃないな」


「うぅ、この階層だと剣が使えないです」


 アルマダのダンジョンの中でも、ここは屈指の難易度になりそうな階層だった。

 動きにくさと視認性の悪さによって、下手したら迷ってしまう。その上、戦闘時にスペースが確保できないから剣も満足に振ることができない。


 下の階層に行けば行くほど広くなるダンジョンの性質を考えると、これで広さが今までで1番となるわけだ。

 はっきり言って、厄介すぎる、


「レヴィさま! 魔物です!」


「そこか――『黒炎斬』」


 木の上から俺たちを見下ろす猿のような魔物を倒す。

 1体ではなく、10を超える数が俺たちを取り囲んでいたがすべて俺の魔法によって難なく討伐できた。


 それにしてもこれだけ周囲が燃えるものばかりでメリーネも戦えないとなると、仮に黒炎魔法を開発してなかったらこの階層で詰んでたぞ。


「せめてもの救いが、魔物が弱いことだな」


「あはは、弱いと言ってもB級なんですけどね。騎士団じゃB級の魔物を1人で倒せたら隊長格ですよ」


 メリーネはそう言って苦笑する。


 一般的な騎士のレベルは魔物の強さを基準とした場合D級相当くらいになる。


 小さな村を単独で壊滅させる恐れがある魔物がC級だから、これを倒せるならかなり優秀な騎士と言えるか。

 おそらく、魔道具による鍛錬を始める前のメリーネの強さはこの辺りだっただろう。


 隊を率いる隊長格の騎士がB級相当、騎士団長レベルの強さだとA級やS級を単独で倒せる強さが必要。

 そしてそこが、人類の限界と呼ばれる領域だ。

 それ以上を求めるのであれば、ダンジョンを攻略した者に与えられる神器が必要になるだろう。


 ちなみに魔族の場合だとケール村を襲ったやつがA級相当の強さで、最下級の男爵級魔族。

 その上に子爵、伯爵、侯爵、公爵、魔王と続くのだから魔族の危険性は魔物とは比較にもならない。

 人間が魔族と戦うには神器の所有が前提なのも仕方のない話だ。

 神器無しで狩れるのはせいぜい子爵級までだな。


「しかしどうするか。はっきり言って、この階層を突破できる気がしないぞ。闇雲に探索しても道がわからなくなって飢え死にだ」


「魔物が弱いと言っても、剣が振れない以上わたしは戦えません。それにレヴィさまの魔力も切れ……切れることってありますか?」


「黒炎魔法ばかり使うとなると、さすがに切れるかもしれないな。魔力の消費が他の属性とは比較にならん」


「あ、切れるのですね。レヴィさまもちゃんと人間でしたか」


「おい、俺を何だと思ってるんだ」


 いやまあ、俺も自分の魔力量があまりにも人間離れしていることは自覚しているが。


 そんな話はさておき、この階層をどうやって攻略するかを真面目に考えないとならない。


 だが真正面から攻略するとなると、迷ってダンジョンを出られないまま餓死か俺の魔力が切れて魔物に殺されるかがオチだろう。


 他に案として思いつくのは、グリフォンに変身したスラミィに乗って空を飛んで上から探索することか。

 なんとなく、それが正しい攻略法に感じるな。

 人間は当然だが空を飛べないが、空を飛ぶ魔物を従魔にして連れてくることはそれほど難しいことではない。


 一応メリーネにも案を聞いてみるか。


「メリーネ、お前はこの階層をどう突破するべきだと思う?」


「うーん」


 俺が尋ねるとメリーネは腕を組んで考え始める。

 少し待つと、名案が浮かんだのかメリーネは自信満々な表情を浮かべた。


「レヴィさま。わたし良い案が浮かんじゃいました」


「ほう、どんな案だ?」


 ふっふっふとわざとらしく笑うメリーネに聞くと、彼女はドヤ顔で言った。


「――森を燃やしましょう!!」


「却下」


 俺は即座にそう言って、メリーネから少し距離を取った。

 何考えてるんだこいつ。

 森を焼くとか普通の発想じゃないだろ。


「うわーん! レヴィさま引かないでくださいっ!」


 距離を離した俺にひしと抱きついてきて、メリーネは必死な弁明を始めた。


「ちゃんと考えがあってのことなんです! 燃やすと言ってもただ普通の炎で燃やすんじゃなくて、レヴィさまの黒炎魔法で燃やすのです!!」


「黒炎魔法で?」


 メリーネの言葉を聞いた俺は、首をかしげる。


「そうですっ! 黒炎魔法なら人間を除いて森を燃やすことができるんじゃないかと思いまして!」


「ああ、そういうことか」


「ですです! 名案ですよねっ! だから嫌いにならないでくださいっ!」


「いや、別に嫌いにはならないが」


 しかし、黒炎魔法で燃やすものを指定するというのは案としては悪くない。実際に、人を除いて森を燃やすことも多分できる。


 だが、それをやったとして安全に攻略できるわけではないのだ。

 メリーネはそこまで考えが及ばなかったのかもしれんが、炎が直接人を燃やさなくとも発生した煙が人を苦しめる。


 火災の死因は火傷だけではない。

 副次的に発生する煙に含まれる一酸化炭素や有毒成分によるものも多く、それがなくとも煙が充満した空間では呼吸困難に陥って窒息してしまう。


 メリーネの案は良い案に思えるが、実際にはあまり有効な策ではない。


 俺はメリーネの案について考察し、彼女に説明する。

 すると、メリーネはきょとんと首をかしげた。


「煙が危ないのはわかりましたけど、それなら煙も燃やせば良いのではないですか?」


「は?」


 何を言ってるんだと口にする直前、ふと思った。

 ありなのではないかと。


 黒炎魔法の本質は、性質を変化させた炎だ。

 燃やすものは指定できるし、消えにくくしたり、それどころか炎なのに冷たいなんて性質を持たせることすらできる。


 そのため黒炎魔法によって発生する炎は、実際のところ炎とはあまり言えたものではなく、炎に似た別のなにかだ。


 だから、こう考えるのだ。

 黒炎が炎ではないのであれば、炎では燃やせないものすら燃やせてもおかしくはない。

 たとえ煙だとしても消し飛ばし、残さず灰にすることができるのだと。


「メリーネ、お手柄だ。どうやら俺は、まだこの世界に染まりきっていなかったらしい」


 魔法を構築する。

 この魔法は、木を燃やし、草を燃やし、魔物を燃やし、人間は燃やさない。

 スラミィのような人間に友好的な魔物も対象外。

 それと酸素を含む空気にも干渉しない。

 そしてこの魔法は炎ではない。ゆえに、煙すら燃やし尽くすことができる。


 条件を付けて、定義する。


 制御が難しいため、魔力負荷の魔道具もオフにする。

 全力を出せるようになった俺は、魔力を完璧に制御して森を燃やす魔法を組み立てていく。


 範囲は、この階層のすべて。

 黒炎の性質を変化させ、威力は全開。魔力はありったけ。


 そうして魔法が構築されていくにつれ、俺は確信する。

 これなら間違いなくいけると。


 膨大な魔力によって、周囲の空間が軋む。

 魔力の奔流が圧力となり木々が悲鳴をあげ、風が吹き始めた。


 その中心に立つ俺は、完成した魔法を唱える。


「『ムスペルヘイム』」


 発生した黒炎が瞬く間に森を呑み込み、蹂躙し、焼き尽くし。


 やがて森は灰になった――

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